初夢の行方
初夢はいつ見るのか、諸説ありますが…
「初夢って、一月一日にみた夢なんじゃないの?」
口を尖らせてそう言ったのは、今年で4歳になる姪っ子だ。
実家に帰って、お年玉をあげて、ようやく慣れてきた、久しぶりに
会う幼児。しかし、幼児と言えども女の子はもはや女である。目を
瞑れば女子高生かよ! ってな雰囲気すらあるのだ。
「ねえ、おじちゃん? あ、そうじゃなかった、お兄ちゃん?」
昨日から、口が酸っぱくなるほど言い聞かせた成果か、姪っ子は
そう言い直して俺を上目遣いに見た。
「う、うん。だから、一月一日に寝るでしょ? で、その夜に夢を
みる。朝起きたら一月二日。だからそれが初夢ってわけなのさ」
幼児の上目遣いにドキッとした自分を否定しながら答える俺に
「ふ~ん、めんどくせ。一月一日の朝に覚えてたのが初夢ってのが
単純でいいのに」
そう言った姪っ子は、今度は幼児らしく今流行の妖怪何とかやら
の絵本をめくるのに必死だ。
「で? 君はどんな初夢をみたのかな? お兄ちゃん、教えて欲し
いな」
俺の言葉に、彼女は絵本から目を離さずに
「うん。それなんだけど。わたし、みてないの」
「え? じゃ、忘れちゃったんだ。残念でした」
「うん。多分そう。きっとバクさんに食べられちゃったのね」
溜息混じりにそう言う彼女。
「へえ、スゴいコト知ってるね」
最近の幼児はそんなコトまで知ってるのか。俺はちょっと感心し
た。
「うん。これがバクさん。こいつがわたしの初夢を食べちゃったん
だね、きっと」
彼女が指差した絵本にはかわいいバクが載っていた。これも妖怪
らしい。
しかし、実際にはバクは、龍や麒麟と同じ、伝説上の動物なのだ。
体は熊、鼻はゾウ、尾は牛に似ていて、神様がつくった動物と言わ
れている。悪い夢を見た後に、バクに悪い夢を食べてもらうよう唱
えれば、二度と悪い夢は見ないと言われているのは、知る人は少な
いんじゃないかな。
まあ、彼女にそんなウンチクを披露してもしょうがないので俺は
言う。
「初夢はみた内容でその年の運勢を占う意味もあるんだよ。良いの
は一富士、二鷹、三茄子って言って…」
「ふ~ん、あ、でも!」
俺の言葉を途中で遮って彼女は続けた。
「わたしの初夢を食べちゃったバクさんは、どんな初夢をみたのか
な? いい夢だったらいいのになぁ」
幼児らしいそんな発想に、俺はちょっと感動を覚えていた。自分
の事よりもバクの心配をしている彼女。そんな俺に彼女は
「わたしの初夢がバクさんの栄養になって、バクさんがいい初夢を
みたなら、それはわたしもいい初夢をみたことになるから。でし
ょ? お兄ちゃん? たぶん、いい夢よ、きっと。バクさんは、い
い夢しかみないんだわ」
そうにっこりと笑う。
「え? あ、うん」
俺はそう答えたが、彼女の女の部分をも見た気がして、二重に驚
いていた。
彼女の初夢の行方は…たとえ忘れてもバクに食べられても、やっ
ぱり彼女自身に帰ってくるのか。それもすべていい夢として。世の
女性達も多かれ少なかれ、そうなんだろうな、多分。
だから女性には敵わないんだ。正月二日目にして、俺は白旗を上
げるのだった。
「あ、朝風呂沸いたって。一緒に入ろうか?」
姪っ子はにっこり笑ってキッパリと答えた。
「それはイヤ!」
やっぱり女には敵わない…