Trip17.
黒い封筒が入れられていたその日の昼休み。
「椎火、その手どうした?」
「え」
椿の弁当に伸ばしかけていた手で、彼女の絆創膏だらけの手をすくい上げる。
「絆創膏の意味ねぇなこれ…」
「つ…っ」
「悪い、痛かったか」
「少し…」
「手当て自分でしたろ。こんなんじゃ後で辛いし…保健室行っとけ」
「そこまでしなくても大丈夫です。血は出てないですし」
「今出てたら一大事だろ。ほら、つべこべ言わずについてくる」
「…はい」
不服そうにではあったが、礼原に背中を軽く叩かれて椿が立ち上がる。
そのまま保健室まで無言で歩く。
「あら?どうしたの?礼原先生が生徒連れてくるなんて珍しいけど」
「椎火の手、診てやって下さい。適当に手当てしたせいで酷くなってて」
「…本当ね。今準備するわ」
手当てのための道具を取り始める御幸。
「…で、どうしたんだこれ」
「…えっと…」
教師である礼原に話してしまえば大事になるかもしれない、と話すのを躊躇う椿。
「……椿」
「っ?!」
急に名前で呼ばれて、驚いたように顔をあげる。
「俺はお前の担任じゃねぇから、少しは話しやすいと思うぞ。大事にしたくないってんならそうしてやるし…」
「…朝」
「ん?」
「下駄箱に、封筒が入ってたんです。黒い封筒…その中にカッターの刃が何枚も入ってて、封が開きやすいようにされてて…私の場合は手に取ってすぐ封が開いて、手を全体的に切っちゃって…」
「…ん?お前の場合ってことは…」
「私がいつもお弁当食べてるメンバー全員が、黒い封筒を入れられてて…特に葵のは刃が多くて、怪我も酷かったし…」
「えぇと、真水か?」
「あ、はい…」
「そっか…よく話してくれたな」
俯く椿の頭を撫でる礼原。
「……そういえば真水さんも朝来たわね…結構酷かったけど…」
「…ってことは本来のターゲットは真水か…」
「え?」
「一番酷かったってことはそういうことだろ?」
「…確かに…」
「はいそこまで。礼原先生、椎火さんの治療はしておくから、先生は先生の仕事して」
「…分かりました。じゃ、椎火のこと、お願いします」
保健室を立ち去る礼原。
「……」
「椎火さん、よっぽど礼原君に気に入られてるのね」
「え?…礼原君?」
「…礼原先生の学生時代も、私は保健室の先生だったから、ついそう呼んじゃって」
「……そうなんですか?」
自分の手に処置をする御幸はとてもそんな年齢には見えず、椿が目を見張る。
「意外と長く勤めてるのよ私。問題児だったわ彼。朝ご飯は食べてこないし、サボりで勝手に保健室使うし、健康診断で引っかかっても病院行かないし」
「うわぁ…」
「他にも色々あったけど、ああやってちゃんと先生やれてるの見ると少し安心するわ」
「…朝ご飯は未だにまともに食べてないみたいですけど」
「え、そうなの?」
「チョコを朝ご飯だって言ってましたし」
「…だから年齢の割に華奢なのね…ってそんなことまで話すの?」
「前に少し…」
「本当に気に入られてるわね。学生時代でもそこまで知ってる子いなかったのに。私は保健の先生として聞いてたけど…っと、はい、手当ては終わり。お昼まだなら急いで戻ったほうがいいわよ」
「はい。ありがとうございました」
御幸に頭を下げて、保健室を後にする。
椿が教室に戻った頃には、他の四人は全員昼食を食べ終わっていて、残っているのは椿の弁当だけだった。
蓋をし直されていた弁当の中には、入れていたはずの卵焼き一切れの代わりに、ビニールに包まれたチョコレートが入っていた。




