Trip16.
体調も改善した葵が朝登校すると、下駄箱の中に黒い封筒が入っていた。
それは故意に封が開きやすいようにされており、不審に思って裏返した途端、中に入っていたカッターナイフの刃が葵の皮膚を切り、何筋も血を流させる。
「っつ~…」
「葵それ…っ」
「こういうのが、不幸の手紙なんだよ…イタタ…」
しかし、同じようなものの被害に遭ったのは、葵だけではなかった。
「おはよ…って永絆、それ開けちゃダメ…!」
「え?」
保健室に寄ってから葵が教室に入ると、永絆もまた黒い封筒を持っていて、ちょうど開けようとしていたところだった。
「痛いッ!」
永絆が声を上げると同時に、一緒にいた紅祢は何も言わずその手を取ると、傷の部分を口に含む。
「…とりあえず消毒。絆創膏どこやったかな…」
そう言って離れた紅祢は、自分の机の上に置いた鞄を漁り始める。
「これと同じのが、私の下駄箱にも入ってたの。刃の数は少ないみたいだけど…それでも悪質だよね」
「うん…って葵の手酷いよ?!」
「封筒が膨らむレベルで入ってたから。割と痛むけど…まぁ、大丈夫でしょ」
「葵や永絆もだったの?」
「あ、李…と、信斗君」
ティッシュを手に持ちながら近づいてきたのは李。
後ろから夜凪もついてきていた。
「…なァ、李、やっぱり犯人探してとっちめた方がいいんじゃねぇのか」
「もう、だから物騒なこと言わないで。犯人は探したいけど…」
「だったら…」
「夜凪の場合、暴力に走りそうだから、一人で探すのは却下」
「……」
ムスッとした顔で黙る夜凪だが、首が少し傾げられているので、李には彼女の言葉を素直に聞くかどうするかを迷い始めたと分かった。
「イテテ…」
「明らかに怪しい封筒を、何かと勘違いして開けるからでしょうが」
しばらくして教室に入ってきたのは志苑と杏子。
志苑の方が手に絆創膏を貼っている。
「だってラブレターとかかなーって思ったんだもーん」
「アンタが代わりに開けたせいでアンタが怪我したでしょ」
「杏子ちゃんが怪我しなかったからボク的には結果オーライなんだけどなー」
「……」
「だから、気にしなくていーんだよー」
「…けど、私のせいで怪我したんだと思うと、いくらアンタ相手でも…」
「んー…じゃあさ、今度の週末、デートしてよっ、それでチャラ!」
「デートって…一緒に出かけるってこと?」
「そうそう。待ち合わせとかもしちゃったりして」
「…分かった」
「え、いいの?ボク杏子ちゃんの罪悪感とかそういうものにつけこんでるんだよ?」
「それでも…いつもみたいに軽く済まされたら、私の気が済まないし」
「も~、真面目なんだから杏子ちゃんは。そういうとこも好きだけど、でもいつも通りの杏子ちゃんがいいなー。ね?」
「ん、分かった…ありがと、志苑」
「へへー、どういたしましてっ」
怪我をしているのにも関わらず、本当に嬉しそうに志苑が笑う。
「おはよう。気持ち悪い具合に黒い封筒の被害に遭ってるね」
「…おはよう椿、これはさすがに、保健室に行ったほうがいいと思うけど…?」
登校してきた椿の手は赤く染まった絆創膏だらけだった。
もう片方の手には黒い封筒。
「触ったところが悪くて血が止まらなかっただけだから」
「それ結構な大事だよ?!」
あっけらかんと答える椿に杏子がツッコミを入れる。
志苑に励まされて、いつものペースが戻ってきているようだった。
「…まぁ、本をまともに読めないのは不便だけどね」
「そういう問題じゃないんじゃ…」
そう言って永絆が苦笑する。
結局その日、黒い封筒を下駄箱に入れられていたのは、彼女たち五人だけだった。




