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Trip14.


「うわ、その子ってエロトマニアじゃないの?」

昼休み、葵からことの顛末を聞いた椿がドン引きした表情でそう言った。


「エロトマニア…?」

「そう。列記とした精神病の妄想症状の一つで、自分が相手に愛されてるって思い込んじゃう、ストーカー予備軍が患ってることが多いらしいよ」

「日本語では、恋愛妄想、とか被愛妄想、とか言うものだったはず」

「…うわぁ…」

補足してきた李の言葉までを聞いて、葵が本格的に引いた目になる。


「そりゃ傍迷惑だな」

声とともに椿の弁当に入っていた卵焼きが一切れ消える。


「今日もですか…」

「お前の知識ってマニアックだよな。俺の授業でもそうだけど、他の先生方も"調べ学習させたら椎火椿ほど舌を巻かされる生徒はいない"って褒めてたぞ」

「…褒めてるんですかそれ。厄介がられてるだけのような…ってそれ、私の俵お握り?!」

ご飯代わりに入れていた俵お握りの一つが礼原の手にあった。


「今日昼飯忘れてな。美味いなコレ。サンキュ」

「あげるって言った覚えないんですけど?!」

「仕方ねぇなぁ…ま、いつも貰ってるし、たまにはお返しやるよ。手出しな」

「は?」

「ほれ、早く」

「…はぁ…」

椿が素直に手を出すと、そこに落とされるのは包み紙に包まれたチョコレート。


「チョコ…いいんですか?」

元々不要物の持ち込みは校則で禁止されているため、教師が生徒に不要物の括りに入るお菓子をあげても良いのかと思い、椿が問いかける。

バレンタインやホワイトデーの時も友チョコの交換をするのに苦労した覚えがあった。


「今食えば大丈夫だって。それに俺の朝飯の余りだから、俺からしたら不要物じゃねぇし」

「…先生」

「ん?」

「……おかず、もう一個くらい食べます…?」

「オーイ、何か勘違いしてるか?」

椿が自分に同情するような、哀れみの視線を送ってきたことで、礼原は"チョコレートが朝食"が勘違いを招いたことに気づく。


「別に、昔っからまともに朝飯食う習慣がねぇだけだよ。ただ、とりあえず朝飯になるもの食えって言われて、軽いものだけ食ってんの。お前が考えたような事情じゃねぇよ」

「にしてもチョコだけってかなり不健康だと思うんですが…先生早死しそうですね」

「んー、そうか?んじゃ、せめて過労で死なねぇように放課後の準備室の片付け手伝ってもらうか」

「え」


固まる椿と、彼女の肩を軽く叩いてから教室を出て行く礼原。


「…マジで…」

「そういえば、礼原先生、よく椿の肩叩くよね。こう…ポンッて感じに」

「ああ、そう言われてみれば…なんでだろ?」

「何かの癖だったりするのかもね」

「癖ねぇ…?」


そんな昼休みや午後の授業があっという間に終わり、放課後。


「…行くかー…」

面倒だが、頼まれたことを放り出すことはしたくないので、椿は教科の準備室が並ぶ棟に向かう。


「準備室なんて、初めて来るな…」

生徒からしてみれば、質問のある場合や補講、再試のための説明がされる時に使う場所なので、椿とは縁遠い場所だった。


先にノックをすると、すぐに礼原の声が返ってくる。


「失礼します」

「椎火?」

「…片付けの手伝いってアレ、冗談だったんですか」

目を丸くした礼原に憮然とした顔になる椿。

とはいえ準備室は多少散らかっているのだが。


「あー、いや、本当に手伝いに来るとは思わなかっただけ。ばっくれても良かったのに」

「頼まれたことを放り出すのは主義じゃないので」

「…真面目だなー。学生時代の俺なら確実にばっくれてるぞ」

「そうですか」

「んじゃ、手伝い頼むわ。あー…でも椎火、来るの初めてじゃないのか?」

「そうですね。質問にも行ったことないですし」

「この優等生。他の再試常連者に聞かれたら怒られっぞ」

「…先生の授業、分かりやすいので余計に質問とかは思いつかないんです」

「そ、そっか。まぁ、やたらと質問に来られるよりは自信になるな」

「そうなんですか?」

というか、質問に行っている生徒の中で、一部の女子は礼原を見ていて授業が頭に入っていないだけだと椿は密かに思っているのだが。


「そりゃそうだろ。多少の質問なら、自分で授業してて次はどうやればいいとか直せるけどな、やたらと来られると今度は俺の授業が何かおかしいんじゃないかってヘコむ。一年目はそれで一度やめたくなったこともあったな」

「何というか…見た目で苦労することもあるんですね」

「見た目、ね。お前もそういうタイプか」

少しだけ礼原の声のトーンが落ちる。


「一般論だと思いますけど。なんだかんだ先生は無駄に見た目いいですし」

「…無駄ってお前…」

「あれ、これって教科違うんじゃないですか?」

「どれ?ああ、本当だな…職員室で混じったのか?ま、あとで返しとくからその辺に置いといてくれ」

「はい」


資料を整理していると、棚が明らかに違っているものを見つけた。

背表紙や付けられた番号から察するに、上の段のものだった。


「…ん、く…っ」


椿は女子の中でも身長は低いほうだ。

図書室でもよく苦労しているのだが、今も苦労する羽目になるとは思わなかった。


「どうし……ああ、気付かなかった」

戻すことに苦労していた椿の後ろから手を伸ばして、礼原が資料を戻す。


「教室じゃ座ってるから分かりにくいけど、背、低かったんだな」

「……気にしてることさらっと言うのやめてくれます?」

「なんだよ、少しくらい低い方が可愛いだろ」

「不便だから嫌なんです」

「そういうもんか」


そんなことがあった夜、椿は再び、パラレルワールドに行くこととなるのだった。


花弁、始まって一ヶ月経ちますが、誰の物語も終わる気配なく、次から次へと問題が起きてますね!

どうしてこうなったと作者が思わず聞きたくなるような転がり方をしていく彼女たちの物語ですが、これからまだまだ続きます。

怪事件の謎を解き明かすという目的どこやったと思うでしょうが、これから出てまいりますので、見捨てないでいただけると嬉しいです。


では、読んでくださりありがとうございました。


ちなみに書き溜めてるせいでコレ9月分です。

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