Trip13.
葵が朝起きると、その体調は酷いものだった。
身体が重だるく疲れている。
パラレルワールドでの体調を引きずっているのかと思うくらいに頭がぼんやりとしていた。
「学校行かないと…」
家を出て、しばらく歩けばいつもは澄央が待っている。
学校内ではそんなに一緒にいるわけではないが、登校だけは一緒にしていた。
「…喧嘩したままだっけ」
一人で学校に向かい、教室まで歩いていると。
「だから!いい加減しつこい!」
「…?」
イライラとした声が聞こえて、思考が回らない頭でそちらを見ると澄央が女子に付きまとわれていた。
「……澄央…」
「!葵…ってどうしたんだよその顔!」
彼にしては珍しい素っ頓狂な声と焦った表情。
その姿が、どことなくあちらの世界でアオイが倒れた時のスオウと被った。
「え…?」
「隈酷いし、顔真っ青…」
澄央が葵に近づこうとした、その時。
横から伸びてきた腕に、葵が突き飛ばされる。
ぼんやりとした頭では咄嗟の反応が出来ず、葵の身体は簡単に弾かれ、更に狭い廊下であったため、勢いよく壁に叩きつけられた。
「私と澄央君の邪魔しないで?」
葵を突き飛ばしたのは、可愛らしい風貌にふわふわのウェーブがかかった髪を揺らした女子生徒だった。
可愛らしく小首を傾げてはいるが、座り込んだまま、壁に寄りかかって動かない葵を嘲るように見下ろしている。
「…?」
勝ち誇ったような表情の彼女の手の甲に、何か黒いものが見えた気がして、葵は目を凝らす。
「妄想も大概にしてよ。邪魔なのはお前だろ」
今まで聞いたことのない澄央の低く唸るような声を聞き、葵は、彼女が昨日のラブレターの主だったのか、と気づく。
「可哀想な澄央君…ずーっとこんな女に束縛されて…すぐに助けてあげるから待っててね…」
ふふふ、と笑うと、彼女はどこかに立ち去っていった。
去り際、やっとはっきり見えた黒いモノは、一枚だけの花弁だった。
「…気持ち悪。ってあんなのどうでもいいんだった…!」
そう言うと、澄央は葵の傍に寄る。
「葵、大丈夫…じゃないか…」
「それより…」
「それよりって、葵は自分の身体の心配が先」
「…う、ごめん」
「とりあえず…立てる?」
「一応…」
壁を使って、葵が立ち上がる。
足取りはどこかふらふらとしているが、歩くことはできそうだった。
「あの、澄央…昨日は、ゴメン。澄央の気持ちも考えないで…あんなこと言って…」
「…いいよ。葵のせいじゃない。俺の方こそ…混乱したからって突き飛ばして、ごめん…怪我、しなかった?」
「大丈夫」
「そっか…葵」
「?」
「今日は帰ったほうがいいんじゃないの?」
「…そんなに酷い?」
「相当。多分、先生とかも見たら帰れって言うと思う」
「……でも、どうせ帰っても親いないし…授業受ける」
「えー…んー、じゃあ、本当に辛くなったら誰かに言って。俺でもいいから」
「…分かった、そうする…」
「本当かな…」
澄央の疑わしげな目線を受けながらも、そこまで体調が悪化することなく葵は過ごすことが出来た。
彼と喧嘩したことがストレスになっていたこともあったのだろうと思う。
それよりも、葵の中で引っかかったのは、澄央を異常なまでに想う少女の手の甲にあった花弁の痣。
あれは十中八九、葵たちの手の甲にあるものと同じものだろう。
だとしたら彼女も同じようにおまじないを行ったとしか考えられない。
言っては悪いが、妄想癖をこじらせたのだろうか。
自分だけではまとまらないため、葵は友人たちの中で博識な李や椿を頼ることにした。




