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Trip12.


少し時間は遡るが、永絆もまた、ナズナとして異世界にいた。

既に成長が止まり、魔力も安定しているナズナはいつも通りのんびりと過ごしていた。


その日少し違ったのは、いつまで経ってもアカネが起きてこなかったこと。


「…アカネ?起きてる…?」

いつもならあまり良い顔をしないのでアカネの部屋には立ち入らないが、いくら部屋の外から呼んでも返事がない彼を不審に思い、声をかけて部屋に入る。


「アカネ…?」

未だに眠っているアカネの表情は苦しそうに歪められていて、冷や汗をかいているのか、まるで水を浴びたかのように髪も濡れている。


「ナズナ……?」

焦点の合わない目だったが、それでもナズナの方を見て、掠れた声で彼女の名を呼ぶ。


「苦しそう…熱は…ないみたいだけど…」

「ああ…悪い…しばらくしたら、動けるだろうから…」

「…いいよ、今日は休んでて」


原因に気づいたナズナはアカネの部屋を出る。


彼は恐らく、魔力過多で体調を崩している。

魔力過多は魔女の使い魔によく見られる状態で、魔女から魔力を分け与えられ、己の器を超えてしまうと体調を崩してしまうことがあるとナズナは聞いたことがある。


治すには、魔力を使うか、魔女に魔力を戻してしまえばいい。


しかし、ナズナにとって不思議なのは、魔力体持ちであるアカネの魔力は人よりも多いのにも関わらず、魔力過多に陥っていることだった。


考えられるのは魔力をほとんど使っていないことだが。


「確か…」

自室にある魔法の本で、魔力の戻し方を探す。


「触れて想像するだけ…よしっ」


用意していた朝食を取りに行ったあと、ナズナはアカネの部屋に戻る。


「アカネ、朝ご飯持ってきたよ」

「あー…朝ご飯…?」

「…今楽にするね」


理由はともかく、魔力過多で苦しんでいるのは明白なので、過ぎた分の魔力を受け取る。


「……」

「どう?」

「だいぶ、楽になった…」

「アカネが苦しんでたのはね、魔力過多なの。私から流れる魔力が多すぎて、アカネの身体が耐えられなかったから…」

「ああ…魔力過多か…」


その後、大事をとってアカネはベッドの上で朝食を摂ることになった。


「…ねぇ、アカネ…使い魔の契約、今の内なら破棄出来るんだよ…?」

契約した魔女の使い魔は、契約して一年の内は魔力が定着しきっておらず、契約を破棄して魔力を元の状態に戻すことが出来る。

そして、契約したのはナズナの魔力が安定した数ヶ月前なので、まだ間に合うのだ。


「嫌だ」

「でも、アカネがこうやって苦しむくらいなら…」

「俺が望んでナズナの使い魔になったんだ。何で自分が苦しいからって契約を破棄して欲しいと思うんだよ」

「……」

「大丈夫。ナズナが治してくれたし、これからは俺も気をつけるから」

「そうは言っても…やっぱり…」

「絶対に契約は破棄しない。大体、俺の魔力体の力が効かないのはナズナくらいしかいないんだ。今更普通になんて生きていけないよ。いつかは力が誤作動して居場所がなくなるだけだ」

「……」

「な?だからナズナといるのが一番俺にとっていいことなんだよ」

「分かった…じゃあ、無理はしないでね」

「ああ、分かってる」


心配そうな顔で見つめるナズナの頭を撫で、アカネが笑って頷く。

それでも、ナズナの中の不安は消えなかった。



永絆が目を覚ました時、手の甲の花弁は、一枚消えていた。



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