Trip11.
結局、その日は一日中、葵と澄央は口を利くことはなかった。
それは澄央が、声を掛けようとする葵から逃げ回るからにほかならないのだが。
「はぁ…」
今回は相当引きずりそうだな、と憂鬱になりながら、布団に潜り込む。
葵の花弁が、一枚消えた。
アオイの誕生日が迫ってきているが、未だに彼女は年齢のことを言い出せずにいた。
否、言える状況ではなくなってきたのだ。
魔女は、魔力が安定し成長が停止する前には、これまで以上に魔力が膨れ上がる。
そうすると自分の一番発現させやすい魔法が暴走していくという例も見受けられるようになる。
アオイが得意とするのは、闇属性の魔法。
といっても、闇というイメージが与えるような禁術が多いわけでもなく、意識を眠らせたりと効果の小さなものも存在している。
そして、誕生日が近づくと共に、アオイは立っているのもやっとなほどの眠気に襲われるようになった。
「…っ」
ガタンっと大きな音を立てて、アオイの身体が崩れ落ちる。
「アオイ?!」
ついこの間、巨大に育ってしまった作物の中で無事だったものを売りに行っていたスオウがちょうど帰ってきたようで、すぐに駆け寄ってくる。
「どうしたんだよ…具合悪い?」
「…ち、がう…」
「じゃあ何で…」
「魔力が…暴走、してる…私の場、合…闇…だから…」
「一番得意な闇属性…って、鎮静の魔法…!」
ネガティブさ故にパニック状態になることが多かったスオウを落ち着かせるため、アオイは闇属性のなかでも鎮静の魔法が得意になっていった。
それが今、アオイを蝕んでいるのだ。
「立てそう?」
「なん…とか…」
気を抜けばすぐにでも意識が飛んでしまいそうだったが、それでもスオウの手を借りて立ち上がる。
「もう休みなよ。夕飯くらいは俺、作れるから」
「けど…」
「いいから。な?」
「ん…」
ふらふらになりながら、アオイは自室に戻る。
鎮静の魔法は本来、かつてスオウに使っていたように精神安定のためにも使われているが、強くなればなるほど精神どころか肉体に影響を及ぼす。
今はまだ眠気だけで済んでいるが、これからどうなるか分からない。
それでも魔女は魔力を使い果たさない限り死に至ることはない。
時折、暴走の段階で魔力を使い果たして死んでしまう魔女はいるというが、その確率はかなり低い。
それこそ都市一つ滅ぼすくらいの暴走をしなければまず起きることはない。
だからこそ、得意とする魔法によっては苦痛が大きいのだ。
ベッドに横たわると、アオイは意識を失うように眠ってしまっていた。




