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Trip8.


ちゃぷん、と水音が響く。


「…ダメだ、消えない…」

湯船に浸かりながら、椿はそう呟いた。

昼休みに見た礼原の冷たい眼差しが未だに脳裏に焼き付いている。


授業をしてくれる時は真剣で、弁当のおかずを取っていく時はへらへらと笑っている彼とは思えないほどの表情だったのが、椿には恐ろしく見えた。


「夢にまで出なきゃいいけど」

湯船から立ち上がり、ふと目線を下に移せば、手の甲にある花の痣。


そして眠りに就いた椿は、パラレルワールドを再び訪れることになる。



第二部隊の任務の事後処理を終えたツバキは、自室で魔法構築の研究をしていた。

元々はそういったことを生業とする部隊にいたため、もはや趣味なのだ。


「……」

椿の記憶が流れこんできて思い出したが、トクサも同じように冷たい目をしているのを、ツバキは何度か見たことがある。


団長副団長の関係となっては浅いが、それ以前の、まだ二人共前の部隊にいた時だったような気がする。

年上のくせに子供のようなちょっかいをかけてくる彼を鬱陶しいと振り払おうとしていた時の出来事なので、何度もあった中のいつとは分からないが。


本来ツバキは、人の本質を理解することに長けている。


だからこそ、見ていても分かる程度に女性嫌いの彼が、何故自分を副団長に指名したのかが分からない。


「副団長、少し話がある。いいか」

「はい、今出ます」

いつものフードを被り直して部屋を出る。


「話というのは?」

「廊下じゃなんだからな…どうせ隣だし、俺の部屋でもいいか…」

「団長の部屋は…お世辞にも話をする環境には向かないと思います。執務室の方がよほど適していると」

「…ああ、そういやそうだ」


彼の私室は異動になって以来ツバキの部屋の隣室だが、未だに荷物が片付いていない。

そんな部屋の中で話をしても息苦しいとツバキは思った。


「私の部屋も…その、散らかっているので招ける状態ではありませんし」

魔法の術式についての本が何冊もあったり、魔法の構築式を書き記したものが時折床に落ちていたりするので、人に見せられる部屋ではなかった。


「面倒だが、しょうがないか」


妖魔討伐団の団長副団長の執務室に入ると、やはりそこが一番話をするのに適しているとツバキは思う。

仕事場という公の場として使うところなので、頻繁に掃除や整理整頓をするためだ。


「よっ、と…」

執務室に入るなり、いつもは置いてあるだけの水差しを使ってお茶を淹れる。

お湯を沸かす、茶葉の煮出しなどは魔法を使って早めたが、味は変わらない。


「…お前の構築した魔法って便利だよな…」

自分とツバキの目の前に置かれた湯呑を見てトクサが呟く。


「うん、美味い…さて、本題に入るか」

ふ、と息を吐き出したトクサの声のトーンが変わる。


「俺やお前は、妖魔討伐団の団長副団長であると共に、第一部隊の隊長と隊長補佐だ」

「はい」

「今まではあまり出張らずに他の部隊をまとめてただけだったが…第一部隊としての初任務が言い渡された」

「…!」


第一部隊が任務を行う。


それは、第二部隊までのどの部隊でも手に負えないと判断された時に初めて任じられることとなる。

そのため他の部隊の任務とは比べ物にならないほどに重要かつ危険な任務が多い。

団長副団長が第一部隊としての初任務で命を落とす例も少なくはなく、まだ若いトクサやツバキが団長と副団長になった際もそういった経緯があってのことだった。


「空想型…それも八岐大蛇の姿をした魔力体が発見された。八岐大蛇は、分かるか?」

「有名ですから、分かってます。退治するためには…毒の魔法が有効だと考えられますけど…今作られている魔法では、周りへの被害も大きいですよね?」

「…そうだな…俺の知る限りでも拡散されないものは少ないはずだ」

「その通りです。なので、毒の魔法を使わずに戦うしか…」

「ああ…まぁ、そこは一週間のうちに何か思いつくだろうよ」

「…任務はすぐではないんですね」

「死ぬかも知れねぇのに言い渡されてすぐなわけがないだろ。引き継ぎも出来ないしな」

「……」


俯いたツバキが持つ湯呑の水面に、考え込む顔が映る。


「…それはそうと」

「はい?」

「さっきから、妙に態度がぎこちなくないか?」

「…っ…いいえ」

「早く話を終わらせたがってるようにも見えるしな。何かあったか」

「だから、何もありません。話が終わりなら、失礼します」

早口で言い切って、執務室を出る。


足早に部屋に戻りながら、相変わらずよく見ている上司だと嘆きたくなった。

酷く冷たい目の記憶がこびり付いて離れなかった椿のように、記憶がリンクしているツバキもまた、その目に恐怖を感じていたのだ。


現実世界で意識が完全に椿に戻ってきた時、彼女は全身に冷や汗をかいていた。


椿の痣の花弁は、一枚消えていた。

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