Trip5.
その日の朝から、李はどこか体調が優れなかった。
先日行ったおまじないで異世界に行き、そこでも体調が優れなかったのもあり、自分にだけいろいろと不都合が出ているのかと少し不思議に思いつつも、フィクションの世界が好きだったこともあって、そのうち落ち着くだろうと自己完結していた。
「…オイ、お前今日は帰ったほうがいいんじゃねぇのか」
「え?私が帰るの?どうして?」
登校中、いつもなら「やっぱ帰るか」と言い出す夜凪を説得するのだが、李にのみ帰れと言われるのは初めてで、首を傾げる。
「どうしてって…あー、やっぱいい」
あっさりと引き下がり、その上で帰ろうとも言わない夜凪はいつもの彼とかなり違う。
まさか体調が優れないことに気がついたのだろうか、とも思ったが、家で鏡を見ても、気を引き締めすぎてなかなか寝付けずにうっすらと付いた隈以外、顔色はそこまで変わっていなかったし、大雑把な彼が気付くはずもない。
ということは隈を気にしてくれたのか、という結論に至る。
いつもと違うことは、もう一つ起きた。
彼が一度も授業をサボろうとしていないのだ。
もちろん、夜凪も単位を計算し、留年しないレベルでサボっているので、サボらない時はあるのだが、一日中サボらないのは珍しかった。
それも、どこか集中しきれてはいないものの、授業中に居眠りをすることもなく、当てられればきちんと答えを返す。
長年の付き合いである李にも、彼が今日は何を思って行動しているのか分からなかった。
それが分かったのは、五時間目に入る直前。
「っ…」
席に戻ろうと立ち上がった李が立ちくらみを起こした瞬間だった。
「だから朝言ったんだよ」
椅子を掴み損ねて倒れかける李を抱きとめたのは、いつの間にか近くにいた夜凪だった。
その声はかなり低く不機嫌で、眉間にも皺が寄せられているが。
「夜凪…?」
「とりあえず帰るのは無理か…保健室で寝とけ」
「でも…あと二時間だし…ちょっと立ちくらみ起こしただけだから…」
「はぁ?それのどこがちょっとだ。それに朝から顔色悪ぃくせに何言ってやがる」
「あー…信斗の言う通り、李はその二時間より自分の身体優先した方がいいんじゃないの?ノートくらいは後で貸せるしさ」
意固地になる李と喧嘩腰になってきた夜凪を見かねて杏子が李を説得する。
「……」
「ほら行くぞ」
「えっ」
夜凪は李の膝裏と背中に手を入れて抱き上げ、教室を出ていく。
「…軽。お前いつからこんな軽くなったんだよ。親父さんの帰りが遅いからって、適当に飯食ってんじゃねぇだろうな」
「……ちゃんと、食べてるよ」
「嘘吐け」
そう吐き出すと、夜凪は李を保健室へ運ぶことに集中することにした。
同時刻の教室で突然の出来事に硬直していたクラスメイトたちが再び我に返ったのは、次の授業の準備のために入ってきた礼原の呟きだった。
「何してんだお前ら」
まだ昼休みだというのに静まり返っていた生徒たちが慌ただしく動き始める。
「まぁいいか。おーい、椎火、暇なら手伝ってくれ」
「…はい」
ちなみに、椿は係でも何でもない。
「で、何があったんだ?」
「李…えっと、安土さんが立ちくらみ起こして、信斗君が保健室に連れてきました」
手伝わせるという名目で聞き出してくる礼原は実はかなり良い教師だと椿は思う。
この数十分前に自分の弁当のおかずを例のようにとっていっていなければ、だが。
「…へぇ、あの不良がねぇ…ってことは授業も戻ってこないな」
「!」
「ん、どした、椎火」
「…いいえ、何でも。次が先生の授業なら私が李を保健室に連れてけばよかったと思っただけです」
「おいおい、優等生が教師にんなこと言っていいのか~?」
椿はそんな風に茶化して誤魔化したが、今は目の前で笑っている礼原が、先程のほんの一瞬だけ酷く冷め切った目に変わった瞬間が頭に焼き付いて、いくら振り払おうとしても、忘れることは出来なかった。