出発~はじまりの日~
南グレイス大陸。
その南西部に位置するヒューマからは、北へおよそ850km離れた森のなかに、今は廃墟と化した小さな村が幾つか存在する。
何でもその昔、村一帯が種族間の争いによって焼き払われたとの事らしい。
その内の1ヶ所の村の地下に、何とカスケードのアジトがあるという。
ハッキリ言って趣味が悪すぎる。
わざわざ、大量に死人が出た村を拠点に構えるってどういう神経してるんだ。
まあ、ここまで聞かされたからにはリーダーに会うぐらいはしないと俺としても気持ち悪い。
ていうかアリアが一方的にベラベラ喋っていただけなんだが。
問題はアジトまでの距離だ。
北に向かう列車では、遊園都市[ルガルタ]行きの列車に乗るのが一番手っ取り早い。
ルガルタまで出る前に途中で下車し、そこから森まで歩く。
これが最短経路だ。
しかしアリアは、俺とまったく真逆の考えだった。
列車や車は、使いたくないー・・・。
炭麗石を動力に変換し走行させる技術は、今の世ではごく一般的であるが、一昔前は荷馬車が一般的だった。
要するに、その列車や車に使われている技術の概念を産み出したのは他でもなく、アリア達が打倒せんとしている十神会なのである。
「・・・まあ反逆心を抱いているアンタが、確かに
利用したくないって気持ちは解らないでもないが、距離を考えろよ。馬車じゃ、かなりしんどい距離だ」
「まあまあ、ちょっとした旅気分も出るじゃない。
列車なんて味気無いし、環境に悪いし、お金掛かりすぎるし、何も良いことないわよ」
そう言ってアリアは、ウインクをする。
何故このタイミングでにこやかにウインクなのか。
大マジで意味不明である。
「本気で言ってるのか。アンタ達は一体十神会に、どんな怨みがあるんだよ」
「カスケードにいる仲間は、人それぞれ理由があって戦おうとしている。目的は一貫してるけど、理由はバラバラよ」
そう話すアリアの表情は、普段のおちゃらけた言動
とはまた違うものだった。
何かしらの、深い絶望を味わった者にしか再現できない表情とでも言えばいいのか。
俺も過去に討伐隊で親友を死なせている。
俺自身も重症を負い、思えば記憶している過去にろくな物はない。
この女も、過去に似たような経験を、十神会絡みで味わってきたという事だろうか。
いずれにせよ掴み所がない女だ。
あんな化物じみた能力も含めてな。
幸いにも、何泊かは出来るだけの持ち合わせはあるが、女と二人で小旅行をする羽目になるとは。
先が思いやられる。
「わかった。俺も荷馬車で付き合ってやる。その代わり教えろ。アンタが何者なのか」
「私の何を知りたいってのよ?」
「ただの人間じゃないだろう。右手が刃に変形したのはトリックだとでも言うのか?俺は狭い世界しか知らないからかもしれんが、あんな化物じみたー・・・」
「化物って、言わないで」
アリアが、発した言葉とは裏腹に、ゆっくりと右手を自分の顔前に持ってくると、ピキピキ・・と凍り付くような音とともに刃へ変形させた。
「この能力は、私にとって忌むべきもの。
それでも、私は能力を磨き続けてきた。いつか来る戦いに備えて」
「取りあえず正体を明かすつもりはない、と」
「付いてくれば、ハッキリするじゃない。それよりマット。私にはアリアって名前があるんだよ。アンタとか女とか、いい加減やめてほしいな」
「く・・・俺は女が嫌いなんだよ」
「何ソレ、答えになってない」
不毛な会話を続けながら、俺達は南ソマリア草原の入口に辿り着いた。
ここから、まずは北ソマリア草原、要するに出口まで馬車に乗って移動する。
不思議な気分だった。
俺は所詮、小さな街で便利屋をやっていただけに過ぎないし、討伐隊に居た頃も戦いに明け暮れているばかりだった。
旅をする、という事自体初めてだし、考えたことすらなかった。
弊害だらけの旅だが、悪くない気分だった。
自分探しの旅。
過去にそんな奴を沢山見てきて、何をほざいてるのかと内心バカにしていたが、まさか俺自身がそのバカ野郎になるとは思いもしなかった。
「ほら、乗るわよ」
不意にアリアが、俺に手を伸ばしてきた。
見れば既に馬車の用意が出来ている。
俺が考え事をしている間に、アリアはとっくに乗り込んでいたようだ。
「いらん。俺はガキじゃない。ついでにアンタより年上だと思うが」
「あららー!?それって、あれよね、私って若く見えるって事よね?」
「やかましい。黙ってろ」
「ねえ、私いくつに見える?」
「だから黙れ」
こんな女と行動を共にするのも、俺自身を突き止める鍵を手にいれるまでの辛抱だ。
ガタン、とかなり強い揺れと同時に馬車が走り出した。