波乱の予感2
「いい加減にしてくれ。俺は忙しいんだ。
・・・どわ!・・放せコラ!やめろ!」
まるで、腹をすかした野良猫みたいな女だ。
まとわりついて離れやしない。
こんな生き物がいるとは。
「お願い!話だけでも聞いて!ねえってばぁ!!」
くそ、なんか目立ってきてしまった。
周りが何事かとざわついている。
そう言えば、さっき蹴り飛ばしたフード男も放置しっぱなしだった。
アリアは俺の襟元を引っ張ったり押したりをずっと繰り返し、果ては腰にしがみついてくる。
・・・よし、限界だ。
「おい話だけは聞いてやるだから今から俺が言う事をよく聞けいいか」
アリアは俺の襟から素早く両手を離し、直立不動の姿勢をとった。
何なんだコイツは・・
こんな珍妙な人間に会うのは生まれて初めてだ。
「まず一つ。とにかくまとわりつくのを止めろ。
俺は女が嫌いなんだ」
思わず俺はアリアを指差していい放つ。
アリアは目をぱちくりさせている。
何故か逆に珍妙な目で見られているのは、俺。
「もしかして、あなたって・・・ホモ?」
無視して続ける。
「2つ。俺はただの街の便利屋だ。あんたみたいに街の外から持ってきた厄介事まで引き受けたんじゃ身が持たない。だから聞くだけだ」
「誰が厄介事なんて言ったのよぉ」
「顔に書いてあるんだよ」
俺はアリアを睨み付けた。
ほら、下を向いた。
「大方、魔物退治とか、そんなとこだろう?」
俺が問うと、アリアが突然歩み寄ってきた。
だから近いって。
「・・・違うわ。むしろ、あなたにとって無関係な話じゃない事は確かね」
何故か睨み付けられる。
さらに、俺に無関係な話ではないって?
何だか、どことなく理解し難い状況である。
まあ便利屋なんてやってれば俺に恨みをかった奴がいてもおかしくない。
やはり私怨が関連しているのだろうか。
「まあ、とにかく用件を聞こう」
とりあえず話だけでも聞くとする。
こういう厄介者がたまに俺の元にやって来るのは茶飯事なんだが、ここまでの変わり者は中々いない。
関わるべきではなかったかもしれん。
ただあの状況は放っておけなかったし、致し方ないと言える。
「あなた、"カスケード"って、知ってる?」
アリアの口から予想外の言葉が飛び出した。
「・・・レジスタンスの?」
「そうそう!さすがに名前くらいは知ってるみたいね」
「一体それが何だっていうんだ?」
話がさっぱり見えてこない。
早く本題に入ってくれ。
こっちはそんなに暇じゃないんだ。
自分の眉間にシワがよるのがわかる。
「そんな怖い顔で睨まなくたっていいでしょー」
「だったら早く本題を」
言いかけてるうちに、アリアは羽織っているジャケットのボタンを開け、隙間から覗かせた黒いインナーシャツをたくしあげた。
「ば、馬鹿女かオマエ、こんなところで・・えー・・・?」
この目でハッキリ見てしまった。
アリアの脇腹の下あたりに。
「・・・幻獣カスケードは遠い昔に滅びたとも、元々が幻の生物とも云われてるけど、この刻印がある私にはハッキリとその魂と能力が備わっているわ」
「いや、まてまて。本当にあんたが、あのカスケードの構成員だとしても、そんな刻印が施されてるなんて話しは初耳だ」
「当たり前じゃない。この刻印は私にしかないし。
・・・まあ、そういう事よ」
どういう事だよ。
どういう事かはさっぱりわからないが、とにかくこのアリアって女が、レジスタンスのメンバーだというとんでも話が現実としてそこにある。
だが、一つの疑問が浮かんだ。
レジスタンスの構成員ともなれば、例え女であろうと戦闘力は並大抵のものじゃないはず。
先刻の、あのフード男はそもそも仕留めるくらいは出来たのではないのか。
それとも、単に足の部分で追い付けなかっただけという事だろうか。
「まあいい。で、その天下のカスケードが、たかだか便利屋の俺に何の用がある?」
「そーんなの決まってるじゃない!スカウトよスカウト!うちに来てくれない?」
「断る」
「早っ!」
薄々嫌な予感はしていたが、こうも的中するものか。厄介事どころではない、何故俺が反逆集団の一員にならなければならないのか。
「よくわからないな。何で俺なんだ。そんなに人手が不足してるのか」
「実はあなたの、マットの実力は全部把握してるの。半年前に、あなたはサーヴァントを討伐している」
サーヴァントというのは、この地方に生息する全身が銀色の毛に覆われた大型の魔物で、普段は比較的大人しい性格だが、縄張り意識が強い。
縄張りを侵すものは、小動物だろうと自分達より大型の魔物だろうと、容赦なくその鋭い爪で襲い掛かる。
勿論、人間にも。
「あまり過去を話すのは好きじゃないが、俺は昔、討伐隊にいたからな。あんたがその情報をどこから掴んだか知らないが、サーヴァント程度ならどうにでもなる」
アリアはどことなく不満げな表情を浮かべていた。
「何でマットみたいな人が、便利屋なんてやっているの?幾らでも職があるじゃない?討伐隊だって、何で隊を抜けたの?」
またそれか。
正直、もうお腹一杯なのだ、この手の質問は。
これが嫌だから、あまり目立った依頼は断り続けていたのだ。
サーヴァントの討伐は依頼されたものではなく、事故に近かった。
誤って街の住人がサーヴァントの縄張りに足を踏み入れてしまい、たまたま別の依頼で付近に居た俺が悲鳴を聞いて駆け付けたのだ。
だが、当然この手の話は街中に伝わり、尾ひれがついて他の街へと拡散していく。
自身が撒いた種だから、仕方無いと言えばそれまでだが。
「あんたには関係ないだろ。他人のあんたに、俺の生き方にとやかく口出しされる筋合いはない」
これしか言うことはない。
大概の相手はこれで何も言えなくなるが、この珍種は一筋縄ではいかなかった。
「わたしには、あなたをカスケードに連れていく使命がある。お願いだから一緒に来て!」
懇願するように、という雰囲気ではなく、アリアの瞳からは、強い意志のような何かが感じられた。
夕暮れが差し迫る街を、一陣の風が吹き抜けた。