波乱の予感
玄関兼酒場の裏口から外へ出ると、悲鳴を聞いた人々が既に群れを作っていた。
ほぼ全員が顔見知りであった。
「あ、マットくん。もしかして、君も聞き付けて?」
俺に気づいた隣人のリスタ夫妻が不安そうに話し掛けてきた。
とにかく、早く取っ捕まえて騒ぎを鎮めなければなんないな・・。
「皆は中に戻って鍵を閉めて待機しててよ。
まあ、悲鳴を聞く限り空き家を狙ったもんじゃなくて、ひったくりってやつだろうけどね」
言いながら、俺は地面に右耳を置いた。
そうそう、先に説明しておくと、俺の耳の良さは一般人のそれとは比較にならない。
環境にも若干影響されるが、集中すれば100㍍先の足音を聞き取るぐらいは可能だ。
野次馬の皆も、それを知っているので、俺の行動を不審がる者はいない。
「荒々しい足音が2つ、か。女のほうが追っかけてるのか別の奴が追っかけてるのか・・」
俺は立ち上がってから一つ息を吐く。
「行きますか・・」
「マットくん、あんまり無茶しないようにな」
「ご心配なく。油断だけはしないようにするよ」
言い残して、俺は足音がする東へ向けて走った。
「誰かーっ!そいつを捕まえてーーーーっ!!」
酒場[ロックイレイズ]より東、船着き場付近まで来たところで、丁度よいタイミングで女の叫び声が聞こえた。
角を曲がると、正面から泥棒さんが向かってくるのが一目でわかった。
ひとまず角に隠れて、足でも引っ掛けよう。
下手に向かっていって人質にでもとられたら厄介だしね。
「畜生!しつこいクソ女め!!・・・んぐわっ!?」
派手にすっ転んだのは、白いフードに身を包んだ強面の男。かなり小柄だった。
「て、てめえ!何しやがる!殺されてぇのか!!」
「おお。台詞まで小悪党まるだしかい」
「舐めやがって・・正義の味方気取りが・・てめえみたいな野郎は早死にするって事を教えてやんぜ」
フード男はそう言い放つと、忍ばせていた短刀を取り出した。
短刀を俺に向けて構えてきた瞬間、冷たい感情に支配されていく自分がそこに居た。
「・・大人しく盗んだモノを出せ、クズ野郎」
「う・・・」
フード男は、短刀を構えたまま半歩後ろに下がった。威圧が効いているようだった。
その時、視界の端に映ったのは、こちらに向かって走ってきている人影。
被害者の女だ。
フード男は、ほんの一瞬女に気を取られた。
俺はその一瞬のスキを逃さず、まずは相手の短刀を右足で蹴り飛ばし無力化。
続いて回し蹴りを放ち、フード男は、3㍍先まで吹っ飛んだ。
頭を打ち付けたようで、そのまま気を失ったようだった。
同時に、ひどく息を切らした女が到着。
背丈は俺とそう変わらない。
紫色のストレートヘアーと、白いショートパンツが特徴的だ。
年は17、8だろうか。
女と言うより、少年のような印象を受ける。
「これ・・あなたが?」
「まあな。でも勘違いしないでくれ。あんたの為にやった訳じゃない。俺も街の皆も平和な暮らしを望んでいる。治安を乱すアホが許せないだけさ」
「ふーん、正義の味方って訳か」
特に正義の味方って言葉に反応はしなかった。
俺自身、そんなつもりはまったくない。
しかしやっている事は、端から見ればそう映るのも仕方ない。
要するに[正義の味方]に否定も肯定もできないのだ。
「俺はこの街と、ある人に恩があってね。これは恩返しのようなものなんだ。・・それより、あんたの盗られた物は何なんだ?」
「はうあ!そうだった忘れてた!」
慌てて女は、気絶しているフード男を調べ始めた。
忘れてたって、冗談だろ。
あんだけ騒いでいたのに。
「あった!良かったぁ!」
女は安堵の表情で、右手を高々と上げた。
「なんだそれ、腕輪・・?」
「そ。これがないと、私何もできないから・・。
本当にありがとう。あなたのおかげよ」
それは良かった。
腕輪には特に興味がわかない。
むしろあのフード男はなぜ腕輪なんて盗んだのか、そっちのほうが気になる訳だが。
「わたしアリアって言うの。よかったらあなたの名前教えてくれる?」
「・・マットだ。ちなみに先に言っておく。俺は女と関わる気はないからな。しかもあんた、この街の人間じゃないだろう。報酬はいらないから、早く帰んな」
「マット・・?もしかして、便利屋の?」
アリアの瞳の奥が、妙に輝いていく。
俺は久方ぶりに嫌な予感がした。
「みっけーー!!やっとだよーー!!」
アリアは両手を広げ、勢いよく体当たりをしてきた。