洞窟
漣が部屋からでて社の門のあたりに来て5分もしないうちに刀を携えた詞音もやってきた。
腰に差された太刀は ぱっと見れば彼女とはやや不釣り合いな大きさだが、それは見た目だけであり、彼女がその刀を自らの体の一部のように自由自在に扱うことを漣は知っている。
「いつも思うけど聞かなかった事聞いていいか?」
「何?」
「何故いつも外に出るときは刀持ってるんだ? しかも太刀」
「護身用」
漣の問いかけに、詞音は単語だけという簡潔すぎる答えを返した。だがこれはいつもの事なので漣は特に気にしない。相槌を打ってそのまま目的地に向かって歩き出すと、詞音もそれに続いた。
――――――…
社から歩くこと数十分。2人は半ば朽ちたような――というより、もう何年も人が立ち入っていないような洞窟の前に立っていた。周りには何もなく、生き物の気配すら感じられない。
心配になったのか、それまで何も言わなかった詞音がおもむろに口を開いた。
「依頼とかなんとか言ってたけど、場所当たってる? 僕場所知らないけど」
「あってる。あれ? 洞窟に行くって言わなかったっけ」
「聞いてないし言われた覚えもない」
詞音がすっとぼけたような答えを返す漣を軽く睨みながら棘のある言葉を容赦なく投げつける。これもまたこの2人の間ではよくある光景である。
「で、具体的な内容も聞かされてないんだけど」
詞音がやや不機嫌そうに言った。漣はというと、それを聞いて詞音に同行を依頼しておきながら何も伝えてなかった事を思い出したのか、そういえばそうだった、という顔をした。
「あぁ、そうだったな。『最近魔物が辺りに出没してるから被害者が出る前に退治してほしい。ちなみにこの洞窟を住処にしてるらしい』って話だったと思う」
「大雑把過ぎるな……そもそも魔物に住処とかあるのか? あと、どんな奴か分かってるのか?」
「……さぁ?」
質問されたところで分かる事ではなかったので、漣はひょいと肩をすくめた。詞音はそんな彼を呆れたようにちらりと見たが、ずっと黙っていて動く気配がないのを確認すると、何も言わずにため息をついてすたすたと洞窟の中へ歩き出した。
一方、詞音の質問に答えようとしてあれこれ考えていたせいで、少し遅れて置いてけぼりにされそうになっていることに気付いた漣は一瞬ぽかんとしていたが、すぐにあとを追った。詞音のゆっくりとした足音と、あわてて追かけてきた漣の足音が洞窟の中に反響しながら闇に吸い込まれていく。
「置いてくなよ!」
「個人的にさっさと終わらせたかっただけ。君がぼーっとしてるから悪い」
ようやく追いついて一言言ってやったものの、詞音にそう言われてなんと言い返そうかと思案する。しかし何を言っても言い訳にしか聞こえないような気がして何も言えなかったため、結果的に肯定していることを示してしまった。
「ちゃんと前見ないとぶつかるよ。暗いから特に」
「見てる見て……うわっ!?」
恐らく「ちゃんと見てる」という事が言いたかったのだろうが、その言葉は最後まで紡がれる事はなく、目前に迫っていた壁にぶつかりそうになって驚いた漣本人の声で途切れることになってしまった。
詞音はそれを見て呆れたようにため息をついていたが、すぐに表情を厳しいものにして暗闇の中凝視する。それはまるで、いるはずのない、見えるはずのない何かが居るのを見ているかのようだった。
何事かと口を開こうとした漣に気づくと、詞音は人差し指を唇に当てて、静かにしろと声を出さずに伝えてきた。
「漣、魔物がここを住処にしてるって話は本当みたいだ」
「はぁ? 何をいきなり……」
「死にたくなければ、槍、構えといたほうがいいよ。……この奥に結構いるみたいだから」
詞音はそう言いながら、自らも腰に差した刀を静かに抜いた。
どうでもいい話。
詞音が刀持ってるのは私が刀を持たせたかったから。
何か最近和風な物が好きみたいです。