エピローグ
その場を一言で表現するとすれば、異世界とでも言おうか、風が吹く度に飛沫の様に花弁を散らす桜。そこだけ他とは違い、幻想の世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせる。
数人で手を繋いでようやく抱えられるのではないかと思わせる程の幹を持つ桜の木の下で、少女が独りで佇んでいた。人通りがほとんどないこの場所に彼女がいる理由は、所謂待ち合わせのようなものだ。
淡い青色のパーカーを羽織っているのは、今の季節がまだ肌寒いからであろう。
彼女は時折自らがやってきた方に目をやるが、そこには相変わらず小路があるだけで全く人が来る気配は無い。
微風が彼女の長い髪を靡かせ、桜の花弁を散らす。それだけが幾度も繰り返されたが、彼女の待ち人は一向に現れず、時間だけが徒に過ぎていく。
――と、風に乗って足音が聞こえた。
彼女がふとその方向――つまり自分が通って来た小路――に目を向けると、薄靄の向こうから歩いてくる人影を認め、自分にここへ来るよう言った彼だとわかると、ふわり、と微笑を浮かべた。同時に、彼が自分の事をわからないのではないか、という考えが頭をよぎる。わからない、ということはないのはわかっているが、彼女の容姿は彼がここを出た数年前と比べるとすっかり変わってしまっている。それ故に、彼が自分だと判断できないのではないかと思ったのだ。
しかし、そんなことはどうでもいいことだと思い直し、もうはっきりと見える位置まで近づいていた彼に、彼女は一言「おかえり」と声をかけた。
これにて完結になります。
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