忘れ物(上)
目が覚めると、もう辺りが明るくなり始めていた。少し横になるだけのつもりだったが、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
漣は体を起こすと、大きく伸びをした。
家の中に誰かいないかと耳を澄ませてみたが、物音ひとつしない。今家にいるのは漣1人なのだろう。
まあそんなことはどうでもいいということにしておき、今日は何かあったかと考える。何かがあった気がするが、それが気のせいなのか漣が何かを忘れているのかはわからないが、とりあえず何かがあった気がする。誰かに聞きたいのは山々だが、家には誰もいない(敷地内を探せばいるかもしれない)ようだし、詞音に聞こうという考えが一瞬頭をよぎるが、流石に2日連続で社《やしろ》を訪れるのは気が引ける。それも大した用ではなくて今日何かあったかと聞くだけとなると尚更だ。
「何だっけなぁ……絶対何かあると思うんだけどな……」
そう呟くも、やっぱり思い出せない。
考えながら意味もなく家の外に出ると、思いの外寒くて身震いした。だが上着が必要なほどではないと思い、そのまま何処へ行く訳でもなくふらりと街道を歩く。
何だかいつもより人通りが少ない気がするが、これもきっと気のせいだろう。
漣は途中で見つけたベンチに腰掛け、腕組みをして今日は何かあったのか、あるなら何があるのかを考える。いや、そもそも本当に何か忘れているのかと自問するが、困ったことにさっぱりわからない。
そんな事をかれこれ十数分続けた頃、突然ぽん、と肩を叩かれた。まさかそんな事があるとは思わなかったので、思わずビクッと一瞬体を強張らせるが、振り返ってみてよく見知った顔を認めて、何故だか――否、理由は言うまでもなく単純で、知っている人間だったからだが―― ほっと安堵の息を漏らす。
それを認めた彼女は何を警戒しているのか、と怪訝そうな表情をした。
「……何? 僕何もしてないんだけど」
「いや、いきなり肩叩かれたからびっくりしただけだよ。別に詞音が何かしたわけじゃないから」
彼女には恐らく言い訳にしか聞こえないのだろうけど、一応そう言っておく。……実際言い訳以外の何物でもないのだが。
「で、何か用?」
「は、いやそれはこっちの台詞……」
「今日ここに来いって言ったの君なんだけど」
彼女は呆れたように眉を顰めた。
漣としてはそんな覚えはないのだが、以前そんなことをいった気がしないかと言われれば言ったような気がするし、そんなことはない気がする。つまり、記憶が曖昧すぎて分からない、というのが本音だ。朝から何か忘れていると思っているそれはもしかしたらこのことかもしれない、などと考えてみるが、何かあった、ということしかわからない。
「言ったっけ……?」
「言った。そうじゃなきゃここに来ない」
「……」
黙り込んでしまった漣を見て、詞音はため息をついた。
「忘れたんだ」
「……ごめん、さっぱり覚えてない」
「言っとくけど、僕も知らないからね。君がしかわかんないから」
詞音はそう言いながら漣の隣に腰を下ろした。
テスト上がりのテンションで一気に書き上げてしまった
おかしいところがないか心配;