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第一章 『雄鳥の産む卵』

 足早に立ち去っていく夏の残滓が無くなれば、短い秋がやってくる。

 収穫を終えた糧が運ばれる僅かな活気が終われば、やがて冬の気配が人々の襟を立ててゆく。

 大きな騒乱を経たヨッドヴァフはそれでも束の間の秋に、少なくなった糧を集め長い冬に備え始める。

 物言わぬ少女を引き連れてスタイアは面倒臭そうに街の中を眺め、活気のあるウェストグロウリィストリートを歩く。

 飼い主に良く似た犬は少女を乗せ、だらしなく口を開き、締まり無く息を巻いていた。

 ガタガタと音を立てて横を通りすがっていく竜車の中には身なりの良い貴族の家族がおり、優雅に談笑していた。

 少女はその様子を目の端に捉え、纏った灰色のローブのフードを目深に被り、静かに震えた。

 その陰気な様子が一緒に歩くスタイアをさらに辟易させる。


 「いつまでもそんなんじゃ、先が辛いですよ」

 「言われずともわかっております!」


 丁寧だが険を含んだ金切り声は、少女の育ちが良いことを伺わせる。

 面倒くさい仕事になったとスタイアは辟易するが、普段、楽をしているからだと叱責する友人や上司の言葉を思えば当然かとも思うことにした。

 やがて、検問する兵士を置く外壁につくとスタイアは兵士に書類を手渡し手続きを済ませる。

 そうして、犬を引き少女を外壁の外に連れ出すとどこか寒い風が吹いた。


 「ふ…く…うぅ……」


 準騎士一人を伴にして外壁の外に来ると、少女はとうとう泣き出した。

 押し殺した嗚咽が響き、それが耳をほじるスタイアをどうにも陰気にさせる。

 そうして、スタイアはこの少女の出自に思いを巡らせる。


  ◇◆◇◆◇


 少女の名はメリグレッタ・ドゥモルトと言う。

 ヨッドヴァフの貴族、ドゥモルト家の一人娘でその父ゴルトアン・ドゥモルトは執政官の一人としてグロウリィドーンの補修工事の差配を主に行っていた。

 彼女はいわゆる、貴族であった。

 この国で貴族が貴族と呼ばれる所以は家柄や教養だけではなく、王城にて国の運営に携わる職に就いているかどうかが主に問われた。

 それらの職に就く者は一纏めに執政官と呼ばれ、誰が何を行うという律法は無かったが概ね、世襲に習って親の業務を引き継ぐこととなる。

 ここに律法による定めを欠いたのには、世襲により能力の無い者がその職に就いた際に、その責を果たせない場合、他の者がその職の責を執り行えるようにするためだ。

 王による委任を受け他の者の職を執り行う場合、俸禄は増えるがそれでは今までその職にあった執政官は職を解かれるのかという疑義が残る。

 だからこそ、能力が無くともその職にあれるように全てが執政官というように呼ばれ、爵位でもって格を作ることにしたのだ。

 仮に当代が無能でも、次代においてその能力があれば再びその職責に就けるように。

 この時代のヨッドヴァフはアカデミアを冒険者制度の一環として解放することで優秀な人材を大いに作り、能力の高い者がそのまま執政官になれたかというとそうでもない。

 執政官はその職務を執り行うにあたって、自らの財でもって行わなければならなかったのだ。

 これらの財は貴族自らが商いを行うこともあるが、大抵の場合は元老院によって可決された貴族への税の配分でもって賄われた。

 それらの権益にいくら能力が高いからといって平民が預かれる訳が無く、貴族による独占的な支配が続いているのが現状である。

 だが、それを良く思わない連中も居る。

 だからこそ、ドゥモルト家は最愛の娘を残してその家督を亡くすのである。


 「よくある話ですよ。有能な部下が無能な上司が居なくなればいいって思うのは」


 ゴルトアン・ドゥモルトが不可解な死を遂げた旨を知らせたダッツに、スタイアは興味なさそうにそう答えた。


 「お前さんが言うとマジでおっかないからやめて貰いたい」

 「今の時代に殺してまで邪魔になる上司が騎士団の中にできる訳じゃないでしょうに。ちっぱいみたいな上司でも戦場に立たないなら殺す必要はないでしょうしね」


 物騒なことを言いながら、弁当を広げるスタイアにダッツは告げた。


 「先の戦役でヨッドヴァフの補修に大がかりな金が投入される。冬の間に税の配分は決まるんだろうが、まず確実な話だろうさ」

 「だからこそ、誰が殺したかわかんないんでしょうさ」

 「お前さんはそう見るのか?」


 ダッツは思案するように眉の間に皺を寄せる。


 「王室の権力を削ぎたい輩も居れば、まとまった金の欲しい輩も居る。補修工事の関係で金が流れる場所もあれば、割りを喰う人も居ますからね。誰が殺したって不思議はありませんて」


 どこか遠い国の出来事のようにスタイアは語るが、ダッツは苦い溜息をついた。


 「ゴルトアン・ドゥモルト伯爵を誰が殺したかを探すのが俺たちの仕事でもあるんだがな?」

 「出てきませんよそんなもの。よしんば出て来たとしても替え玉でしょうね。話が大きくなってしまってどうしょうもなくなった時にスケープゴートとして出される人間がいるくらいでしょうさ。動機の数だけ犯人が作れますからねー」

 「他人事のように言ってんじゃねえよ」

 「他人事ですよ。ゴルトアン・ドゥモルト伯が死んで僕たちが得をする訳でもないし、損をする訳でもないですから」


 スタイアはバスケットにぎっしり詰まったサンドイッチを一つ、ダッツに放ると自分もだらしなく食べ始めた。


 「随分素っ気ねえもんだな」

 「他人の生き死により今日の飯。自分が生きるか死ぬかなのに他人を考えてどうするんですか」


 スタイアはサンドイッチを咀嚼し終えると、ズボンで手を拭い、二つ目を食べ始める。

 一口で口にサンドイッチを押し込んだダッツはスタイアのバスケットに手を伸ばし、自分も二つ目を食べようとする。


 「で?そんな話を僕にするのはどういった理由で?……あ、何個も持ってかないで下さいよ」

 「いいじゃねえか、少しくらい……ドゥモルト伯には一人娘が居るんだよ」

 「そうなんですか?可哀想に……自分の昼飯食べなさいな」

 「やもめが用意してるわっきゃねえだろ……その娘にゃ身寄りが無くってしょうがねえから昔の乳母を頼るって話なんだ」


 二人は競うようにバスケットを抱え、サンドイッチを頬張る。


 「ご愁傷様、そして、ごちそうさま」

 「ああ!最後の一個もってきやがったなてめえ!」

 「僕の弁当ですよ!それよっかさっさと話をして下さいよ。面倒な仕事なら僕もさっさと断る理由を考えたいんですから」

 「面倒じゃなくても断るくせにあにいってやがんだ。上司命令だから拒否なんかさせねーからな」


 ダッツは指についたパンを舐めると、スタイアの頭を拳骨でごりごりとなじった。


 「こんな話のあった後だ。その乳母ンところにそのご令嬢を送ってゆけって仕事だよ」

 「その娘さんは美人ですかね?」

 「手なんか出したら騎士の名誉を汚した罪で打ち首だからな」

 「……合意の上でちんちん出すのはアリですか?」

 「死ね。相手はまだ二十にならないガキだ」


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