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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』11

 店に戻ったところで閉店とした今日は誰も居る訳もなく、スタイアは一人でエールを飲むことに決めた。

 間もなく、冬が来る。

 グロウリィドーンの夜空にかかった冷たい霞の中に、どこまでも青い月がぼんやりと浮かんでいた。

 一際大きな姿を見せた月が、どこか優しくてスタイアはテーブルを外に引っ張り出して月を見上げながらエールを傾けた。

 いつもは陰気に暗い路地も、今日だけはどこか優しい月の明かりの中で柔らかかった。

 傾けたエールの酒精の弱さに、どこか物足りなさを感じるがそれもまた一興と思うことにした。


 「あら」


 夜も更けた遅い時間に店の前を通るマリナの姿があった。

 彼女は一人でカップを傾けるスタイアを見つけ微笑む。

 月明かりの中、どこか色っぽい笑みのマリナが少女のように笑うものだから眩しい。


 「こんな綺麗な夜にお一人ですか?スタさん」

 「ええ、綺麗すぎると僕にゃあ少々眩しいのですよ。このっくらいが丁度いい」


 スタイアはカップのエールを飲み干すと、足下に用意していたもう一つのカップをテーブルに置いた。

 マリナはそのカップを手に取ろうとして、首を振った。


 「ご遠慮しますわ」

 「あら?」

 「私もわきまえているツモリですよ?一夜限りのお相手ならともかく、ずっと、ご一緒に居られる程、強くもあれませんから」


 多くの苦労を負ってそれでも微笑み続けたマリナの笑みは、心を解く。

 スタイアは吐き出した酒精混じりの溜息とともに眩しさに目を細める。


 「そうですか……いい月だから、一緒に踊ってくれるかなと思ったんだけどなぁ」

 「フフフ」


 マリナは唇に指を当て、妖艶に微笑むと静かに立ち去っていった。

 その足取りをいつまでも見送りながらスタイアはまた大きな溜息をついた。

 向かいの海羊亭からミラがしわくちゃの顔でスタイアを睨んでいた。


 「どうです?婆さん」

 「あたしゃ足がねえのよ!踊れるわけないだろうに!」

 「酒の相手くらいはできるでしょう」

 「バカたれめ。お前達は見ていて本当に嫌になるよ。誰よりも沢山欲しがるくせに、絶対に欲しいなんてお互いに口にしない。周りからしたら面倒なんだよ、あんたたちは」


 ミラはどこか諦めたような苛立ちを見せ、悪態をつくと静かに奥へと姿を消した。

 酒精が回った頭では言っている意味は理解できない。

 だが、どこまでも優しいことだけは理解した。

 そんな折りだ。

 ラザラナット・ニザが戻ってきたのは。


 「おかえり、ラナさん」


 スタイアはいつものようにどこかいたずらめいた笑みを浮かべるが、ラナは大きく溜息をつくだけだった。

 スタイアはラナがどこか怒っていることだけは理解した。

 そして、その理由についても察してはいる。


 「どうです?一緒に」


 ラナは黙って首を左右に振った。

 月明かりがぼんやりとラナを照らす。

 瀟洒なドレスが月の明かりを返し、ほのかに煌めき、白磁の肌の上を滑る。

 僅かに色を載せた朱の唇が吐息とともに上下に揺れる。

 長い睫を震わせるラナは、幻想的なまでに美しかった。

 スタイアはその眩しさが酒精による幻惑だと思うことにした。


 「……さぞかし、城の中では引く手があったのでしょうね」


 そう尋ねる自分がどこまでも卑怯に思えて、惨めだった。


 「全て断りました」


 ラナは淡々と告げて、スタイアの前でじっと立っていた。

 子供のようにそっぽを向いてエールを傾けるスタイアは意識がまどろむことを願ったが、いつまでも高鳴る胸がそうはさせてくれない。

 スタイアは最後のエールを喉の奥に流し込むと、立ち上がる。

 だが、回った酒精は意識ではなく足下を惑わせる。

 そんなスタイアを脇からそっと支え、ラナはまた溜息をつく。

 スタイアはどうにも惨めな自分に耐えられず、同じように溜息をついた。


 「……ご迷惑ばかり、かけます」


 本当に口にすべきことは別にあるはずなのだが、零れるのはいつだって他愛の無いことである。

 だが、ラナはそんな不様なスタイアをじっと見守り、静かに待つ。


 「スタイア……」

 「……少し、待って下さい」


 形の良い唇が震え、言葉を紡ぐがスタイアはそれを遮った。


 「……僕から誘わねば、ならないんのす」


 不様であっても、そこまではさせる訳にはいかなかった。

 曲がりきった背筋を伸ばし、肩を少しだけ張ると真正面からラナを見下ろした。

 僅かに見上げたラナがどこか不安そうでその肩を優しく抱いた。


 「他の誰にも、踊らせたくなかったんです」


 耳元で小さく囁いた言葉に、ラナは俯く。


 「……ずっと、待っていました」


 顔を見られないようにそっと額を肩に押し当てると、二人は指を絡める。

 静かに絡んだ指が月明かりの中で組まれ、二人恥ずかしげに視線を交わした。

 二人はたどたどしくステップを踏み、静かに踊り出す。

 月明かりの中、静かな風の音だけを伴奏として踊る。

 どこかで鳴り響く鐘が、とても、優しい。



読了、ありがとうございます。

これにて新章閑話は終了です。


次回は第二部一章となります。


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