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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』10

 ラザラナット・ニザは人の行き着く先の栄華の儚さに溜息をついた。

 どれだけ豪奢に飾ろうとも、それは人の持つ真の輝きには至れない。

 至れないからこそ、飾れば、それはより足りなさを露呈する。

 常に飾ることで高みを維持しようとする気概は理解できた。

 だが、果たして永遠とも言える時の中で、泡沫の人が何を繋げるというのか。

 栄華も一夜にて崩れる。

 それを免れたのは、幾ばくかの人の勇気があったからだ。


 「ニザには滑稽に映るのでしょうな」


 そう声をかけたのは女王陛下だった。

 ラナは静かにその少女を見下ろし、他の人間がするように小さく頭を下げた。


 「畏れ多くも」


 女王陛下が留めるがラナは何事も無かったかのように頭を上げた。


 「ニザではありません。私は、スタイア・イグイットの連れ合いですから」

 「褐色の幽霊の連れ合い。それは言い妙です。紫紺の姫はご冗談も面白い」


 アルテッツァは冗談を交えると、長く息を吐いた。

 ラナと共にホールに集うヨッドヴァフの貴族達を見つめる。


 「見てもわかるように、この国は未だ混乱の最中です」

 「フィダーイーは、だからこそ容赦はしません」

 「……天秤は傾いた。新しい均衡を作らねば、ならない」


 どこまでも静かな紫紺の姫に、女王は心中を吐き出した。

 だが、ラナはそんなアルテッツァの言葉を躊躇うことなく否定した。


 「秩序は混乱の中にこそ、芽生える。私は、秩序を作れない」


 優雅な曲に身を任せ、静かに旋律の中に意識を埋める。


 「激しさに優しさ、緩やかさに熱さ……それでいて一つの調律となる」


 アルテッツァは苦笑をするしかなかった。

 ラナはホールに流れる曲の旋律に例えたのだ。


 「人の作った混沌もまた、一つの秩序、なのですか」

 「良い曲は、あるがままに」


 ラナが静かに瞳を閉じる。

 ホールに響く旋律は柔らかく響き、静かにラナを包み込んだ。

 穏やかな時を過ごす彼女に失礼だと知って女王は尋ねる。


 「私は、どう導けば良いのだ」

 「……ユラフロアルガンは死を作った。死者の王ユルグロード・ニザはグンググルルフの腕の中で死の車を回し、生を作る。まつろうな。渦は螺旋を描き、そこへ至る。君よ、渦を見よ」


 ラナは静かにそう告げて、再び頭を下げた。

 幼き王は頭を下げることを許されない自らの立場を嘆くことも、できなかった。


  ◇◆◇◆◇


 シルヴィア・ラパットは城の執務室の一つに戻ると、大きく息を吐いた。

 飾り気の無いその小さな一室には小さな机と椅子、そしてソファが置いてあるだけだ。

 そのソファにどっかりと座っていた彼女はどこか面白そうにシルヴィアを笑った。


 「どう?彼は一緒に踊ってくれた?」

 「あしらわれました」

 「あっはっは!」


 彼女は肩を揺らして大笑いすると、身を乗り出した。

 年の頃なら三十くらいだろうか。

 女として若くは無いが、決して老いてはいない。

 どこか、落ち着いた色気の中に、充実した若さを持つ。

 肩で切りそろえられた黒い髪はヨッドヴァフではあまり、見ることのない色だ。


 「まだまだ魅力が足りないわ。そんなんじゃあ、いい男は振り向かないわよ?」

 「ですね。マチュアから見て、スタイア・イグイットという男はどう映りました?」


 マチュアと呼ばれた女は笑顔を急に引き締める。

 先程までの陽気な顔とは違い、そこには一人の戦士としての顔があった。


 「アマガッツォの剣なんて田舎剣術を真面目にやってる人をはじめて見た」

 「ですが、強いです」

 「強く見えないところが、ムカつくけどね」


 マチュアは目を細めてシルヴィアのドレスの裂け目を見つめた。

 スタイアがナイフで切った部分だ。


 「あのくらいの立ち回りでどれだけ遣えるかは予想できない。そこそこ遣えはするでしょうけど、脅威とはなりえない」

 「マチュアはあの人を過小評価しています」

 「そうよ。それがスタイア・イグイットの狙いだし、おそらくアマガッツォの剣の理合に従えば取るべき行いだもん」


 マチュアはそう言うと、大きく伸びをして立ち上がる。

 壁に立てかけた剣を手に取ると、燭台の光にかざし軽く振る。


 「剣術ってのは理合よ。こうあるから、こうすべきの繰り返し。だけど、全ての状況に通じる理合なんて存在しない。だから、わかりやすい理合が流行るの。人はそれが強いものと間違うのよねー」


 マチュアは切っ先を軽くシルヴィアに向けて微笑んで見せる。

 いたずらめいた笑みがどこかスタイアのそれと似ていた。


 「だけど、剣が本当に強くなるのは全ての不条理を飲み込んで命を奪う時よ?スタイア・イグイットは一体、どれだけの不条理の中で生きてきたの?」


 首を傾げて尋ねるマチュアにシルヴィアは答えるものを持たない。

 マチュアは剣を納め、肩をすくめるとシルヴィアに近づき頭を撫でた。


 「あんたは頭がいいんだけど、危なっかしいのよ。だから放っておけないんだけどね?」

 「私は、何を間違ったのでしょうか」


 マチュアは苦笑する。


 「戦う事を選ぶなんて、馬鹿のすることよ?多くの人間は戦わなくちゃいけないから、戦うの。自らそれを選ぶ人間なんて、ロクな奴じゃあないわ」


 シルヴィアはそう諭されたことでようやくスタイアの真意を理解した。

 選ぶ必要が無いのに、選んだ自分はやはり愚かだったのだ。


 「ですが、勇者マチュアは常に選んできたのですよね?」

 「だから、ロクな奴じゃないでしょ?私も、スタイアってのも」


 選び続けて、勇者と讃えられた女はどこか疲れた笑みで苦笑した。 


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