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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』9

 スタイアは城の廊下をのそのそと歩きながら酔いが醒める寒さに身を震わせていた。

 足下こそおぼつかなくなることは無いが、それでも酔っていることは自覚できた。


 「会いたいって言われても、会うかどうかはまーた別問題ですからね」


 そう独りごちてホールの喧噪を後に聞きながら立ち去る。

 人気の無い廊下はきらびやかなホールとは対照的に、静謐な雰囲気に包まれていた。

 どこか冷たさを感じる風が心地よく、スタイアは額の髪をかき上げながら酒臭い息を吐き出した。

 スタイアはその静けさを壊すことなく、それでも早足に立ち去ろうとした。


 「やれやれ、不粋なお客さんもいらっしゃるようで」


 そう呟いたスタイアに応えるようにグリーヴが床を叩く固い音が響く。

 薄く広がった闇の中で、金色に煌めく髪を引きながら彼女は静かにスタイアの前に立つ。


 「柔らかくなったツモリですからね」


 シルヴィア・ラパットはどこか冷めた目でスタイアを見つめていた。


 「不粋と柔軟は全く違うんですけどねえ」

 「変わりはしません。ただ、斬られれば肉塊が転がるだけです」


 スタイアは小さく、鼻を鳴らした。


 「……変わりましたね」

 「未だ、至らず」


 そう返したシルヴィアの手には、いつもの槍ではなく剣が握られていた。

 細身の、それでいて固さを持つ剣だ。


 「獲物を変えたのですか」

 「人を殺めるならば……これが最善」


 突くことに徹した剣でありながら、払えば切れる。

 女の細腕でも扱え、かつ、適切に急所を断てるならば確かに最善の選択である。


 「大分、斬りましたね」

 「はい」


 抜き身の剣が禍々しいまでの煌めきを薄闇の中に放っていた。


 「女王陛下の特務部隊へ編成されたと聞きましたが……ヨッドメントに居たとは思いませんでした」

 「平和な時代、ここにしか戦場はありませんから」


 そう呟いたシルヴィアの言葉に、危うさを感じた。


 「馬鹿です」

 「あなたも」

 「ハッ」


 一緒にされたことにスタイアは思わず鼻で笑ってしまった。

 それはいつもの苦笑めいたどこか包容をもった笑いではない。

 明らかな、嘲りを含んだ笑みだった。

 シルヴィアは静かに足を擦り、スタイアに近づく。

 剣を持たないスタイアは僅かに後ずさり、剣の切っ先を正中線から逸らす。


 「私と、踊っていただけませんか?」

 「本当に、不粋な子ですね」


 二人はそれきり、黙って視線を交わした。

 まだ、喧噪の中にあるホールで曲が始まる前奏が静かに響いた。

 それが、合図だった。

 ガガン、と床をグリーブが力強く叩いた。

 短く一歩、踏み込んでさらに一歩。

 シルヴィアが電光石火の如く踏み込み鋭く剣を突き出す。

 だが、僅かに身体を開いて避けたスタイアの右手が閃きシルヴィアの心臓を掠めていた。

 その手には銀のナイフが握られている。


 「窃盗ですよ、それは」

 「僕もまあ、不粋か。ですが、ドレスに帷子を二枚も着込むのも不粋ですよ?脱がせる身としては大変なんですから」


 刃が欠けた銀のナイフを指先でなぞり、スタイアは苦笑する。

 けらけらと笑うスタイアにシルヴィアは更に斬り込んでゆく。

 喉への切り上げる斬撃から、左右からの突き込み。

 そしてフェイントを織り交ぜた切り下ろし。

 その悉くをナイフでいなし、スタイアはシルヴィアの腕を掴んだ。

 スタイアの腰が落ちたかと思えば、腕を極められると悟ったシルヴィアは宙に舞っていた。

 曲に合わせ優雅とも言える宙返りで地に降りたシルヴィアは静かに切っ先をスタイアに向けた。

 スタイアはナイフを逆手に持ち替え、身体の後ろに隠すと空いた手を伸ばして眼前にて構える。

 曲調が変わり、徐々に勢いがつく。

 スタイアの掌が翻り、手招きすると両者は爆ぜるように走った。

 翻り、切り払われた銀閃をかいくぐりスタイアのナイフが帷子を抉る。

 血の飛沫を後に引き、その飛沫の中を銀の切っ先が走りスタイアの肩を掠める。

 荘厳な曲調の中に鋼と肉が裂かれる音を混ぜ、二人は回る。

 磨き上げられた大理石の床に血がモザイクを作り、映る二人を赤く染める。

 シルヴィアが放った一突きがスタイアの喉元に突きつけられたところで曲は終わった。


 「……さて、曲も終わりましたね」


 どこか余裕をもった笑みでスタイアは応えた。


 「何も、仰らないのですね」


 シルヴィアはあがった息を整え、肩を揺らして呟いた。


 「見たことの無い剣技です。誰を師としているかはわかりませんが……相当に遣う」

 「……あなたに師事するだけではあなたに、至れない。至るには……多くの戦場を渡るしか、無いと知りました」


 緩やかに剣の切っ先を引き、シルヴィアは剣を鞘に納めた。


 「次に戦場で会った時、私は躊躇わずあなたを殺します」


 スタイアはそんなシルヴィアを鼻で笑うと冷淡な瞳で告げた。


 「どこまでも、小賢しい」


 どこか、包容をもった笑みで嘲り、スタイアはナイフを放り投げた。

 拳を握り、静かに腰を落とすと静かに息を吐いた。


 「……どうです?もう一曲、踊りますか?違う踊りを見せてあげますよ」


 静かに、曲が再開される。

 スタイアは軽快なステップでシルヴィアの懐に潜り込むと、突き込まれる剣の前で掻き消える。

 跳躍し、シルヴィアの頭上を飛び越え錐もみして背後に立つ。

 距離を取り、振り向きざまに剣を振り抜こうとしたシルヴィアの肩を掴み、引き下ろす。


 「っ!」


 前のめりに傾けられた身体を戻そうとしたシルヴィアは逆に押され、足をすくわれる。

 頭から倒れる直前にスタイアに引き上げられ、離れようとするが力強く手首を掴まれた。

 次の瞬間、一歩踏み込んだスタイアが手首を腹元で捻りシルヴィアの身体が宙に舞う。

 再び地面に叩きつけられそうになる直前で手首を持ち上げられ、足が地面を捉える。

 優雅な曲調に合わせ、二人は踊っているようにも見える。

 だが、脇腹から伸ばされたシルヴィアの剣は真っ直ぐにスタイアの心臓を狙っていた。

 スタイアは即座に回りながらシルヴィアと背を合わせ、襟首を掴み屈むと、腰でシルヴィアの腰を押し上げる。

 跳ね上がったシルヴィアの身体が宙に浮き、くるりと回る。

 その間にスタイアが優雅に距離を取り、静かに一礼する。


 「君相手には、獲物すら必要が無い」


 シルヴィアは鼻を鳴らし、嘲る。


 「殺さなければ、意味がない」

 「殺す価値すら、君にはない」


 スタイアはそう告げてポケットからハンカチを手に取ると肩から滲んだ血を拭った。

 そして、どこまでも寂しそうな目で外を眺め溜息をついた。

 それがシルヴィアの癇に触った。


 「ヨッドメントは、王室の執行力として褐色の幽霊を野放しにはしない。あなたを、殺す」


 シルヴィアはそんなスタイアに切っ先を向けるが、スタイアは悠然とその傍らを歩み去る。

 そして、すれ違いざまに呟いた。


 「はき違えたか。殺さなければならないと、殺したいは、交わらない。その違いに潰される時が、君の死ぬ時だ」


 どこまでも厳しく告げられた言葉は幾多の戦場を渡った戦士の言葉だった。

 シルヴィアは力なく剣を降ろし、振り返ることなく頭を振った。


 「私は……また、間違えたのですか」


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