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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』8

 晩餐の席に戻ったスタイアを迎えたのはダッツだった。


 「よぅ、お疲れさん」

 「あんれま、見てたんですか」


 いやらしく笑うダッツにスタイアはげんなりする。


 「やるモンじゃねえか。遊びも騎士の嗜みってか?」

 「茶化さないで下さいよ。せっかくの一張羅が破れちゃったんですから」


 僅かに血の滲んだ脇腹の破れを見せてスタイアは落胆する。


 「毒は塗ってねえのか?」

 「警告でしょう。なら、死んで貰っても困るから盛りはしませんでしょう。毒が塗ってあっても洗濯すれば落ちますし」

 「自分の身体の心配より服の心配かよ」

 「安い賄いの中で礼装揃えるの大変なんですよ?ラナさんに怒られる」


 運ばれてきたワインを煽るスタイアにダッツは愉快そうに笑う。


 「苦労ばっかかけてんじゃねえぞ?そういやラナさんはどうした」

 「その辺に居るんじゃないんですか?」

 「おめえ、しっかりとエスコートしないとダメだろうに」


 酔いが回ってきているダッツは饒舌になっている。


 「普段、苦労ばっかりさせてんだからこういう時くらいしっかりエスコートしてやれよ。さっきから他の女とばっかり踊ってるじゃねえか」

 「僕だって踊りたくて踊ってる訳じゃないんですよ!タマちゃんは妙に絡んで来るし、ちっぱいは上司命令だってのたまうし、フィルさんだってあんな中で踊らせてたら何あったもんかわかったもんじゃないし」


 愚痴るスタイアにダッツは鼻をつまんで臭そうに手を振る。


 「ンな糞みたいな理由が理由になるかよ」

 「僕のことを心配するよりですね!自分のこと心配したらどーなんです?こういう場に来ておいて踊る相手の一人も居ないようじゃ騎士としてじゃなくて男としてみっともないんですよ?」

 「なら、一緒に踊るか?」


 スタイアは本気で怪訝な瞳を向けると流石にダッツも苦笑した。


 「冗談だぞ?一応、前の戦じゃ勇者で名を馳せたんだ。踊る相手を野郎に求める程落ちぶれちゃいねーよ」

 「一瞬、冗談じゃなくて本気かと思いましたよ」


 スタイアが怪訝な瞳を向けたままダッツと距離を取ると、背中が誰かにぶつかった。


 「あ、ごめんな……」

 「おう、来たな私の嫁」


そこに居たのは豪奢な衣装を身に纏ったヨッドヴァフ・ザ・フォースその人であった。


 「女王陛下っ!」

 「どこをほっつき歩いていると思ったらがっかりフィルローラに誘われておったとはな。尻を蹴飛ばしてやった甲斐もあったものだ。あれで踊れるとは思わなかったが誰しも取り柄はあるものだな?」


 いやらしく笑うヨッドヴァフ・ザ・フォースはスタイアを見上げると手を伸ばす。

 スタイアはその意図するところを察して、途端に顔を真っ青にする。


 「え?そんな、まさか……ご冗談ですよね?」

 「抱けるというなら抱いても構わぬ。貴様の子であれば次の王に据えてやってもいい。そういった意味の冗談を言っていると思ってもおるまい?」


 女王の瞳は周辺で様子を伺っている者達へと向けられていた。

 先程のような事態に会えばどうなるかわかったものではない。


 「……恐れながら女王陛下。それは飢えた獣の前に羊を差し出すような真似かと」

 「喰らえるものなら、喰らってみろ。私は王だ。高見で震えているようでは威光もなにもあったものではない。真正面から叩き伏せる」

 「付き合わされる僕がたまったもんじゃありませんって!」


 逃げだそうとしたスタイアの服の裾をがっちり掴んだアルテッツァはにやにやと笑うと周囲に目配せした。

 侍従達が集まり、スタイアの逃走経路を塞ぐ。

 進退を塞がれたスタイアは最後の手段として隣に居たダッツに真摯な瞳を向ける。


 「ダツさん」

 「あんだよ」

 「勇者ですよね?」

 「多分、勇者だよ」

 「困ってます。パス」

 「断る」


 ダッツは泣きそうになるスタイアの肩をしっかりと掴み、真摯に同情の意を表して颯爽とその場を後にする。

 スタイアの悲哀なぞどこ吹く風か。

 ヨッドヴァフ・ザ・フォースは愉快そうにホール中央を顎で示した。


 「さぁ、いこうか?」


   ◇◆◇◆◇


 流石に、スタイアも生きた心地はしなかった。

 女王陛下の舞踏の相手をするということは栄誉なことではある。

 だが、万が一を考えればスタイアの安い首などいくらでも飛ぶのだ。

 騎士を失職するのであれば他に食べていく術はある。

 だがしかし、本当に首から上が飛ぶから始末に負えない。

 無事に終えて戻る頃には精神的にへとへとになってしまった。


 「面白くないな。何度か私の足を踏むように仕向けたのにこの男、ことごとくかわしおる」

 「冗談じゃないですよ。僕の首が飛ぶか、首を飛ばしてくれと頼むくらいの厄介事を押しつけられるに決まってるんですから、僕だって必死になりますよ」

 「いいではないか。夫婦喧嘩は長持ちの秘訣という庶民の箴言を聞いたことがある。それっくらいの粗相であれば半年の奉職で済ませてやる」

 「半年の間にニンブルドアの門を叩いてますよ絶対」


 スタイアは最早観念して、女王陛下の傍らに座ると大きな溜息をついた。


 「……流石に、陛下に手を出そうとする愚か者は居なかったようで」

 「ヨッドメントに少々、高価な部屋を用意した。自らその部屋で偏った性癖に目覚めたいと思う輩もおらぬだろうさ。最初にと決めたフィルローラに割り込んで自分で遣いたがるなら別だがな」

 「処女のくせに高度すぎて物騒なことを企んでますねえ。この国の未来が心配だ」


 辟易したスタイアは面倒くさそうにホールを眺め、アルテッツァに尋ねた。


 「さて、女王陛下。他に僕がやる用件はありますかね」

 「私の子を孕め」

 「無理です」


 冗談にも飽きたスタイアは無礼を承知で言い捨てると肩を落とす。

 アルテッツァはそんなスタイアを愉快そうに笑い飛ばすと、小さく息を吐いた。


 「児戯めいた恋愛の真似事にも飽きた。私もせいぜい勇者を労う仕事に戻る。今日は、大義であった」


 スタイアは酔った頭でその言葉の真意を考えようとする。

 だが、それが面倒で、本当に面倒くさそうな感じがしたので考えることを止めた。


 「では、これにて失礼しますね僕は」

 「ああ、そういえば……」


 思い出したようにアルテッツァが呟く。


 「シルヴィア・ラパットがお前に会いたがっていたぞ?」


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