新章閑話 『誰が為に彼は踊る』7
優雅な音楽が流れる中、シャンデリアの散らす光が磨かれた大理石の床で煌めく。
フィルローラの手を引いたスタイアはゆっくりと彼女に合わせて踊り出す。
ゆるやかに曲がった背中がどこか貧相に見える。
だが、同じ視線で踊れることがフィルローラにはどこか嬉しかった。
エスコートをしてくれる訳ではない。
だが、緩やかに合わせ、そして、失敗してもフォローをしてくれるスタイアの踊りはどこか、らしいと言えば、彼らしい。
「フフ」
だから、悪戯してみたくもなる。
曲調が変わり、フィルローラのステップが早くなる。
フィルローラのステップに合わせるスタイアがどこか驚くのが見えた。
煌めく光の中で跳ねる妖精のように踊るフィルローラに、スタイアはそれでも優雅に応えていた。
どこか困ったような顔をするスタイアがフィルローラにとっては面白かった。
ダンスは史跡国家ニヴァリスタへ巡礼している際、教養として覚えたものだが、元来は闊達であったフィルローラはこれが得意だった。
修道女が舞踏を得意とするのは不謹慎である。
だが、禁欲的であるからこそどこかで発散させなければ人間は生きていけない。
フィルローラの出自と立場で許される娯楽として舞踏があっただけだ。
普段は相手に合わせ、静かに踊るだけだが、フィルローラはどうしても全てをぶつけてみたかった。
難しいステップにも戸惑いながらついていくスタイアに、フィルローラはどこか楽しさを覚える。
ああ、そうか。
この人はこうやって私を翻弄して楽しんでいるのだ。
それは嘲りや、侮蔑ではなく、悪戯。
目上の人に対するちょっとした遊戯。
それでも包容して許してくれるだろうという甘え。
周囲の視線が集まる中、フィルローラは誰に見せることの無いステップで戸惑うスタイアを翻弄し続けて、玉の汗を散らす。
小さく溜息をついて苦笑するスタイアが、どこか可愛らしかった。
やがて激しい曲調が終わり、ゆるやかな曲調へと変わる。
フィルローラはそこでスタイアに身体を寄せ、迫ろうとした。
だが、スタイアの腕がフィルローラの腰に回り、身を強ばらせる。
その腕がどこか、力強く、そして冷たかった。
「……どうか、そのままで」
ふと見上げたスタイアの瞳は冷たく細められ、フィルローラを見つめているようで、その向こうを見つめていた。
戸惑うフィルローラをスタイアはゆるやかに、そして、力強くリードしていく。
ゆるやかな曲調の中、彼等が立っていた場所に緩やかに滑り込む組みがあった。
ともすればフィルローラの背中を掠めていたかもしれない。
どこか、嫌な感じがした。
フィルローラの踏むステップを強引にスタイアが割って、リードしていく。
ゆるやかな曲調が再び転調して、徐々に盛り上がってゆく。
スタイアがリードをしようとする中で、戸惑うフィルローラは一瞬だけスタイアと目を合わせた。
静かに頷いたスタイアに、フィルローラは頷き返す。
やがて、曲調が激しくなるにつれて、彼女らに迫る組みが増える。
大理石の床がシャンデリアの煌めきを映す中、踊る紳士の靴の裾にいびつな光を見つける。
背筋が凍る。
だが、スタイアはそっとフィルローラの腰を抱くと激しいステップで場内をくるくると回る。
いくつもの組みの中を回り抜け、二人は跳躍する。
観覧する賓客の中から、思わず感嘆の声が上がる程の流麗で躍動的な舞踏である。
スタイアが微笑してフィルローラを抱き寄せた。
背筋を伸ばした騎士のその胸に頬を寄せ、どこまでも頼もしさを覚える。
鈍い光のスカートが翻り、フィルローラの足を薙ぐ。
だが、抱き寄せられ、抱え上げられたフィルローラが優雅に舞い、静かな銀閃をつま先の下に見送る。
降りた先に、紳士が振るう踵が伸びれば二人は跳躍してその場を軽やかに離れる。
いくつもの組みが二人を取り囲み、一斉に重なろうとする。
幾重にも伸びる警告の銀閃に、二人は翻り、入れ替わり燦然と輝く光の中を舞った。
それでも追いすがる銀閃がフィルローラに届かんとした時。
激しい余韻を残して曲が止み、入れ替わったスタイアがその銀閃を背中で止めた。
誰かが静かに手を打ち鳴らした。
追って鳴り響く拍手の渦の中、スタイアは静かにフィルローラを褒めた。
「結構な、お手前で」
フィルローラは息を弾ませながら苦笑すると悪戯めいた笑みを浮かべる。
「今度は、邪魔の無い時にご一緒しましょう?」