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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』5

 気がつけば王城のホールに居たスタイアは燦然と輝くシャンデリアを見上げ、どこか夢心地のまま溜息をついた。


 「スタさん。大丈夫?」

 「んー、後頭部がガンガン痛むんだけど身に覚えが無いんですよ」

 「ふざけて飲み過ぎるからだよ?」


 冷えた果汁を運んで来たタマに言われ、果たしてそうであったか思考するが朦朧とする意識は答えを出さない。


 「いやあ、僕、そんな飲みましたっけ?」


 伺うようにスタイアはラナを見上げるが、ラナは素知らぬ顔で視線を外した。

 その様子がスタイアの不様を肯定するいつもの仕草と同じであるから、果たしてそうであったかと思ってもしまう。


 「まあ、うん。でも、まだ呑めるから、呑んでいいかなぁ?」


 といいつつ、スタイアはようやく覚醒してきた意識と欲望に任せ、近くの給仕を手招きで呼び寄せると彼女が運んでいたグラスを受け取る。

 一気に煽ると、弾けた酒精が喉の奥を焼き芳醇な香りが広がるのだが、お構いなしにスタイアは二杯、三杯と煽った。

 安いエールを飲むのと変わらない仕草に、来たくもない晩餐会に連れてこられた当てこすりをするスタイアにタマとラナは辟易した。


 「大きな子供だよ本当に……」


 恥ずかしそうに俯くタマにスタイアは酒臭い息を吐き出すと、そんなに酔っていない自分をおかしく思いながらも、いい酒は酔い方も悪くはないのかと適当に納得する。

 改めてホールを見渡すと、エントランスの踊り場にしつらえられた壇上に女王と近衛騎士のアーリッシュ・カーマイン卿が歓談をしており、階下にヨッドヴァフの富裕階級や貴族達が集まり歓談している状況だった。


 「あんまし、良くないんだけどなぁ……」

 「スタさんの気分とか聞いてない」


 呟きは本来、階上に位置する女王とアーリッシュの位置のことを言っていた。

 あからさまな上下を見せつける位置に主賓を置くのは集まった来賓との格差を意識させる。

 本来、フィルローラのように同じ目線となる位置で歓談をし交誼を深めるのが最も好まれる。

 国王という絶対的な地位を鑑みても、あくまで一段高い主賓席を設けるべきでありエントランスの上から見下ろすような会場は作るべきではない。


 「だけど、しょうがない、か」


 スタイアは階下に集まるメンツを眺め、そう断じた。

 ラナは柱の影の目立たない場所でじっとホールで踊る賓客の様子や警衛に配された者達の様子を見つめていた。

 手練れが、多い。

 そのどれもが洗練された動きでこの場にふさわしい所作を身につけている。

 それでいて、人を暗に始末するには長けている。

 普通の人間が見ても、まず、わからない。

 いや、同じ業を生業としている者でも見ただけではわからないであろう。

 誰もが暗器を仕込んでいるか、徒手での殺しに長けている。

 現にスタイアであっても彼等が同業であると見当をつけることは可能であっても何を持ち込んでいるかまでは理解できなかった。


 「……やるべき目標を覚えるのに、こういう場ほどいいものはありませんからね」


 誰しもが自らの手足を従者として潜り込ませていた。

 いつか、殺すべき相手を覚えさせるためだ。

 かつて、そう仕込まれたように一人一人の顔を覚えている自分が嫌でスタイアは顔を歪める。


 「ねえ、スタさん!」


 不満そうにスタイアの袖を引っ張るタマにスタイアは酔いの回った顔で微笑む。


 「まあ、せっかくの機会だしタマちゃんも、楽しんでくるといいですよ」


 不機嫌に顔を歪めるタマにスタイアは優しく撫でようとするが、珍しくタマはぷいと顔を逸らし手を払った。


 「あらら、拗ねちゃった」


 どこか面白そうに笑うスタイアにタマは余計に不機嫌になる。

 そんな様子を遠くで眺めていた老爺が居た。


 「あら、クロウフル大師星じゃないですか」

 「おお、スタイアか。来ておったのか」


 クロウフル・フルフルフー大師星である。


 「女王陛下がどうしてもと仰っておったがお前の事だから来ぬと思ったのだが、珍しいこともあるものだな。儂もこういった催しは嫌うのだが、儂の立場では好き嫌いは言えぬわ」


 饒舌に喋る大師星は僅かに酔っていた。


 「ほぅ、タマも来ておったのか」

 「はい、先生」

 「不機嫌だのう?知らぬ事を前にしたお主はいつもその大きな瞳をふくろうのように目一杯開いているものだが、今日に限って鷹のような目をしておるわ。おおかた、スタイアのバカたれにからかわれているのだろう」


 愉快そうに笑う老爺に図星を突かれたタマは思わずたじろぐ。


 「そ、そんなことないです!」

 「なに、別に隠す必要はあるまい。拗ねて隠したところで時間は流れる。楽しい時間というのは存外、過ぎるのが早くて気がつけば儂のように齢を重ねてしまう。なれば、素直に楽しんでおいた方が幾分マシではあろうさ。儂がそのことに気がつくのには五十年かかったがの」


 そういってしわくちゃの手でタマの頭を優しく撫でる老爺の目はタマに質問をするときの瞳と一緒であった。


 「えと、どういうことですか?」

 「自分が、何をしたいか。それを行うには、どうすればいいのか。上手くいかないのであれば、何が足りないのか。その上で、どうすればいいのかじゃよ」


 タマは一生懸命考える。

 そうしてスタイアに向き合うと、恥ずかしそうに告げた。


 「あのね、スタさん」

 「んあ?」

 「一緒に、踊って欲しい」


 呆気にとられるスタイアだが次の瞬間、爆笑してしまう。


 「踊る?僕とタマちゃんが?」

 「私はスタさんと一緒に踊りたくて、来たの!」


 顔を真っ赤にして叫ぶように伝えるが、スタイアはけらけらと笑うばかりだ。


 「あっはっは!大丈夫ですよ。ほら、侯爵家のご子息だって一杯いるわけだから踊る相手には困らないですよ?タマノコシって奴ですよ」

 「私だけ残されても困るモン!」 


クロウフルは思わず笑ってしまう。


 「玉の輿、と言ってもわからんわな!タマの腰、いや、タマ残しか!傑作じゃな!」


 タマは笑い合う男達を見て、ふて腐れて顔を逸らす。


 「いいもん……はぁ…………やっぱり、私みたいなのがこんなところに来ちゃいけなかったんだ」


 クロウフルはそこでようやくタマの出自について思い出す。

 本来であれば、このような場に赴くことなど一度もなく生涯を終える。

 また、今後も来れることがあるはずがない。

 ならばこそと夢を見るのも当たり前なのかと。


 「ふむ。夜道に迷うていても朝は来てしまうか」


 そう思うと不憫になり、いつもであれば答えを教えるなど決してしないのだがあまりにもタマが不憫で教えることにした。


 「タマよ。タマにとってのスタイアへの頼み方であれば、そのように振る舞っても問題はあるまい。だが、このような場なのだ。このような場において一人の淑女が一人の紳士を誘うとなれば、その誘い方というものもあるのだ」

 「え?」


 タマは知性的で厳粛な師がそのような事を言ったことに戸惑う。


 「私だってずっと枯れたジジイであったワケではないぞ?このような場で、一人の女性も誘えないというのは、知性が無いのと一緒とみなされるからな」

 「そ、そうなの?」

 「そりゃあ、そうじゃ。相手の興味をいかにして引くか。そして、相手が気持ちよく踊れるようにいかに言葉を選ぶか。知性は品性をもって教養となるからの?」


 クロウフルが視線をホールに向けると、タマも習って視線を向けた。 

 その先で貴族の令嬢が静かに一礼し、優雅な所作で男性を誘っているのを見つける。

 タマはじっとその様子を観察し、得心するとクロウフルを見上げた。


 「うむ」


 タマはスタイアに向き直り、一度、姿勢を正すと、落ち着き払った様子でスカートの裾を挙げ静かに一礼した。


 「スタイア・イグイット様、私の手を引いてはくれませんでしょうか?」


 いつもの元気なタマがしおらしくそう言うものだから、スタイアは怪訝な顔をする。


 「はぁ?どうしたんですか一体?」

 「紳士であるスタイア様がまさか、淑女を笑われるとは思いませんが、このような場を知らない私は笑われてしまいます。どうか、このような場の所作を教えてください」


 見よう見まね、ではあるが、着飾ったタマが行えば令嬢のそれと変わらない。

 クロウフルは今度はスタイアを見て笑い、告げた。


 「お前さんの負けじゃな?」

 「……師匠が踊ってあげればいいじゃないですか」

 「淑女は頼れる騎士をお望みである」


 スタイアは大きく溜息をつくと、仕方が無くタマの手を引いて踊ることにした。


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