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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』4


 アーリッシュ・カーマインは荘厳なホールに立ち、妙な感慨を受けていた。

 近衛騎士に抜擢されたのは理解も、そして、覚悟もしていた。

 だが、ヨッドヴァフ・ザ・サードを打ち倒したこの場で、このような催しを行うこと自体に釈然とできない何かを感じていた。

 それは彼の隣――正確には彼を隣に置いている――に立つヨッドヴァフ・ザ・フォースも同じ感慨である。

 だが、彼女は既にこの国の王として果たさなければいけない義務を知り、その覚悟を済ませていた。

 全てを押し殺し、その上で歓喜の色で塗らなければならないと思えば、アーリッシュは自信を無くした。


 「……栄光に差す影、ですか」


 修繕を終え、優雅な音楽に合わせ踊る貴族達を眺め、零した。


 「この程度で何を。貴様の栄光はまだ激しく、強い。我などでは及びもつかぬくらいにはな」


 その独白に王たる少女が叱責した。

 アーリッシュは頭を振り、弱気になっている自分を殺すと厳粛な面持ちで再びホールに目を渡した。

 アーリッシュ卿に並び、今度の騒乱において大いに貢献のあったフィルローラ大司祭の元には既に人だかりができていた。

 恐縮し、それを決して人に見せまいと振る舞うフィルローラと一瞬、目が合い、互いに苦笑を漏らす。

 昇れば、昇った苦労がある。

 覚悟していたこととはいえ、辛い。

 だが、それはやがて慣れる辛さだと思えば、大きな溜息を零すことで誤魔化した。


 「アーリッシュ様、こちらを」


 傍らにいつの間にか現れた侍従がアーリッシュに封印された書簡を差し出す。

 どこかに感情を欠落させてきたような無表情な女はリバティベルの女将に雰囲気が似ているとアーリッシュは思った。


 「これは?」

 「……ユーファンのレイセン侯爵からの書簡です。皆様の視線の前で、読むことなく納めて下さい」


 アーリッシュは言われるがままに書簡を懐へと納めた。


 「内容につきましては概ね、親睦を深める意の文面でしょう。今後、絡め手を含め近接する恐れがあります。くれぐれも」


 皆の前で読まずに納めるとはそういった意を広める意味合いもあるのだろうと理解する。


 「わかった。君が居てくれて助かるよ。ヴィッテ」


 ヴィッテと呼ばれた侍従は小さく頭を垂れるとまた、晩餐会の給仕に溶け込んだ。

 ヨッドヴァフ・ザ・フォースはその様子を苦笑すると杯を掲げ、アーリッシュに乾杯を求めた。

 求められるままに杯を重ねるアーリッシュに幼少の女王は皮肉を投げかける。


 「まるで道化だな?」

 「……道化くらいならば、こなしてみせます」


 そう言って乾いた喉を潤したアーリッシュは強い酒気に思わず目を細め、ヴィッテの後ろ姿を追った。

 その視線を見たヨッドヴァフ・ザ・フォースは面白そうに告げる。


 「アルヴィーテ・レハラム。優秀なヨッドメントだ。幼少の頃からフィダーイーにてその技術を覚えたあれはなかなかに遣うぞ?」

 「遣いはするでしょうが……いささか細いですね」


 アーリッシュはそう評した。

 視線の先ではヴィッテが来賓に飲み物を手渡し、恭しく頭を下げているところであった。

 その所作は国王専属侍従として何一つ不足の無い完璧な所作であった。

 ヨッドヴァフ・ザ・フォースは面白くなさそうに呟く。


 「自分を棚に挙げて辛辣に評するではないか」

 「戦場に立つ者としての評価であれば構いはしないでしょう。あれは死を受け止める下劣さが無い」


 押し込んだ蒸留酒の熱さに気だるい溜息をついてアーリッシュは吐き出した。

 ヨッドヴァフ・ザ・フォースはひとしきり思案すると得心したように頷いた。


 「……しばらくは貴様の下にて我やヨッドメントとの調整を行わせる。不備があれば思うように致せ」

 「僕としては……気心が知れた方がいいのですが」


 そう呟いたアーリッシュは優雅なホールの中に視線を巡らし、友人を捜す。

 その姿はこういった品性のある場にはいささか場違いなようにも映るから探しやすいが、苦笑しか零れない。


 「親を越える器が私には未だ無い。諦めろ。奴はヨッドヴァフの最後の良心だ」


 同じく苦笑を零した幼き王は不甲斐なさを喉の奥に流し込んだ。



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