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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』3

 普段、正装をしない人間に正装をさせてもどこか、ぎこちない。


 「スタさん、背筋伸ばした方がいいよ?」


 礼装に身を固めたスタイアはどこかみすぼらしく見える。

 曲がった背中といい、垂れ下がった肩といい着ている礼装が可哀想になるくらいのみすぼらしさである。


 「今さら伸びる訳がないでしょうに」


 辟易するスタイアだが、一緒についていかねばならない方が恥ずかしいというものだ。

 普段の給仕服から、可愛らしいドレスに着替えたタマは元の出自を疑ってしまうくらいに可愛らしい。

 隣で手を引くラナに至っては元の美貌も相まって、どこぞの王族と見紛う程である。

 だが、それを引率するスタイアは着ている物が良いだけに普段の貧相な姿勢が際だって見えてしまう。

 大きく溜息をつくラナにスタイアは珍しく嫌そうな顔をした。


 「だいたい誘われたのは君達なんですから君たちだけで行ってくればいいじゃないですか。僕はお留守番してますよ」

 「だめー!行くのー!」


 椅子に座り込み、ダダをこねるスタイアの服の裾を引っ張りタマが引きずろうとする。

 裾にしまったシャツがはみ出し、さらにだらしなさに拍車をかけるがいじけたスタイアは顔を背けてしまっている。

 タマが一生懸命引っ張ったところで、スタイアはもう頑なに動こうとしない。


 「皆さんで楽しんでくればいいですよ。僕はお店の方をやってますから」


 微塵もふてくされを感じさせない和やかな笑みに、ラナもタマも大きな溜息をつく。


 「大きな子供みたいだよ?スタさん」

 「男という生き物はいつまで経っても子供なんです。覚えておくといい」


 タマの毒にもっともらしい屁理屈で返すスタイアに、とうとうタマもお手上げといった様子でラナを見上げた。


 「どうれ、ちっくらおじさんがいい服を見繕ってやろうじゃまいか」


 嬉々として現れたのはシャモンだった。


 「いつの間に?」

 「あに言ってやがんだ兄弟。弟分の晴れ舞台に着ていく服がねえんじゃあ格好悪いじゃねえか。おじさんがいい服持ってきてやったから安心するがいいさ」


 にやにやと笑うシャモンは既に酔っぱらっていた。


 「まず、これなんかどうだ?王室侍従専用作務衣。はい、どーん!」


 椅子に座るスタイアの傍らで手品のような早業で服を着替えさせる。


 「ユーファニズムを継承した独特のひらひらが醸し出す可憐さの中に、こう、脇にあるスリットから見えるきゅっと引き締まったラインがたまらなく扇情的に見える一品だ」


 落ち着きのあるラインの中にフリルが清楚さを演出し、それが相まって女らしさを見せるスリットが蠱惑的ではある。


 「胸の谷間もしっかり見える。これはそそりますねえ……って、僕が着ててもしょうがないでしょうに」


 もじもじするスタイアにシャモンは下卑た笑みを浮かべる。


 「ならこいつはどうだ?」


 シャモンの目にも止まらぬ早業は瞬きをするより早くスタイアの衣装を変える。


 「ニヴァリスタ正教の治療師正装。向こうじゃナースとか呼ばれるらしいぞ?」

 「純白の清楚さの中に、丈の短いスカートから覗くタイツがなんともいやらしい。男のぶっといスネ毛の生えた足でなければ」


 最早、あきらめの境地に達したスタイアは小さな溜息をつくと自分もエールを煽った。


 「うし、僕もバカやるどー。シャモさん、次かもーん!」

 「おけーい!」

 「これから一緒に晩餐会行くんでしょうに!」


 空になったグラスにエールを注ごうとしていたスタイアの手からグラスを奪うとタマはスタイアを蹴飛ばす。


 「せっかく流れに任せて有耶無耶にしようとしたのに!」

 「一緒に行ーくーのー!」


 スタイアの看護服を引っぺがそうとするタマにスタイアは首を傾げる。


 「別に僕が一緒に行かなくてもラナさんは女王陛下の友人として、君も同じく友人として招待されているんだし、向こうじゃクロウフル師匠が面倒を見てくれるわけだから僕がわざわざ一緒に行かなくてもいいじゃないですか」

 「そーじゃないの!私も、ラナさんも目一杯おめかししてるんだよ!スタさんに見て貰わないと意味が無いモン!」


 スタイアは酒臭いゲップを吐き出しながら、怪訝な瞳を向ける。


 「僕はどっちかっていうと、綺麗な服を着ているのを見るより、脱がす方が好きなんですよ!」

 「そういう大人のレディのたしなみを教えて欲しいんだけどなー?」

 「あと十年もしたら、頼まれなくてもやってくれる男の人が現れますよ……って何で何度も何度も蹴飛ばしてくるんですかっ!」


 タマは顔を真っ赤にしながら苛立ち、ばこばことスタイアの腰を蹴飛ばす。


 「スタさんのばーかっ!」


 そんな様子を見てケタケタと笑うシャモンだが、次の瞬間、その笑みが凍り付いた。

 スタイアの後頭部をもの凄い早さでグラスが抉ったのだ。

 あまりの早さにシャモンですら捉えられず、目を疑った。

 そのグラスの行き着いた先を見れば、ラナの細い手が握っていた。

 目を回して倒れこむスタイアを脇から抱え、無表情で小さく息を吐くラナは何事も無かったようにグラスをカウンターに置くとスタイアを抱えて店の奥に引きずり込む。


 「え?え?なに?今、なにがあったの?」


 きょとんとするタマが我に返ったのは、再び正装して現れたスタイアがラナに背負われて出てきた時だ。


 「行きましょう」


 淡々と告げるのだが、スタイアの腕にはガッチリと手錠が掛けられ、ラナの細い腕と繋がっている。


 「ああ…ん…ん」


 シャモンはどこか哀れな子羊を見るような目つきでスタイアを一瞥すると咳払いをして告げた。


 「おじさん、いい子にお留守番してるから楽しんでくるといいさ」

 「くれぐれも、お願い致します」


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