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新章閑話 『誰が為に彼は踊る』2

 「遅いぞスタイア!」


 そう罵倒したのはダグザである。

 纏めるべき書類に筆を走らせるスタイアの頭を小突き、槍を肩に担ぐタグザに辟易しながらスタイアは大きな溜息をついた。


 「なんでちっぱいが僕の上司になってるんですか……」


 その様を遠くで眺めていた第七騎士団長はいやらしく笑う。


 「サボりすぎなんだよ。これっくらいが丁度いいだろうに」


 ダッツ・ストレイルである。

 タグザは小さな胸を精一杯反らし得意げに語る。


 「武勲を立てたアーリッシュ卿はなるべくして近衛騎士になられた。空席となった第七騎士団の団長にはバルツホルドの三騎士であり、かつ、アーリッシュ卿の右腕であるダッツ・ストレイル騎士団長、他の役職にはあの戦いで戦功を上げた者が順次、座ることになるのは当然だ。おや?スタイア、君はあの戦いの際に姿が見えなかったようだが?」

 「単なる繰り上がり人事だ。スタイアの馬鹿は名簿から漏れただけなんだがな」


 スタイアは頭を抱えながら書類を作りながら大きな溜息をつく。


 「別に階級上げようとは思ってはいないからいいんですけど……もう少しまともな人事は無かったんですかね?」

 「新しい騎士長は不服かな?別に貴様をクビにしても構わんのだぞ?」

 タグザは得意げにスタイアを小突き回す。

 「やれやれ、字なんか覚えるんじゃなかった。巡回に回ってどこかで適当にサボり決め込もうとしてたのに」

 「仕方があるまいだろうに!字を書けるのが貴様くらいしかいないからこうして重用してやっているんだ!ありがたく思え!……あ、こら貴様!丁寧に書け!丁寧に!何だこの汚い字は!書き直し!」


 タグザにいいようにいびられるスタイアはどんどんとやる気を無くしとうとう机に突っ伏す。


 「……やれやれ、シルちゃんあたりが上に来てまだ楽ができると思ったのに」

 「シルヴィアは正堂騎士特務隊に配属された。お前を甘やかす者はもうこの騎士団には居ない!これからは荷車犬のように使い潰してやる」


 私怨を混ぜたタグザの言いぐさにスタイアは頭痛を覚える。

 だが、ダッツは手厳しく、得意げに笑うタグザの頭を小突く。


 「タグザ。先に命じた練成計画の提出はどうした。さっさとやれ」

 「で、ですがその期日は明後日では?」

 「その明後日までに輜重報告と巡回編成を任せるンだ。お前は一体、ここで仕事の何を見ていたんだ。言われる前にやれ」


 ダッツに厳しく言われるタグザをけたけた笑うスタイアにタグザは憤怒に顔を歪める。


 「聞いてンのか!」

 「は、はいっ!」


 ダッツが声を張り上げるとタグザはすっ飛んで行く。

 ようやく誰も居なくなった執務室に残されたダッツは大きく溜息をついた。


 「……性分には合いそうにないですねえ」

 「俺もおめーさんと同じで楽がしてえ。だが、空いちまった席には誰かが座らにゃなるめえよ」


 ダッツは大きく溜息をつくとスタイアが作成している書類をつまみ上げる。


 「どうにも俺にゃ、こいつが苦手でな。慣れるのは相当しんどいんだ」

 「向き不向きはありますからね」

 「その点、アーリィは上手だったよな。お前もなんだかんだいいながら手際はいい」

 「結構いい加減だからちゃんとチェックして下さいよぉ?僕だって、こんなことやりたくないんですから」

 「頼りにさせて貰ってるよ」


 ダッツはできあがった書類に目を通し、署名をしていくとつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 スタイアはそんなダッツを見て苦笑すると、小さく溜息をついた。


 「……それより、王城の中の情勢はどうなんですかね」

 「アーリッシュにしろフィルローラ司祭にしろ、いささか役不足だ。女王陛下としては新しく何者にも染まってない自分の忠実な部下を作って周りを固めたいところなンだろうけど、元老院の狸どもの方が口の方は達者さ。騎士団も近く、再編成という名の権力の削り込みがはじまる。戦で得た民の信頼が騎士に集まるのはあいつらにとっちゃよろしくねえんだろうさ」


 ダッツは署名し終わった書類をスタイアに突き返すと大きく溜息をついた。


 「騎士が発言権を持てば、戦になりますからね。それもやむなしですよ。しかし、口の方は達者でも、あの姫様の気性です。そうは簡単に従いはしないでしょうね」

 「わかるじゃないか。ヨッドメントの噂は耳にしているな?」

 「ええ」


 二人は一瞬、探り合うように互いを見る。


 「……俺が知っているのは女王陛下直属の執行部隊だという噂だ。てっきりお前さんに声がかかったんじゃないかと思っていたンだが」

 「ありましたよ。ですが、僕はこのとおりですからね。お断りしました」

 「……相当に遣うのか?」

 「噂程じゃあないですよ。ヨッドメントの構成員の多くは優秀なハンターを中核とした冒険者です。僕らが知っている程度のことは、当然、元老院も耳にしていますでしょうし、警戒はしているでしょう。それより、僕はダッツさんがどこからその噂を聞いたのか、そちらの方が心配ですね」


 ダッツは肩をすくめて苦笑する。


 「知ってるくせに鎌かけてんじゃねえよ。ヴァフレジアン。聞いたことくらいあるだろう?」

 「……奴隷解放に伴い富裕層にのし上がった商業組織ですね。豊富な経済力を前面に押し出してこそいるものの、既に市場を制圧していた商会達を押しのけて成り上がったんです。それ相応のモノは揃えて居るんでしょう?」

 「ああ。手練れのアサシンがごろごろ居るさ」


 スタイアは大きく溜息をつく。

 ダッツはスタイアの様子を眺め、ひとしきり思案すると質問をぶつけた。


 「俺は正直、これらの暴力ってのはあんまし警戒していない。一番の問題はお前さんが良く知る連中だと思ってる」

 「……フィダーイー、ですか?」

 「実質、ヨッドヴァフで一番の勢力を持つアサシンはフィダーイーだろうさ。質が違う。だが、俺はそんなことが気になるんじゃない。ささいな引っかかりだ。だが、その違和感ってのは確実に戦場じゃ命に関わる」


 スタイアは苦笑してみせるとダッツに向き合った。


 「……いい読みです。魔王ヨッドヴァフが斃されたことによって、フィダーイーは今までその秘密を守るという目的を無くしました。そうなれば、彼等は人間と対等に渡り合うようになるでしょう」

 「要するに、ガチで殺し合いをしてくるってか」

 「元老院、王室、ヴァフレジアン、そして、魔物。それだけなら国の中で斬った張ったしてればいいんですが忘れちゃいけないのはヨッドヴァフ三世は希代の軍人で外交家でもあったということですよ」


 ダッツは頭をぼりぼりと掻いて溜息をつく。


 「……外国か」

 「北はユーファン帝国、史跡国家ニヴァリスタ。南はニ・ヨルグ。オーロード領主セステナス・ミルドも正統ヨッドヴァフを謳って翻意することも考えられます。ヨッドヴァフは史跡を含め、資源は豊富にありますからね。属国にしたいと思う国は少なくは無いでしょうさ」


 スタイアはそこまで語ると、全ての書類を書き上げてダッツに渡した。


 「しかし、心配性なんですねダツさんも」

 「あん?」

 「アッちゃんは覚悟を決めていますよ。だから、大丈夫です」


 スタイアは席を立つと、背中を丸めてダッツに背を向ける。


 「友達思いも、度がすぎれば男色だって思われますよ?」


 けたけた笑うスタイアに本音を見透かされ、ダッツは憮然とする。


 「お前は死ね」 


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