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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 14

 押し寄せる魔物の大群を黒の戦車が押し戻す。

 青白い翼を広げたブラキオンレイドスが戦車の後に続き、血路を開く。

 ヨッドヴァフの勇者達が槍を掲げて続いた。

黒き鎧に身を包んだ紫紺の姫は圧倒的な暴力を、それを上回る圧倒的な暴力で押し戻す。

 戦場に降りた戦女神はどこか、哀しげであった。

 黄金の空に奔る戦車の先頭で斧を振るう彼女は赤い瞳に涙を浮かべ、戦場の先頭に立つ。

 押し戻す魔物の波を彼女は切り払い、突き進む。

 遅れじと従う人の勇者が槍を突き立て、青の血を大地に散らす。

 だが、進む魔物もまた、押し戻し人の赤き血を大地に蒔いた。

 多くの赤と青の血が大地に流れる。

 混ざり合い、紫紺の血となり吸われて消える。

 それが、たまらなく悲しかった。

 死して倒れる者に、愛すべき人は居たのだろうか?

 居るはずである。なればこそ、彼は勇壮に死していける。

 引き倒された魔物は、新たなる生を渇望していたのではないか。

 あるはずである。なればこそ、其は生をかけて新たな地に踏み出し、斃れた。

 使命感に震えることができれば、楽なのだろう。

 死の現実から目を逸らすことができれば、楽なのだろう。

 だが、自分は真正面から多くの死を受け止めようと、決めたのだ。

 かつての戦役で、彼がしたように、多くの死で自らの心を塗りつぶし、得なければならない。

 自ら決めたことなのだ。

 ――自らの答えが、果たして本当に正しいのか。

 だからこそ、受け止める。

 この場に集う全ての愛が潰えるのを、見届ける。

 多くの人が魔物の牙に倒れ、また、多くの魔物が人の前に悲哀の咆哮を上げる。

 胸が、張り裂ける。

 いつまでも続く殺戮の連鎖の中に、無情に散る気持ちを思えば。


 「スタイア……」


 紫紺の姫が零した震えた声を、ダッツ・ストレイルは偶然にも聞いていた。

 その意図するところは、理解できない。

 だが、涙を流すその女の顔は悲哀に暮れていた。

 やはり、と、思う。

 彼は決して強くはない。だが、友である。

 痛みを共有し、力の限り、彼を助けようと想う、友であった。

 ダッツは犬を戦車の前に走らせ、血路を切り開く。


 「下がれよっ!」


 振り返ること無く、告げる。

 その意図が理解できないラナは呆然としたのち、首を左右に振る。


 「この戦は私が決めたこと。なれば、私が受け止めねばなりません」


 戦場の喧噪の中、張り裂けんばかりの声でダッツは笑った。


 「ひでえ男だよッ!あいつはッ!」


 噛み合わない会話。だが、ダッツは確信を持っていた。


 「今度、言ってやれッ!甘えるのも、いい加減にしろってなッ!」


 この場で話すべき、内容ではない。

 百年に渡る過去の清算をするこの場において、それがいかほどのものか。

 知らずにいるのであろう、だが、感じてはいるのだろう。


 「ラナさんが居ないと身の回りのことなんざ何もできねえくせに、戦場にまで引っ張ってくんなってよッ!いい女になにさせてやがんだかッ!」


 だが、しかし、それでも。


 「斬った張ったするのは男で十分ッ!」


 ここまで小さく在り続けられるのもまた人の強さ。


 「はいッ!」


 笑って、しまった。

 ラナは綻ぶ口元をなぞり、歓喜を覚える。

 彼女には理解、できなかったことがあった。

 幾多の戦場で、多くの命を奪い、それを真正面から受け止め続けていた人間の悲哀だ。

 その重みは矮小な人の身に背負うには重く、いかな理由をもってしても支えきれはしない。

 だが、人は時にその重みを壮大にはき違える。


 「……彼は、困った顔をしますね」


 想像すると、嬉しかった。

 これが人の力なのだと、理解した。

 人が思いを馳せることができるのは、痛みのみではない。

 悲哀を皮肉とし、歓喜にも変えることができることができる。

 ラザラナット・ニザは悠久の時を経て、今、答えを得た。

 フィッダを捨て、イーに寄り添い人としてもあれず。

 そんなどこにも身の置き場も無い自分が、得た物は何だったのだろう。

 円環の理に縛られ、どこまでも繰り返す死と生の連鎖の中に自由を求め、人を求め。

 その小ささに辟易し、飽きを覚えた。

 だが、人は繋ぐ。

 次に、そして、横に。

 進むべきが先にしか無いのであるというのであれば。

 我々は、共に歩んでゆける。


 「鐘をッ!」


 愛そう。

 全てを、愛そう。

 幾度潰えてもかまいはしない。

 我々は覚えなければ、ならない。

 そして、伝えなければならない。

 ――黄金の空に、それは鳴り響く。

 ――悠久の時を越えて、鳴り響く。

 彼が繋ぎ、自分が想い、そして、全ての生きとし生きる者へ警鐘を鳴らす。


 「ラグラディンゴ……ディンゴン…ディンゴン!」


鐘の音が鳴り響いた。


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