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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 11

 スタイアは眼前に広がる魔物の群れを睥睨し、曲がっていた背中を大きく伸ばした。

 黒い戦車の上、褐色のローブが雨風にたなびき、フードからかいま見えた銀色のウィングヘルムが不気味に輝く。

 黒い雨が額を滴り、鼻の頭で二つに割れる。

 吊り上げられた唇の端を伝い、顎の先から落ち、戦車の御者の傍らに落ちる。

 戦車の手綱を引いていたのは黒い鎧の騎士だった。

 黄金に明滅する意匠をこらした鈍い闇の色をたたえた板を何枚も重ねた漆黒の鎧。

 褐色の幽霊は悪魔を従え、この戦場にやってきた。

 叫ぶアーリッシュを見下ろしスタイアは獰猛な笑みを浮かべた。


 「大地は叫び、空は泣く。古の約定は解かれ、人は怠惰な生への報復を受ける。空の叫びに焼かれ、開かれたニンブルドアンの死の風が席捲する。人は悲しみに暮れ、勇者はその血肉を大地へ返す」


 褐色の幽霊は長大な剣を背中から引き抜き、頭上に掲げた。

 それは誰しもにも理解できた。

 新しく、打ち直されてはいる。

 だが、ヨッドヴァフの騎士なら、いや、ヨッドヴァフの民なら誰しもが栄光の象徴として語り聞かせられていた一振り。


 「悲嘆に暮れる人々の想いを纏め上げ、英雄よ――剣を取れ。我が友が征くべき栄光の道を切り開く隣に栄光の剣、グロウクラッセを贈ろう。だが、覚えておくがいい我が友よ。輝ける栄光はその熱で身を焦がし、強く激しい影を作る。意思を手放すな。それは人が人であり続ける最後の拠り所」


 スタイアの手から放たれたグロウクラッセが宙を舞い、くるくると回る。

 暗雲のたちこめる空に、一条の光が煌めき、それは大地に突き刺さる。

 アーリッシュ・カーマインの前に突き立ったグロウクラッセは荘厳で優美な佇まいの中、この暴力が支配する戦場で確かなる意思をもって存在していた。

 アーリッシュは躊躇うことなく、グロウクラッセを引き抜いた。

 燦然と輝く刀身に視線を走らせ、静かな、それでいて確かな意思を受け取る。

 そして、アーリッシュは尋ねた。


 「スタイアッ!これは貴様が振るうべき剣ではないのかっ!」


 褐色の幽霊は頭を振った。


 「……それは栄光と共にある剣。暴力と共にあるべき象徴ではない。だからこそ、走れ、友よ」


 スタイアはそう告げて自らの剣を引き抜いた。

 肉厚の長剣。

 幾多の血を吸ったその剣は黒い雨を滴らせながらも曇り無く輝き、王城を指し示す。


 「英雄よ。討ち取れ。魔王ヨッドヴァフ・ザ・サードを。国を救うのは騎士たる君の英雄に求められた勤めだ。そして、人のため、人により、人を殺すのが、僕が僕に選んだ生き様だ」


 アーリッシュは胸に去来する様々な懊悩を押し殺し、頷いた。


 「友よ、感謝する!」


 アーリッシュはグロウクラッセを携え、走り出した。

 王城へと一直線に。

 黒い戦車の傍らを通り過ぎる際、視線だけが交錯する。

 真摯に前のみを見続けるアーリッシュに、どこかいたずらめいた、でも、どこまでも哀しげな視線が一瞬だけ交わる。

 だが、それはほんの束の間だった。

 スタイアは細く、長い息を吐くとしっかりと前を見据える。

 そうして、御者の肩に手を置くと囁いた。


 「……あなたに、酷いことをさせます」


 漆黒の騎士は禍々しいヘルムを外し、その相貌を露わにする。

 銀色の髪、深紅の瞳、白磁の肌。

 禍々しい漆黒の鎧の中に似つかわしくない美女。


 「ニザリオン――ラザラナットは人の隣人としてセトメントを果たします」


 見上げた双眸がどこまでも優しく微笑み、スタイアは胸を痛める。


 「だから、あなたはあなたの勤めを果たして下さいまし」

 「ラナさん……」

 「……歪んでいたとしても……幸せにして下さい。それが、私とあなたのセトメント」


 ラナはその双眸を厳しく引き締めると眼前の魔物達に向けた。

 そうして、鈴のような声をあらん限りに張り上げて叫んだ。


 「聞けッ!ヨッドヴァフの勇者よ!我はフィッダの姫、ラザラナット・ニザッ!古き盟約は違えられ、王はその代償として魔王となり、魔王は汝らの力を試す。真に隣人たる資格を得た物か!力を示せ!」


 りん、と鈴の音が鳴った。

 その場に居た誰もが、その鐘の音を聞いていた。


 「忘れるな!強者の隣に立つには自らもまた、強者であらねばならない!弱者は淘汰されるものと知れッ!」


 漆黒の鎧を纏ったラナが戦車の手綱をしならせる。

 黒い蒸気が噴き上がり、蒼き炎と変わりそれが六足の馬となる。

 ブレイズメアリアと呼ばれる太古の魔物。

 ニザリオンの王達にのみ遣え、夜の数だけ命を奪う伝説の魔物。

 ブレイズメアリアに曳かれた戦車が黒い炎を纏い、静かに車輪を回した。

 軋む音が怨嗟の声となって空に響き渡る。

 ダッツはその様を見て、これが魔物であると恐怖した。

 だが、その恐怖を前に竦むことはなかった。

 なぜならば自分は騎士である。

 栄光と、名誉が共にある、人の肯定した暴力であったからだ。

 自らも暴力となるため、鍛え抜かれた鉄の槍を再び手にして立ち上がる。

 黒の戦車が戦場を席捲する一つの嵐となる。

 ブラキオンレイドスの先を走り、黒い稲光が魔物達を激しく打ち据えた。

 禍々しいまでに美しいラナの腕が振るわれる。

 大地が裂け、炎がわき上がり魔物達をニンブルドアンの底へと送り返す。

 黒き炎が骨の車輪を回し、魔物を挽き潰す。

 怨嗟と鐘の音が響き、今、暴力が支配する戦場に、良き隣人が並んだ。

 人の作った鋼の巨人が星の槍を振り、隣人を助ける。

 褐色の幽霊は勇者に栄光を約束し、暴力の戦車を解き放った。

 鐘の音が響き渡り、人々はその威光を覚える。

 ニザリオンの紫紺の姫は鐘の音を鳴らし、警告を与えた。

 人々は大地にもう一度、力強く、足を叩きつけた。

 鉄を手に、新たな地平を作るために再び、立ち上がり空を覆い尽くす絶望に立ち向かうことを、決めた。


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