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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 10

 戦場に立ったことのある者ならば誰しもが理解する理がある。

 暴れ回る力がぶつかり合うと、そこに人の尊厳や生きる意思、鍛え研鑽した技術などが無意味なままに潰されていく。

 それは戦場に立つ者の誰にも等しいようで無作為に振り分けられる。

 それとは、暴れ回る力という意で伝えられる。

 即ち、暴力だ。


 「ぎ……ぁぁあああああっ!」


 肩口から引きちぎられた兵が悲痛な叫びを上げてうち捨てられる。

 たった今まで勇壮に槍を振るっていた勇者がただの肉塊に成り果て、魔物の足に踏みつけられ、土煙の中に弾み、転がる。


 「助け……ああっ!わぁああああっ――ぐ――じゅむ!」


 助けを呼ぶ声も悲鳴に塗り替えられ若い騎士の頭蓋がぐしゃりと歪む。

 頭部を守る鉄の兜が飴のように曲がり、砕けた頭蓋の破片を顎からぶら下げたまま、どばどばと血を吐き出し倒れる。


 「ひぎぃぃああああああ―――」


 燃えさかる火炎に呑まれ、悲鳴ごと燃やされた騎士はどろどろと溶けた鎧と、皮膚を引きずり、足が炭化して支えにならなくなって地面に倒れる。

 彼等はまだ人のまま死ねたから良かった方だろう。


 「ひっ、ひぃあ……足がぁ!足……がぁぁああっ!」


 霧を吸い込み、徐々に足の感覚を失い、石となっていく自分の体に恐怖と苦痛を覚え、心臓までその石化が達した時、その騎士は白目を剥いて絶命し、うなだれる。

 やがてうなだれた頭の毛先までが石となると魔物に挽きつぶされ粉々に砕ける。

 誰しもに等しく死の腕が伸ばされる。

 ダッツはじわりじわりと自らを捕らえようとする死の腕が近づいていることを感じていた。

 突出していた訳ではない。

 目を横につけろと言われるくらい、騎士達は陣形に気を配る。

 なぜなら突出した者は前だけではなく、右と左からも殴ることができるからだ。

 だが、ダッツが孤立したと理解したときには既に遅かった。

 魔物の軍勢の押し寄せる勢いの方が圧倒的に早く、死んでいく横の騎士達が多かっただけの話である。

 畳みかけるように襲いかかる魔物の群れの中でダッツの槍がめまぐるしく振るわれる。

 荒れ狂う竜巻のように振るわれる槍の切っ先が津波のような魔物達をかき分け青白い血を空に走らせていた。

 荒く、息をつく間もなく振るわなければいけないダッツは戦いの高揚の中で押し殺している疲労に確かな死の手応えを感じた。

 ほんの僅かに遅れた槍の間を抜けて三首の犬がダッツの跨る犬の首を捕らえた。

 放り出されたダッツが地面を転がり、槍を振るいながら起き上がる。

 その視線の先で犬が切なげな声を上げて魔物にその体を喰われていた。


 「……これまで、か」


 呟いてみて、どこか楽になったような気がした。

 戦場に立ち、いつしか自分が戦場で死ぬことを覚悟はしていた。

 だが、死ぬ時になって色々と未練を残していることに自分でも不思議に思った。

 ダッツの胸甲をドラゴンの爪が断ち割る。

 それでも訓練された体は衝撃を殺すのに後方に転がることを当たり前のように行いしぶとく生き残ろうとする。

 だが、口腔にゆらめく炎を見た時、もはや生きることを諦めた。

 ダッツが目を閉じる。

 だが、その次の瞬間、遠方から飛翔する巨大な槍がドラゴンの頭部を貫き、地面に縫いつけた。

 ――大星槍だ。

 ドラゴンは二度、三度もがいて起き上がろうとするがそのドラゴンの体躯を駆け上がる騎士が居た。

 その騎士は長大なクレイモアをかざし、ドラゴンの首を両断すると群がる魔物をクレイモアで打ち払いながら放心するダッツに吠えた。


 「……ダッツ!槍を取れっ!」

 「アーリッシュ!何故前線に来たッ!後方で指揮を執れ!」

 「後退できる場所など最早無いっ!」


 死の暴力を前に敢然と立ち向かうアーリッシュの姿にダッツは震えた。

 疲労に震える腕が槍を再び持ち、笑う膝が吠えることを決めた。

 遅れてやってきたブラキオンレイドスが大地を揺らし、その背後から生き残った騎士達が続いた。


 「……若いな……しかし」


 クロウフルはブラキオンレイドスの肩から遠い地平を見つめた。

 もはや美しかったアルバレア平原は魔物に埋め尽くされ、黄金の空に黒煙の雲を厚く重ねていた。

 やがて降り出した黒い雨が疲れ切った騎士達を濡らし、高ぶる熱を冷ましてゆく。

 しんしんと降り出した黒い雨はまるで合図のように魔物達の歩みを留めた。

 魔物達は進撃を止めると一様に空を見上げる。


 「……グゥルル……オォォ……オォォォ……」


 細く、重い咆哮を喉の奥で鳴らし、空に飛ばす。

 それはどこか恐ろしげで、悲哀のこもった叫びだった。

 誰かがグロウリィドーンを振り返る。

 つられるように誰しもが守るべき国を振り返った。


 「……あれは」


 雷光が迸る。

 ヨッドヴァフ首都グロウリィドーンの中心、グロウリィパレスに暗雲が渦巻いていた。

 走る稲光が壮麗な外壁で弾け、火花を散らす。

 優美なステンドグラスからしみ出るように黒い霧が噴き上がっていた。

 赤く滲んだ血のような液体が積み上げられた石の間からこぼれ落ちていた。


 「なにが……あったのだ」


 アーリッシュの声が力なく響く。

 暗雲からわき出るように現れた魔物達が雨のようにグロウリィドーンへと降り注ぐ。

 黒い雨に打たれ、頭を上げたアーリッシュは力が抜けていくのを感じる。


 「……守れずに、終わるのか?」


 吐き出した言葉が重く、のしかかる。

 騎士としての誇り、アーリッシュ・カーマインとしての生き様。

 その全てが圧倒的な絶望の前に潰れそうになる。

 自分一人、剣を振るい、吠えたところで変われることはない。


 「……だが、しかし、それでも、だ」


 アーリッシュは無くしかけた力を奮い起こす。


 「スタイア。君が僕に栄光を照らすカンテラとなるなら、僕は君の命運を切り開く剣とならねばならない。そう、誓った」


 その肩を掴んだのはダッツだった。

 長年、自らの友として戦場に並んだ英雄は言葉を操る術を知らない。

 だが、振るってきた槍は多くの敵を打ち倒してきた。


 「戦うぞ、アーリィ」


 それだけの言葉で十分だった。

 アーリッシュは顔に手のひらを当てると獰猛な笑みを作った。

 鉄の理、暴力の淘汰、そこに意思の力は介在しない。

 だが、それらを打ち砕く最初の覚悟はいつだって彼の傍らにあった。


 「我らが振るう勇気は、ここにある」


 ダッツはアーリッシュの背後に立ち、その背を守るとアルバレア平原の魔物の群れに向き合った。


 「死が我らの命運を分かつとしても」

 「我らが名誉は永久に潰えん」


 二人は覚悟を決めた。

 ブラキオンレイドスが二人を守り、導くように立ち上がり槍を構えた。


 「アーリッシュ・カーマインの名において告げるッ!決戦だッ!」


 打ち倒せる敵ではない。

 だが、打ち倒さねばならない。

 それは一つの不条理。

 飲み込み、従い、敗走し、畜獣のように生きるのは容易い。

 だが、彼等は人であった。

 誇りを、尊厳を、自由を持つ。

 選べる物の少ない中で、誰もが等しく選べる物を彼等は選んでいた。


 「意思は繋がる。ヨッドヴァフに明日をッ!」


 今、果てても次代は担ってくれる。

 だからこそ、生き様を示さねばならない。

 暴力が与える死を目前に、勇者達はただ一つの武器である勇気を胸に戦いに赴くことを決めた。


 「勇壮に、雄々しく、強く――それが、騎士也」


その声はその場にいた誰のものでもなかった。


 「アーリッシュ、君が僕の命運を切り開く剣なら、僕は君に栄光を照らすカンテラとならなければならない」


 彼等の友がそこに居た。

 褐色の幽霊は雨の中、雷鳴を従え、黒い悪魔の戦車に乗りやってきた。

 禍々しく曲がった背中、生気を無くした気だるげな瞳、全てを嘲るような微笑。

 黒色の暴力を従え、彼は友のもとに駆けつけた。


 「楽をさせてもらってるよ。アーリッシュ」


 アーリッシュは友の名を叫ぶ。


 「スタイア――イグイットォォォォ!」


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