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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 8

 激しい攻防はその戦場をアルバレア平野からグロウリィドーンに移しつつあった。


 「第四防衛線を突破されました!」


 指揮を執っているアーリッシュの元に駆けつけた伝令は悲壮な声でそう告げた。

 眼前に広がる敵の大群はその数を減らすどころかより、大きく増えた。

 その敵の数を前に、騎士達はその持てる限りの力で戦ったが激しく損耗していた。


 「……頃合いか」


 眼前に広がる敵を前にアーリッシュは目を細めると後方で輜重を行っている部隊へ号令を発した。


 「ブラキオンレイドスを投入するッ!スターガランス、バステッドナイト体勢ッ!」


 号令が一喝されるやグロウリィドーンの西門が鈍く音を立てて開いた。

 十頭立ての犬が引く荷台の上に白い布をかぶせられてそれは鎮座していた。

 騎士達が白い布を留めているロープを外すとそれはその姿を現した。

 巨大な鋼の甲冑。

 そう表現するのが最も妥当だった。

 異彩を放つ装飾には精製された環石が使われておりそれが青白く明滅する血管のように脈動している。

 それは魔術で作られた巨人だった。

 巨大な岩石に青銅の血を流すゴーレムという魔物が居る。

 その威容はそれによく、似ている。

 だがしかし、使われている理論は根本的に違う。

 ゴーレムが生物の延長線上にある魔物とするならば、これは完全に超重量を魔術で操る業だ。

 クロウフル・フルフルフーはブラキオンレイドスの肩に立ち、静かに精神を集中させていた。

 その胸の内に去来する思いを口にし、形を得ることで心をより、軽くする。


 「人の業か、ビリハム。私の怠惰の罪を負ったのは貴様であり、オズワルドであった。若者の影に隠れ、死すべき隠者が生きながらえたことを運命と嘆く恥までは行えぬ。人の業。何かを欲す、成さんとする力。だがしかし、その業は決して人から離れ得ぬ。認めてなお、正しく業を従えるのが人の強さ、儂は貴様らにそれを教えることをしなんだ」


 クロウフル・フルフルフーが詠唱を始める。


 「ブルフ・ガン・ハガルマイィィ……ガンズガン・グル・ファメノン」


 呼応して甲冑の上に走る青白い意匠が輝きを強くした。

 甲高い鉄の擦れる音がしてその巨人は膝を伸ばした。

 巨大なグリーブが大地を踏むと、鉄が上げる甲高い悲鳴を地面が吠えた。


 「若き英雄を導け。無辜なる民に道を示せ。それが、知恵ある賢者の正しき道。暗き世を照らす満天の星となれ。それが、大師星……叶うならば若き星達の夜を作ってみせよう」


 クロウフルの胸に去来する高揚は何時以来だろうか。

 若き者達に託された思いだけではない。

 自ら、何かを成したいと思える情熱を持ったのはいつ以来だろうか。

 老いた体に、若き日の猛りが蘇る。


 「ブラキオンレイドス。星を貫く槍を持て、槍を持て」


 呼応するように甲冑は大星槍スターガランスを手にした。

 巨大な甲冑はそれこそ、巨大な騎士として大地に立った。


 「ゆくぞ。暗雲を……薙ぎ払え、薙ぎ払え」


 スターガランスが光を放つ。

 ブラキオンレイドスがその槍を横薙ぎに振るう。

 放たれた光芒は遙か遠く地平を薙ぎ払い、青白い炎でもって空を焼いた。

 甲高い鉄の震える音を響かせ、ブラキオンレイドスの巨体が大地を蹴って飛んだ。

 稲光が地上から噴き上がり、ブラキオンレイドスは雷光を纏い魔物の群れに飛び込む。

 爆ぜた雷光が大地を焼き払い、地面を捲ると粉塵を巻き上げる。

 その粉塵の中から、生涯をかけてヨッドヴァフを見つめてきた大師星は呟く。


 「さて、老いたる星は陽の光に焼かれて消えるまで安穏の夜を照らす。新しき夜を照らす小さな星々よ。心せよ。夜の太陽の黒き輝きに呑まれるな。星は広き夜に集うからこそ……輝けるのだ」


  ◆◇◆◇◆◇


 フィルローラは教会に戻り、集合を終えた聖堂騎士団を見渡した。

 他の司祭とは連絡が取れない。

 父である大司祭ともだ。

 家族とこの非常時に連絡が取れないことは大いに心を痛めたが、今はそれどころではないと自分に言い聞かせる。

 いつまでも親の庇護になければ生きられない子供とは違うのだから。

 自分が、誰かの親にならねばならないのだから。


 「シルヴィア隊、集合いたしました」

 「聖堂騎士隊長のヴィクセリアは?……タグザ隊は?」

 「タグザ隊は私が率います……ヴィクセリア聖堂騎士長は手勢を連れ市街の混乱を収めに出動しております」


 そう告げたシルヴィアの声はどこか沈んでいた。

 それだけでフィルローラは悟った。


 「今、この場で命を賭してヨッドヴァフを守ろうとする者が居るのに戦える者が戦わずしてどうするのですか!」

 「居ない人は当てにしてもどうしょうもありません」


 シルヴィアはそう言い捨てて小さく溜息をついた。

 わかりすぎるくらい、簡単なことではある。

 だが、それを受け入れすぐさまに今行える最も有効な方法を考えることは難しい。


 「まあ、気楽に行きましょう。司祭、先に花を摘みに行かれたらどうでしょうか」


 当人も驚いたが、最も驚いたのはフィルローラだった。

 フィルローラはこの時、シルヴィアは絶望に壊れたのではないかと心配した。


 「スタイア隊長の真似をしてみました。上手くはいきませんね」


 いつものような仏頂面で肩をすくめるものだから、フィルローラは苦笑してしまった。

 その苦笑がどこかスタイアのように見えシルヴィアも苦笑を返してみる。


 「いらぬ心配をさせてしまいました。申し訳ありません」


 シルヴィアは槍を携えると肩をすくめて見せる。

 その仕草はいささかであるが、ダッツやアーリッシュ、そしてスタイアのような騎士のような頼もしさを感じさせる。


 「行きましょう?戦場が待っております」

 「はい」


 フィルローラは集った聖堂騎士達を見渡し、教会に今まで秘蔵されていたティンジェル家の家宝――父から譲り受けた神具であるグラシアルクルッススを掲げる。


 「司祭、それは?」

 「……神具グラシアルクルッスス。以前姫様に叱責を受けたことがあります。血は違えども、痛みは等しく平等であると。ならば、私も血を流す覚悟を致しましょう。あなた達と共に、戦場に立ちます」

 「……ですが、指揮官は我ら集団を導くから指揮官と呼ばれることをゆめゆめお忘れ無く」

 「心得ております。ですが、此度の戦い、それでも無傷で済むものと思いません」


 神術様式を施された巨大な十字架はフィルローラが持つにはいささか巨大ではある。

 だが、フィルローラにはまるでその十字架の重さが感じられなかった。

 それが神術によるものとは理解しているが、その高度な神術が施されたグラシアルクルッススはまさに、神具と言わしめる程の力を備えている。

 フィルローラは号令を飛ばす。


 「聞けっ!我々はこれよりアーリッシュ・カーマイン卿率いる騎士団と合流し、今、ここに来るヨッドヴァフの危機へと立ち向かいます!これは神の試練ではありません!そして、神の奇跡もここにはない!だからこそ……我々が神の奇跡となります!」


 綺麗事は無い。

 だが、偽りの無い本心から迸る咆哮は確かな意思をその場に立つと決めた少女達の心を揺さぶる。

 槍を掲げ、荘厳な礼でもって士気を返した聖堂騎士達はフィルローラに従う。

 意気を揚げ、教会を出た彼女らはそして、驚愕に目を見開く。


 「これは……」


 黄金の雲が赤い雷光を落とし、混乱に支配されたグロウリィドーンを黒い影が覆い尽くしていた。

 その影は絶えることなく王城から差し、逃げまどう無辜の人々を喰らっていた。

 異形の影。

 魔物とも人ともわからない、だが、明確な悪意を持ってその影達は人を喰らい、赤い血飛沫で彩る暴力をグロウリィドーンにまき散らしていた。


 「……何が、起こっているいるのですか?一体」


 フィルローラは王城に差す不吉な影に、畏れを覚えた。

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