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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 7

 ヨッドヴァフの片隅にあるその酒場にフィルローラはグロウクラッセを携え、訪れた。

 冒険者の集まるその酒場はこの混乱にいつもの喧噪を無くしていた。

 下卑た喧噪が無くなれば何故だろう。

 静かなその佇まいは確かな厳粛さを持って来る者を迎えた。

 くたびれたウェスタンドアを押すと、チリン、と澄んだ音がした。


 「ようこそ、リバティベルへ」


 このような時でも綺麗に清掃の行き届いた酒場で給仕が小さく頭を下げた。

 給仕はフィルローラを認めると、もう一度小さく頭を下げて店の奥へと静かに下がった。

 どこか暗い、それでいて冷たい空気にフィルローラは固唾を呑む。

 やがて奥から現れた店主がいつものように背中を曲げてフィルローラを見つけると苦笑した。


 「スタイアさん」


 店主の名を呼ぶと、店主は曲がった背中を僅かに傾けて頭を下げた。


 「やあフィルさん。来てくれるとは、思わなかった」

 「魔物の大群が押し寄せてきます。これをッ!」


 フィルローラは手にしたグロウクラッセをスタイアに突き出した。

 スタイアはその剣を一瞥する。

 手にし、その超重剣を片手で持ち上げてみせるとその刃に視線を走らせる。


 「グロウクラッセ……ですね」


 そして、苦笑した。


 「僕には要らない剣です」


 フィルローラは確かな意思を持って告げる。


 「……その剣を振るえるのはあなたしかいません」


 スタイアは剣を降ろし、静かにフィルローラを見つめた。


 「人が神の奇跡を作らねばならないのであれば、人でありながら神の行いを正しく行える者でなくては……グロウクラッセは預けられません」


 スタイアは苦笑してグロウクラッセを見つめると大きく溜息をついた。


 「ならば、これを持つべき人間は別に居るはずですよ」

 「あなた以外に、誰がこの危機を救えるというのですか」


 フィルローラのその声は最早、嘆願であった。


 「私は敬虔なる神の信徒で在り続けました。ですが、神は一度たりともその奇跡を私に見せてくださいませんでした。ですが、私は知っております。名も無き人の為に、救いの無い人達の為に……いえ、生ける者の全てに奇跡を行う誰よりも神に親しい人を。だから、どうぞ、お願いです」


 フィルローラは膝を折って真の騎士に行うように傅く。


 「私も微力ながら、聖堂騎士を率い戦列に参加いたします。どうぞ、ヨッドヴァフを救って下さいまし」


 スタイアは困ったように天井を見上げ、真剣な眼差しで溜息をついた。


 「艱難を前にして、畜獣の様をもって生きるより、死してその命の価値で民に国家の誇りを教えるのが騎士の本懐。果たして、それができる騎士は何人居るだろう」

 「え?」

 「彼の名誉は僕の名誉でもある。僕の親友の悪口を頼むから彼の居ない場所で僕に言わないで欲しい」


   ◆◇◆◇◆◇


 フィルローラを追い返したスタイアは誰も居なくなった店の壁にグロウクラッセを立てかけ、静かに黙想していた。

 遠く遠雷のように響く爆音が、グロウリィドーンへと戦場が近づいてきたことを暗に示していた。

 静かに地面が揺れ、軋んだ店が小さく悲鳴を上げる。

 タマはそんなスタイアを静かに見上げていた。

 スタイアは閉じた瞳を開くと、心配そうに見上げているタマの頭を撫で苦笑した。


 「金貨五枚……よく、働いてくれた。君を解放するよ。君は自由だ。どこへでも行きなさい」

 「なら、私はここに残る。自由なら、私は私の意思でここに残る。強い人だけが選べるんなら、私はそれを選べるだけ強くなった」


 タマはそう言って静かに頭を下げた。


 「だから、心おきなく行って下さい」


 スタイアはしっかりと自分を見上げるその力強い瞳に苦笑してしまう。

 最早、語るべき言葉などはない。

 名も無き少女は自らの生き方を選んだ。

 ならば、自らも選んだ戦場に立つべきだ。

 スタイアはそれでもどこか気だるげに嘆息を零すことにした。

 立ち上がると店の奥に佇むラナを見る。

 ラナは一振りの長剣と具足を手に立っていた。

 何も言わずにスタイアに歩み寄ると具足をスタイアに纏わせる。

 スタイアは具足をつけ終えるまでじっとしていた。

 普段は付けることのないギャレソンに身を包み、ブレストプレートをその上から纏う。

 ガントレットとグリーヴをつけるとラナはそっと、グロウリィウィングヘルムを差し出した。

 スタイアはそれを受け止めるとグリーブの指でヘルムにできた傷を撫でる。

 感慨深げにその傷を眺めると、鼻を鳴らして手早く頭に載せた。

 最後に剣を受け取ると腰の帯革に吊す。

 幾多の戦場を駆け抜けた、ただの一振り。

 それがあれば、殺せる。

 そう思うと苦笑した。

 グロウクラッセを預かると血で褐色に染まった外套を羽織り、ラナに告げた。


 「まんず、まず、斬りに行きましょうか」

 「はい」


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