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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 6

 ヨッドヴァフ王国首都グロウリィドーンの外で騎士団がその戦端を開く頃、王城に最後まで残った者達はテラスから静かにその様を眺めていた。

 レオ・フォン・フィリッシュは遠く遠雷の響く戦場を見つめ、その場に居ない幸運に小さく息を吐いた。

 困難な戦場を前に血が滾るのは死にたがりである。

 行く先に展望が無く、せめてもの死に様を華美に飾りたいと思う先無き者の蛮勇がその幻想を作り出す。

 真の戦士ならば、勝てる戦のみに剣を振るう。

 アーリッシュ・カーマインの目論見が何であろうと、まず先に散ってくれるのであればそれはそれでレオにとっては何ら不都合は無い。

 気概は人を動かす原動力とはなる。

 だが、気概のみで勝てるものではないのが戦だ。

 獣性は恐怖を押し殺すことができるが、結果を求めるならば知性の判断に従わなければならない。

 かつて対峙したアスレイという少年が時を経て何を吹き込んだのかは知らない。

 だが、レオ・フォン・フィリッシュにはアーリッシュ・カーマインが蛮勇を振るっているようにしか見えなかった。

 しかし、今、まさに死地に赴く勇者にその事実を言える者は居ない。

 いや、一人だけ、その場に居た。


 「……数が、違いすぎるな」


 厳然とした結果を突きつけたのは、アルテッツァだった。

 その傍らには招集されたフィルローラが付き従っていた。

 ヨッドヴァフ・ザ・サードの一人娘、幼くして王の器量を備えた彼女だからこそその蛮勇に冷酷な現実を突きつる言葉を告げられた。


 「アーリッシュ卿は……勝てるのでしょうか」

 「蹴散らされるだろうよ。この城まで奴らが大挙して押し寄せてくるのは時間の問題だ」


 眼前に広がる光景を面白そうに眺めるアルテッツァはどこまでも王の資質を備えていた。

 もう、十年早くこの世に生を受けていれば。

 あるいは、男子であれば。

 この事態は変わったのかもしれないとレオは思わずには居られない。

 だが、アルテッツァはそんなレオを一瞥すると嬉しそうに語った。


 「魔物共はヨッドヴァフを蹂躙するだろう。逃げることの叶わぬ民草を食い散らかし、我らが築いた栄華をまたたく間に瓦礫へと変える。奴らはオーロードへの道を走り、ヨッドヴァフという国は再び世界から消える。これは、違えようの無い事実だ」


 どこか遠い世界の神話のように聞こえ、フィルローラは呆然と立ちつくす。

 そんなフィルローラにアルテッツァは告げた。


 「何を迷うておる」

 「は?」

 「貴様が成すべきことを成しにゆけ」


 アルテッツァが何を言わんとしているか、理解できなかった。

 だが、アルテッツァはこの若い司祭が経た経験など知り尽くしているかのようにその言葉を告げた。


 「神は人を救わず。人を救うのは人であり、我々が神の奇跡を信じるのであればそれは人である我々が作らねばならない」


 それはかつてスタイアが教会に残した言葉だ。


 「神の信徒であるならば、奇跡の一つでも作ってみせろ。繰り返すぞ、我が望むように場を整えろ、フィルローラ」


 フィルローラはその言葉に震えた。

 ヨッドヴァフの全てを背負う奇跡を作れとこの王は述べる。

 自らにそんな力など、ありはしないというのに。

 だが、しかし、今だから理解できることもある。

 スタイアが、アーリッシュが、そして今、戦場に立つ彼等に力などあったのであろうか?

 だが、誰しもが奇跡を作ろうとしていることは確かであった。

 自分ではない、誰かの為に。

 フィルローラはアルテッツァに傅く。


 「御意。王女の御心のままに」

 「我が名でもって告げる。聖剣グロウクラッセの封印を解け。下賜する」


 フィルローラは驚き顔を上げる。

 アルテッツァは面倒臭そうにフィルローラを振り向くと不敵な笑みを浮かべた。


 「奇跡を作れ」


 フィルローラは真摯にその言葉を受け止め、頷いた。


 「必ずや」


   ◆◇◆◇◆◇


教会のホールから降ろされたグロウクラッセはまず、巨匠ハイングの元に届けられた。

 フィルローラには剣のことはわからない。

 だが、百年来一度も振るわれたことの無い剣がそのまま使えるものとは思えなかった。

 だからこそ、ヨッドヴァフで剣のことを最も良く知る者に運ぶべきだと思った。

 応対に出たメリーメイヴはこの未曾有の危機にあってもどこか余裕があった。

 グロウクラッセを一目見るなりどこか恥ずかしそうに首を振るった。


 「……骨董品は鑑賞するための物だからね、実戦じゃあ使えない」


 やはり、とフィルローラは頷き続けた。


 「ならば、使えるようにして下さい」


 メリーメイヴは断固とした意思を持ったフィルローラにふむ、と頷くと工房の奥へと引っ込む。

 しばらくして一人のやせ細った老人を連れて戻ってきた。

 フィルローラも実際にその人を見るのは初めてだった。

 生きた伝説、巨匠ハイング。

 ハイングはその剣を見るなり鼻を鳴らす。


 「こんな粗末な剣で何を斬るツモリだ」


 いみじくもヨッドヴァフ建国に係る、王の剣を粗末な剣と言い放った。


 「私には剣の善し悪しは理解できません。粗末であろうが立派であろうが構いません」


 フィルローラは素直に応えた。


 「今、この苦境を切り開く剣を用意して下さい」


 ハイングは苦笑した。

真摯に見つめてくる教会の若い司祭の言葉にはハイングが常に感じているものが確かに、宿っていたからだ。


 「いいだろう。ついてくるがいい」


 ハイングはグロウクラッセを手にすると、フィルローラを促した。

 たとえ、王とはいえその出入りを許したことがないハイングの工房にフィルローラは足を踏み入れる。

 整然と並べられた工具と、火の落とされた炉。

 そして、壁に立てかけられたいくつもの曲がった剣達。


 「これが、グロウクラッセだ」


 ハイングは工房の隅で埃を被っている一本の鋼鉄の剣を示した。


 「百年も昔のくたびれたただの剣だ。ヨッドヴァフが没した際に工房に返還され新しい剣を拵え、その象徴とした。オーロード奪還の際は一度も振るわれたことは無かった。拵えはいいものではあるが、所詮、装飾を施したバステッドブレイドの一種に過ぎない」


 ハイングは華美に装飾されたグロウクラッセを金敷の上に載せると壁に立てかけてあった巨大な槌を手にした。

 老いた矮躯が膨らみ、どこにそのような力があるのかと思ってしまう。


 「ふん」


 気負う訳でもなく振るわれた槌がグロウクラッセを叩き折る。

 その中から、黄緑に輝く宝珠が転がり落ちた。


 「グロウクラッセはその本質は剣にあらず。運命を切り開く意思にある」


 フィルローラはその宝珠が何であるのか、ぼんやりと理解した。

 それは環石だった。

 史跡国家ニヴァリスタへ巡礼の旅に赴いた際、拝見したことのある法具の一つがそれと同じ輝きをしていた。


 「だが、人は戦う。戦う場を戦場と呼ぶ。その戦場での運命を切り開くのに共にあるべきは意思にあらず、鉄だ」


 ハイングは工房の奥から白く大きな木箱を抱えて持ってきた。

 それを金敷の上に置くと、封印を外した。


 「鉄は熱を持ち、業を受け、鋼となる。幾多の戦場を駆け抜ける鋼の行き着いた形が剣だ」


 ハイングはそこに横たわる巨大な鋼鉄の剣を指でなぞる。


 「熱を与え、鍛えればいくらでも生まれ変わる。だが、使い続ければ、年を重ねれば鉄はくたびれる。だが、真に強い鉄は幾度折れようと……蘇り、再び切り裂く」


 拵えられた僅かな装飾ははっきりとグロウクラッセのものとわかるものだった。


 「過去の清算をしなければならない時に、古き者にすがってはいられはしまい」


 巨大なバステッドブレイドの中心に環石を埋め、ハイングはひとしきり眺める。

 そうしてメリーメイヴに手渡した。

 メリーメイヴは膝を折り、しっかりと剣を受け取るとフィルローラにその剣を差し出した。


 「四代目ハイングが鍛えたグロウクラッセ。私が拵えた……最高の一振りです」


 フィルローラはとてつもなく重いその剣を受け取り、静かに頭を下げた。

 確かな熱と、静かな気迫をもって佇むその威容はヨッドヴァフを体現するには十全すぎる荘厳さをもっていた。

 あとは、これを振るう者に渡すのみだ。

 ハイングはフィルローラを一瞥してふむ、と頷く。


 「若いな」

 「え?」

 「それは栄光と名誉と共にある剣だ。人を殺める剣ではない」


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