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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 5

 後の戦史研究家にこのアルバレア平原での戦闘はアルバレア・ベルの戦いと名付けられる。

 西のコルカタス大樹林から大挙して現れた魔物の群れはベロス・ドッグと呼ばれる三本足の犬に跨るディッグを先頭に物量に任せて行進していた。

 それに対し、アーリッシュ卿率いるヨッドヴァフ騎士団はアカデミアから配備された大星槍『スターガランス』でもって応じた。

 いつの世の戦でも、定石は変わらない。

 調略を計り、遠方火力を持って敵の掃討を行い、残存した手勢でぶつかり雌雄を決する。

 遠い異国のドラゴンを使用した騎士で編成される『空軍』と呼ばれる概念や、その空軍が本格的に戦略戦術の根幹を覆したその時代を経た後にも、だ。

 戦の本質はどこまでもシンプルである。

 アーリッシュ・カーマインは幸運にも、その真実について把握していた。

 未熟で、十全な準備のできなかったバルツホルドの戦とは違う。

 大師星クロウフル・フルフルフーが対魔物用大規模戦闘を想定して作り上げた大星槍『スターガランス』はまるで、この日が来るのを飢えていたかのように環石の燐光を上げてその穂先を天に向けていた。

 唸る燐光が青白い光を上げて、稲光を従える。

 『スターガランス』の光が暗雲に包まれた空をほのかに照らし、時が来た。

 狼煙が上がり、アーリッシュは眼前に広がる死の恐怖を呑み込むと白銀のクレイモアを高々と掲げた。


 「放てェッ!」


 青白い閃光が金色の雲を貫いた。

 螺旋を描き、散った雲の向こうに僅かに金色の雲の赤い瞳が輝いた。

 だが、それも束の間、閃光が空を埋め尽くし弾けた青白い燐光が大地に突き刺さる。

 黒く、激しい爆炎が青白い燐光の中に生まれ、大地が抉られる。

 高々と宙を舞うディッグが光に貫かれ、青白い血を迸らせた。

 燐光はその血を舐めるように伸び、広がり、爆炎を次々と産む。

 魔物の血が魔術や神術の基礎である環石を産むのであれば。

 着弾し、そこで死した魔物を媒介として破壊力を連鎖させる。

 アカデミアが初代ヨッドヴァフの頃から積み重ねてきた対魔物用魔術の粋がこの時代、クロウフル・フルフルフーによって形となったのが『スターガランス』だ。

 その圧倒的な破壊力を前にしても、魔物の群れは進軍することを止めなかった。

 二撃、三撃と放たれたスターガランスの閃光は魔物の波の中で激しく明滅し、爆炎の渦を巻き起こすがそれは津波の先端を槍で突いた程度のものだ。

 押し寄せる大量の魔物はその物量に任せ、グロウリィドーンへ向けてその進行を止めることをしない。

 『スターガランス』の炎はだからこそ、確実に魔物の波の中で広がりつつある。

 ――そう、かつてのヨッドヴァフの民はこうなることを知っていた。

 だからこそ、魔物の中で連鎖させる魔術の構築を考案したのだ。

 だが、しかし。

 広がる炎の速さより、継ぎ足される油の方が圧倒的に多ければ、油は火を乗り越えて突き進む。

 そんな人の小賢しい知恵をあざ笑うかのように魔物達は進軍をはじめる。


 「グランバリスタッ!構えッ!」


 アーリッシュはその炎に震える自分の恐れを隠し、次の号令を放った。

 騎士団の隊列の後方に巨大なバリスタが姿を現した。

 大木を束ねた矢をつがえた、機械仕掛けの巨大な弓だ。

 その横では騎士数人が必死にハンドルを回し、鉄と革を幾重にも重ねた弦を引き絞っていた。

 ラッパが吹き鳴らされ、それらの準備が整ったことを知る。

 そして、いよいよもって地獄が始まると覚悟を決め、アーリッシュは吠えた。


 「撃てぇぇっ!」


 放たれた巨木は風を従え、弓なりの弾道を描き空中で広がる。

 散開した巨木が魔物の群れの頭上に落ち、地面に深々と突き刺さった。

 魔物の群れはそれらの巨木を乗り越え、歩を進めるが地面に突き刺さった巨木は次の瞬間、紅蓮の炎を上げて爆発した。

 かつて、火薬石を載せた犬を放ったスタイアがやったことを真似ただけだ。

 ――だからこそ、かつての部隊名をその兵器の名称とした。

 アーリッシュはバルツホルドより困難なこの戦に、スタイアが居ないことを覚え、どこか嬉しそうに笑った。


 「やってみせるさ」


 誰に聞こえる訳でもなく、そう呟く。

 そして、彼の最も信頼する友に号令を掛けた。


 「これより、戦端を開くッ!一番槍の誉れ、しかと果たして見せろッ!」


 一陣の風が走った。


 「応ッ!」


 アーリッシュに応えたのはスタイアと彼の良き理解者であるダッツだった。

 魔物討伐をその生業としてきた冒険者は今、騎士となってもその矛を魔物に向けることを止めない。

 幾多の戦場を渡り歩いたハルバードが鈍く輝き、彼の駆る赤銅色の犬が呼応するように吠えた。

 ダッツが従えた騎士達は彼と共に、修羅場をくぐり抜けた猛者達だ。

 それに加えて、彼の軍勢には特別に徴用した魔物討伐を専門とした騎士達が居た。

 ――冒険者達だ。

 踏んだ場数の数だけ、強くなれる。

 それを地でやれば、命が無い。

 だが、それを行ってきた者だからこそ強いのだ。

 命が命を叩く戦場で他を淘汰し、生き延びてきた猛者だからこそ、自信がある。

 目の前に広がる魔物の大群を相手に、突撃して生きて戻る自信が。

 ダッツはハルバードを軽々と振り上げると、犬を跳躍させ、ディッグの中に躍り込んだ。

 大上段に振るったハルバードの斧がディッグを頭から真っ二つにすると横薙ぎに払った槍が一閃してディッグを吹き飛ばした。

 追って現れた牛鬼の炎を軽々と犬が避けると、犬は主の牙を牛鬼のもっとも弱い場所へ向けて振るわせるため、その巨体を足場に跳躍した。

 ぐるぐると回る犬の回転に合わせ、ダッツのハルバードが牛鬼の頭に振り下ろされる。

 頭蓋から股下までの一閃。

 青白い血が噴き上がり、真っ二つになって避けた牛鬼にディッグ達はこの男が簡単に倒せる相手ではないことを知る。

 その後に追従するようにダッツの部隊がディッグ達を踏み越えて魔物を蹴散らす。

 一番槍を任された彼等の個々の戦闘能力は並ではない。

 次々と屠られて行く魔物達の波はそこで僅かに停滞した。

 その頭上を一匹の翼竜が旋回した。

 翼竜は煌々と輝く深紅の瞳を地上へ向け、愚かしい人間を認めると口腔の中に蓄えた炎を零す。

 羽ばたき、一瞬だけ対空すると竜は首を巡らせる。

 吐き出された炎がディッグごと地上を薙ぎ払い、騎士達を呑み込む。

 鉄は溶け、肉すら蒸発させる炎を前に人はその姿形を保つことなく死の現実に呑み込まれる。

 竜は大地に向けて突進し、その爪で犬ごと人を引き裂き、尻尾で激しく打ち据える。

 人の膂力とは比べものにならない力でもって暴れ回る巨獣は騎士達を次々に屠っていった。


 「仕掛ける」


 だが、ダッツは怯むことなく淡々と告げた。

 従う騎士達にも迷いは無い。

 なぜなら、この程度の危機は彼等は既に戦場で覚えてきたからだ。

 騎士達は腰にした小さなクロスボウのクォレルに犬の鞍に付けた鎖を掛けると大空を飛ぶ翼竜に引き金を引いた。

 何本もの鎖が地上から伸び、翼竜の体を絡め取ると翼竜は翼を大きく振ってその拘束から逃れようとした。

 だが、訓練された犬達はその反動を利用して跳躍すると一気に翼竜の頭上へと舞い上がる。

 騎士達はそれぞれ自らの獲物を振るい、竜の体に傷をつけると犬の鞍につけた機械式の巻き上げ機を使い、鎖を引いた。

 騎士達が一斉に降りる重さが翼竜を地面に叩きつける。

 悲鳴を上げて地面に落とされた竜がもがき、立ち上がろうとするがすぐさま騎士達はその翼に穴を開けた。

 空に逃げることの叶わなくなった竜は苦し紛れに炎を吐くが、騎士達はどこに自分たちを逃がせば炎を避けられるか知っていた。

 ダッツが炎を潜り、ハルバードを構えて犬を走らせる。

 ドラゴンの振るった尾を切り払い、爪を裂き、そして犬が腹を駆け上がる。

 その顎の下に僅かに鱗の剥げた部分を見つける。

 ダッツは不自然な体勢のままであっても凄まじい一突きを繰り出し、竜の顎を貫いた。

 深紅の瞳が見開かれ、悲鳴の咆哮を上げるドラゴンが大きく背をのけぞらせて地面に倒れる。

 その下敷きになったディッグ達がさらに悲鳴を上げる。

 悠然と竜の上で槍を振り上げるダッツは周囲に広がる魔物の群れを見渡し、告げた。


 「俺に、続けッ!」


 それは先頭を常に走る強者のみが吠えることを許される言葉だった。

 鼓舞された騎士達は一番槍をつけ、竜をも倒したつわものに続き雄叫びを上げた。



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