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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 2

 ヨッドヴァフ王城グロウリィドーン。

 かつて、栄光への夜明けを迎えた地に彼等の祖先はその城を造ることを決めた。

 そこには彼等の誇りと、栄誉、そして明日へのあくなき希望への象徴が必要だったからだ。

 他のどれよりも荘厳で、何百年経とうとも廃れることのない堅牢さをその象徴として王城グロウリィドーンは築かれた。

 だが、それは象徴であり、王の権威であることの他に、もう一つの意味を持つ。

 幾ばくか、そう、ほんの幾ばくかが知る真実を封印する要塞。

 夜明けの前には必ず、漆黒の闇があるようにその王城はヨッドヴァフの暗き側面をその荘厳さで覆い隠していた。

 王城地下に広がる史跡をさらに降りたところで、ヨッドヴァフ・ザ・サードはレオ・フォン・フィリッシュに声をかけた。


 「先日、賊が入ったそうだな」


 傍らに従うレオは静かに頭を垂れた。


 「はい」


 王は気だるげに息を吐くと、自らの額に手を当てた。

 そう遠くは無い昔、戦場に立った自分に伸びた剣の痕跡だ。


 「未だ、至らぬ、か」


 意味も無く独白してみせると、レオが怪訝そうに眉を潜めた。


 「……あの少年の言葉ですか」

 「お前はあの場に居たな。王の身になって叱責を受けたのは後にも先にも、あれがはじめてだった」


 どこか懐かしむように王はそう言った。

 レオはほんの僅かだが、言うべきかどうかを迷った。


 「よい。今度の賊の正体については知れた」


 だが、王はそんなレオの迷いをまるで些事の如く見抜くと苦笑したのだ。


 「……必要があらば斬って捨てますが」

 「お前が時代の幕を引けるのであれば、やってみよ」

 「鉄は振るうだけで人を殺せるものにございます」

 「それは戦士の哲学だな」

「私は、近衛の責務を賜っても未だに戦士であります」


 王は鼻で笑った。

 レオはそこで身を僅かに引いてしまった。


 「孤独だな」


 それは自分に向けられたものではないことをレオは深く承知していた。

 だからこそ、ニザリオンの扉の前でレオは退いた。

 そこには王家の者のみが潜ることを許されるニザリガンの扉が堅く閉ざされていた。

 王は一人、この扉を開くとその奥へと進む。

 扉の魔導装置が青く発光し、鈍い音を立てて王を呑み込み他の者の侵入を拒む。

 王を迎え入れた扉が閉まると、グロウリィドーンの最深部は淡い緑の光を延々と続く廊下に灯し、王を導く。

 この扉を潜ったのは王位継承の儀を執り行って以来であった。

 だが、まざまざと記憶の底に刻みつけられたその光景は生涯を通して忘れることの叶わないものであった。

 王として生まれ、王としての教養を受け、全ての覚悟を済ませてきたツモリではあった。

 だが、その事実を受け入れるにはまだ若く、呑み込むのには能面の奥に苦渋を飲み年月を要した。

 そして、今、再びニザリオンの扉を開き、王は円座の中心に輝く円陣に立つ。


 「ヨッド・ヴァフ・ザ・ニザにより告げる。青き血の民よ。我ら赤き血の民は盟約を違え鉄と共に生きる」


 天井に星空が輝き、一匹の白鯨が空を飛ぶ。

 吹きすさぶ烈風に王は空を見上げ、悲壮な覚悟でもって対峙する。

 白鯨は告げる。


 「天秤は傾いた。赤き血よ。青き民との決別の時だ。うたかたの煌めきの熱さと、鉄の冷たさで切り開いてみよ。汝は正しく、この地の王となり、試練を課せ。魔王ニザリオン・ヨッドヴァフ」


  ◆◇◆◇◆◇


 ヨッドヴァフ首都グロウリィドーンの片隅にその店はあった。

 冒険者と呼ばれる人種が集まるその店は生きる活力に溢れていた。

 その様をカウンターで身を小さくしながら眺めている店主もまた、言うなれば冒険者なのだろう。

 騎士であり、学士であり、修道士でありながら、生粋の剣士である。

 そうありながら飲食店を営むのであれば、その正体の無い生き方をくくるならばこの国の言葉では最早、冒険者としか言いようがなかった。


 「もう、間もなくでしょうかね」


 意味も無く呟いた店主の言葉を、誰もが喧噪の中で聞いていた。

 危険と隣り合わせで生きる彼等は、もっとも危険を知る人間の勘に従う。

 店主の呟きがどのような事態を指すかまでは理解してはいない。

 だが、それでも危険であるということがわかれば彼等はその時期くらいは自分で計ることができる力量は持っていた。


 「もう、間もなくですか?」


 野暮ったく返したのは冒険者の雰囲気にはなじまない少女だった。

 飲食店に銀色の甲冑を着込んで入ってくるあたり、生真面目さがにじみ出ている。

 聖堂騎士の面々は総じてこういう手合いが多いというのはこの店の客は理解していた。

 店主――スタイアは丁寧に説明してやる。


 「……アーリッシュ卿の第七騎士団が最終調練に入ってる。大規模戦闘を想定した調練だからね。あれが完成したらおそらく……」

 「その調練に参加要請が出ています」


 騎士団と合同業務を行うことになったことから、その少女は連絡役として派遣されたのだろう。

 どこまでも生真面目だ。

 柔らかすぎればちぎれるが、硬すぎれば脆い。

 多少、柔らかくはなったのではあろうが、それでもまだ、硬きに寄っていると見えた。

 少女――シルヴィアはにこりとも笑わずに店主の前に槍を抱えて立っていた。


 「僕には僕の役割があるからねえ……」


 あっけらかんと笑う店主は大きく溜息をつくと店を眺めた。


 「君は戦に出るのかい?」

 「はい」

 「あんな目にあったというのにかい?」

 「バルツホルドの戦以来の自らの未熟さを知るいい機会ではありました」


 スタイアはクツクツと笑う。

 それがシルヴィアにはおかしく見えた。


 「……スラの道に落ちるよ」

 「シュラ?」


 遠い異国の文献で、その単語をシルヴィアはお伽噺の一つとして知っていた。


 「人と会っては人を斬り、親と会っては親を斬る。神と会えば……神も斬る。自分が死ぬまで続く殺しの道ですよ」


 そう告げたスタイアを真っ向から受け止めてシルヴィアは返す。


 「……スタイア隊長はそのスラなのですか?」

 「君と会い、君を斬った」


 シルヴィアは平然と答えたスタイアにどこか安堵を感じた。

 どこか胸の奥がすっと冷たくなる、だが、心地よい安堵だった。


 「私にも、なれるのでしょうか?」

 「無理だ」


 スタイアはそう言い切った。


 「……至って、みせます」


 やはり、硬いと思ってしまう。


 「今、ここで僕を斬れない君はスラの領域に至れない」


 そう断じて、スタイアはシルヴィアの頭を撫でた。

 その包容力に身を委ねそうになり、シルヴィアは理解する。

 理屈ではなく、理解してしまった。

 自らが依るのは自らでなくてはならず、決して、他人にあらず。

 だが、スタイアを追い、スタイアに依る自分は決してスラの領域に至れない。

 理解してしまったシルヴィアは言葉が、誓いが、無力であることを悟り、黙ることを選んだ。

 はたから見れば、経験豊富な冒険者に心得を教示されている新米冒険者にしか見えない。

 いや、冒険者に教えを請う冒険者であることには、違いはなかった。


 「怯え、畏れ、それらを理性に落とすのではなく、人の獣性に落とし、知性の水平にある怜悧さをもって全てを越える暴力を身につけなければならない。それがわからないくらいに、君は賢しい」


 シルヴィアにはスタイアが何を言っているのか理解できずにいた。

 それはシルヴィアが今居る領域のさらに上の領域での至言なのだろう。

 スタイアはそれを承知の上で苦笑した。


 「求めるなら、求めなさい。今は理解できなくても遠い未来、君が理解することもある。その時、君は友も、愛も、自分自身の全てをも失うことになる。人は無い物を知ることはできるけど、在る物は失って気がつく。失って……覚えるといいさ」

 「それは、愚かなように見えます」


 スタイアはカウンターに寄りかかり、店の中を眺めた。

 いつまでも続く喧噪に辟易しながらも、どこか愛着を見せる笑みを浮かべた。


 「人は愚かだよ。だから、愛しい」


 その隣に立つラナが微笑むのを、シルヴィアは初めて見た。

 シルヴィアは自分が賢しいと理解した。

 失う痛みも知らぬまま、二人が多くのものを失ってきたことだけは理解してしまったのだから。


「スタイア隊長」

 「ん?」

 「……人は、これから何を失うことになるのでしょうか」

 「得るのさ。本当の、自由を」


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