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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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最終章 『誰が為に、鐘は鳴る』 1

 ヨッドヴァフ・ザ・サードについて語らねばならない。

 それを語るにはヨッドヴァフの成り立ちまで遡る必要がある。

 ヨッドヴァフ・ザ・サードについてのみ語るのであれば、そこまでの必要は無いのだろう。

 その人格は仁に富み、知性は賢きに優れ、剛とも言える胆力によって治世を行う。

 奴隷制度の廃止により破綻した国情を冒険者制度を制定することにより救った手腕は見事というより他ならない。

 戦場にでれば剛勇で知らしめ、その威容は勇壮でありながら慈愛に溢れ、王としての品格はどの点をとっても非の打ち所がない王である。

 だが、そんなことは王として生まれついたヨッドヴァフ・ザ・サードにとっては王であるが故に当然のことで語るべきことではない。

 後に魔王とまで賞されたヨッドヴァフ・ザ・サードが抱えた苦悩の根源がどこにあったのだろうか。

 それについて知るためにはヨッドヴァフの成り立ちから語らねばならない。


 ヨッドヴァフはかつて、首都をオーロードに置いた。

 交易都市オーロードは当時、貿易国家オーロードとして海洋国家として繁栄していた。

 現在のヨッドヴァフが存在するグロウリィドーンは当時、コルカタス大樹林から溢れ出る魔物の闊歩する危険な平原であった。

 今の冒険者とは違う、生粋の当時の冒険者がまだ見ぬ秘境を求め探検を繰り返し、オーロードも当時、そういった冒険者で賑わいを見せる都市だった。

 だが、貿易国家オーロードが決定的に国家としての体裁を維持できなくなったのはこの冒険者のせいでもあった。

 自由に国外と国内を行き来できる冒険者はその地で見聞きした風聞を他国へと伝える。

 海洋国家であるオーロードが他国の侵略を免れていたのは背後に魔物の闊歩する危険地帯を置き、海洋という自然の砦を外に置いていたからだ。

 オーロードにも無論、軍は存在した。

 だが、それは比較安全な海洋から侵入する敵を迎撃するための海軍に他ならない。

 海軍を構成するのは優秀な水兵であると同時に、船である。

 水兵の調練は隠せようものの、海に浮かぶ船までは隠して隠し切れるものではない。

 ましてや、冒険者というのは魔物の跳梁跋扈する秘境を渡り歩く者達である。

 人という自らと同じ危険度しか持たない相手が作った秘密という秘境をくぐり抜けるには充分すぎる経験と、修練を積んでいるのだ。

 この冒険者達は秘境の情報をオーロードにもたらすと同時に、オーロードの秘密を他国に運んだ。

 常に海洋に接している優位性で建造された船舶の構造が逐次、他国に渡ればどうなるのか。

 まず、建造されるのが軍艦であった。

 とりわけ、他国との争いが絶えない国家であればあるほど、その傾向は顕著に見られた。

 当然、その情報が逆にオーロードに冒険者からもたらされることもあった。

 だが、常に侵略の危険性を感じる国家と、海という広大な壁に阻まれた国家であればその必要性の理解が違った。

 結果、オーロードは軍艦の建造に大きく他国の後れを取ったのだ。

 首都を海岸に置くということは海洋を防壁とできる点を利点とできるが、攻めきられた場合、後退して戦線を伸ばすことができないという欠点も存在した。

 例えば、陸上に展開した軍隊はその軍隊を維持するために多くの食料を必要とする。

 それらの輸送手段は馬車や犬車、牛車によって行われる。

 だが、近辺に水路があればより効率的に運搬ができるのが船だ。

 海洋に並べた輸送船団に積載できる食料は長く、軍を戦わせることができる。

 敵がもし、海岸にその本拠地を構えていたとしたらどうだろう。

 陸上に軍隊を展開すべく用意しなくてはならない馬車や犬車を積載する分、より多くの物資を積載して戦に望めるのだ。

 その観点で見ればオーロードが取るべき戦略は海洋上での決戦戦略しか選択し得ない。

 無論、陸上戦力に回す分だけの戦力を海洋戦力に回せるのだ。

 当然、比類無き海洋戦力を擁してはいた。

 だが、海洋という自然要塞がもたらした平和はその海洋戦力でさえ他国に劣らせてしまうことを迫ったのだ。

 オーロードに他国の侵略が行われたのはその戦力差の均衡が崩れたときだった。

 圧倒的な軍団に攻め立てられ、オーロードは陥落し、オーロードの民は寄り集まり今のグロウリィドーンへ向けて移民をはじめることとなる。

 それは熾烈な民族移動だった。

 未開拓の地である今のヨッドヴァフは魔物の跳梁跋扈する秘境であり、数を集めた移民であるかつてのオーロードの民は日ごと、その数を魔物の襲来により減らされていく。

 それでも、ヴァフというオーロードの王族を中心に集った移民はオーロードから西へ西へと進む。

 そこから先はヨッドヴァフにある神話のとおりとなる。

 神話を要約するとこの一文となる。

 ヴァフは聖剣グロウクラッセと退魔の鐘を携え、ヨッドヴァフを平定する。

 だが、その聖剣グロウクラッセは現在、聖フレジア教会に展示されているものがその現物となる。

 打ち直しと装飾をされたからといって、その本質が変わる訳ではない。

 対魔物用の長大な一振りの剣でしかない。

 それは一つの象徴としては優れたものかもしれない。

 外部からの意匠では気がつかない魔術装置があったとしても、それは長大な剣の目的を越えない程度のものでしかない。

 つまり、ヴァフ個人が扱えるものでしかないということだ。

 それはグロウリィドーンやその周辺地域一帯に居る魔物を一掃できる程の強力な武具としてはなり得ない。

 ここまではヨッドヴァフの歴史家の間でも共通の認識がある。

 だが、歪められた真実と国家の威容はこれ以上の研究を難しくし、真相にはなかなか至れない。

 歴史家や学者の間で長年議論となっているのはヴァフが携えていた退魔の鐘がどのようなものであったのかである。

 当時の肖像を見るに、予言者ヴァフは片手で扱える程度の剣と、ハンドベルを手にしているものが多く描かれている。

 だが、ヴァフが大柄な男であったという史実と、グロウクラッセの長大な長さからしてこの退魔の鐘は教会の鐘程度の大きさがあったのではないかと言われている。

 しかし、現存するヴァフの衣服や生活の痕跡がグロウクラッセを片手で扱える程の巨人ではないことを示しており、もし、仮にヴァフがグロウクラッセを片手で扱っていたとしたらそれは、人ではなく、魔物であったということになる。

 その真相は結局のところ、ヨッドヴァフ平定のおりに退魔の鐘だけが逸失したがゆえに定かではない。

 当時の文献に残る規模の魔物がもし、存在したのであればヴァフはいかにしてそれらを退けたのだろうか。

 それらの疑問を全て抱えて、退魔の鐘はヨッドヴァフの民の前から姿を消した。

 ヴァフにより平定されたグロウリィドーンは、一つの国家として成り立ち、ヨッドヴァフを形成する。

 ヨッドヴァフ一世の長きに渡る治世の中、東方より進撃してくる侵略者を打ち倒しかつての首都オーロードを奪還し、ヨッドヴァフはその堅牢な国家としての礎を築く。

 オーロードを取り戻し、ヨッドヴァフは初めて国としての誇りを取り戻し独自の文化を歩んでゆくこととなる。

 大きな困難を退けたヨッドヴァフの民は再び自らの国が蹂躙されぬために、他国を知ることに勤めた。

 そのための交流機関の代表として、自国の学問の発展という名目でアカデミアが開設される。

 アカデミアはヨッドヴァフの支配階級にある人間に適切な学問を授け、高度な社会を形成するのに大きく貢献した。

 支配階級にある者は読み書きはおろか基礎的な学問の他に、自らが担う役割を果たすために必要な学問を様々な見地から修めることができた。

 また、経済が落ち着くに至り、狭く厳しい、限られた門ではあるが市井の者の中にもアカデミアで学問を修めるものが現れはじめた。

 知識階級がヨッドヴァフに生まれたのだ。

 だが、余裕の生まれた知識階級にある者達は自らのルーツである祖国の歴史を明らかにするために退魔の鐘がなんたるかを調べずにはいられなかった。

 それは個人という人間がある一定の時期に自らの祖先を調べる欲求に酷似している。

 己が何者であるかという拠り所をまず血に求め、そして、その血が育まれた国を知ろうとする。

 それは必然的な欲求ではあったが、いまだ成熟過程におけるヨッドヴァフにおいては危険な行為とみなされた。

 その頃から、彼等支配階級にある者からフィダーイーの天秤の噂が広まりはじめた。

 ある一定の情報を知った者が次々と謎の死を遂げていく中、ヨッドヴァフ一世は退魔の鐘に関する記述のことごとくを王室封印図書として王城の地下に封印した。

 それから、学問に携わる者の間で退魔の鐘に関する研究は一つの禁忌ともされた。

 それより長い年月を経て退魔の鐘への関心は風化し、彼等はよりいっそうの豊かさを求めて国を発展させる。

 ヨッドヴァフ一世が逝去し、晩年に成した子であるヨッドヴァフ・ザ・セカンドがその王位を継承し後の治世を行った。

 ヨッドヴァフ・ザ・セカンドを王として見た場合、当時の風評は決していいものとは言えなかった。

 偉大すぎたヨッドヴァフと比べられたこともあるが、その関心の多くが内政に向いていたことがあったのだろう。

 だが、未だ先の歴史家は当時のヨッドヴァフ・ザ・セカンドは正しき選択をした王だと評する。

 ヨッドヴァフ・ザ・セカンドは報復の侵略に傾く国内の気運を殺し、内政の充実に傾倒する施策を次々に打ち出した。

 ヨッドヴァフの作地面積の検分に、人口調査、人民からの兵器の剥奪と組合の統制。

 それらの治世の数々は当時の人民には物足りなく思えたのかもしれない。

 だがしかし、今のヨッドヴァフを作ったのは他ならぬヨッドヴァフ・ザ・セカンドであり向こう二百年の間、ヨッドヴァフはその施策の恩恵にあずかることになる。

 逝去を前にして、幼年のヨッドヴァフ・ザ・サードに聖剣グロウクラッセの打ち直しの委細を指示したのもヨッドヴァフ・ザ・セカンドであった。

 何故、そのようなことをしたのか。

 それは人民に、戦の終わりを告げ、繁栄へと向かう時代を象徴として理解させるためである。

 後世の歴史家はそうヨッドヴァフ・ザ・セカンドを分析し、また、それが正しい見方であることは揺るぎなかった。

 そして、現代のヨッドヴァフ・ザ・サードへと時代を託される。

 当世の王としてヨッドヴァフ・ザ・サードの評価は近隣諸国の見解も含め、非の打ち所が無い王であった。

 経済が発展し、国情が安定するに従い、今まで国を支えてきた古き悪習が内乱を引き起こしはしたものの、それは想定の範囲の内であった。

 その内乱は鉄鎖解放戦役のことを指すが、それはあらかじめヨッドヴァフ・ザ・サードが予見していた戦役でもあった。

 ウィルヘミナ卿を中心とした急進派の勢力をまとめて排除し、政治勢力の盤石を築くと新たに力ある人民に広く様々な選択肢を与えることで内政の充実を図る。

 初代ヨッドヴァフが剣の力で国を開いたのであれば、次代のヨッドヴァフは国を治めたと言える。

 そして、ヨッドヴァフ・ザ・サードは自らに与えられた責務というのを深く、理解していた。

 だから、こそ。

 希代の王としての系譜を連ねるヨッドヴァフの三代目は後世の歴史にも魔王と称される最も残虐で、非道な王としての汚名を被ることとなる。

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