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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第1章 『最も弱き者』 6

 「んー、可愛いな」

 「ほら、やっぱり可愛いでしょ?」


 リバティベルのカウンターでごろつくスタイアとシャモンは風呂から上がり、服装を整えた少女を見てエールの杯を傾けていた。

 今まで一度も可愛いと言われたことの無い少女は、赤くなって俯く。


 「最初見た時は泥臭いガキだと思ったけど、風呂入れば変わるモンだな」

 「泥被って髪もぱさぱさだからわからなかったでしょうけど、目鼻筋も整ってるしいい線いくんじゃないかなーとずっと思ってたんですよ」

 「これはこれでなかなかそそるモンがあるじゃないか」

 「でっしょう?たまにゃーロリータ趣味も悪くないでしょう?」

 「でもよースタさん。ロリって実際どうなんだ?ぶっちゃけ入らないだろ?」

 「そりゃあ、そうでしょう。むしろ入っちゃったら逆に僕らのも子供サイズってことになっちゃうからそれはそれで哀愁をびんびんに感じちゃいますよ」

 「そっか、感じちゃうのか。びんびんに」

 「感じちゃうんです。びんびんに」


 既に大分酔いが回ってきているスタイアとシャモンは一斉にげらげらと笑い出した。

 下品に笑う男達を少女が怪訝そうに見つめる中、ラナは溜息だけつくと、厨房でヨブ鹿のステーキに火を通す。

 表面に火を通すと、ヨルクマトンのチーズをたっぷりと肉の上にのせ、オーブンで溶かすとその上から常時煮込んであるソースを掛けて、副菜を盛りつける。

 ポタージュのスープとパンを添えてトレーに乗せると、カウンターで待つ少女にそれを振る舞った。


 「……私、お金無いよ?」

 「食べなさい」


 ラナはエプロンで手を拭くと、シャモンとスタイアのエールのグラスを下げる。

 鼻をつくチーズの芳醇な香りと、肉汁のはねる肉の濃厚な甘い匂い、もうもうと湯気を上げるポタージュの匂いが少女に空腹を思い出させる。

 少女はラナとスタイアの顔を交互に見る。

 スタイアはようやく少女に気がつき、小さく頷いて促した。

 少女は何も言う暇も無く、かぶりつくようにフォークとナイフでステーキに挑みかかる。

 獣のように食べる姿を見かねたラナが肉を切り分ける横で、スープの熱さに少女が咽せる。

 思わず、笑ってしまいそうになるような味を堪能し、喉に押し込む度に腹の底に落ちる感覚を覚える。

 皿を舐めて最後のソースの一滴まで食べ終えて、余韻に浸る少女だったが、やがて、思い出したかのように厳しい顔つきを取り戻し、カウンターから離れた。


 「おや、もういくのかい?」


 少女の様子に気がついたスタイアは酔いの回った瞳で少女を見つめた。


 「うん」


 少女はスタイアに向けて大きく頷くと鼻を鳴らす。


 「ここにはもう来ない」


 少女はきっぱりとそう言い切って口のすり切れた袋から金貨を手に取る。

 それを力一杯、スタイアに投げつけて未練無くドアを開けてグロウリィドーンの街の中へ消えてしまった。

 スタイアは受け取った金貨を指で弾くとポケットの中に仕舞う。


 「スタさん。そいつぁ賄賂って奴じゃないのかい?」


 シャモンは苦笑する。


 「へっへ。いい仕事でしょう?」


 スタイアはシャモンの冗談に乗って苦笑した。


 「しかし、いいのかい?行かせちまって」

 「貧すれば鈍する。あの子は利口ですよ。ここに長く居たら、自分を支える物がなくなっちゃうってことに気がついたんでしょう」

 「で、今の生活に逆戻りだ」

 「さぁ、どうですかね?あの様子じゃあ、何か思いついたみたいですし、そりゃあないんじゃないですかね?お腹いっぱいになって少し休むと、どうにかいい考えってのは浮かんでくるモンなんですわ」

 「……見越して飯喰わせたのか」

 「手を貸して甘えっぱなしになる人間は容赦なく切り捨てますよ僕は。とてもじゃないけど、他人の人生背負い込めると思える程、自惚れてはいませんから」


 スタイアはそれだけ言うとカウンターを離れる。


 「でも、いちおー、虫を飛ばしておきましたよ」

 「……へぇ、ユロの野郎が珍しく昼間に居ないと思ったらそういう理由かい」


 ラナがスタイアの外套を手渡し、スタイアは手早く外套を羽織る。


 「そいじゃま、夜遊びしてきま――」


 そのまま店を出ようとしたところ、スタイアはドアを開けたところで誰かとぶつかる。

 転びそうになったスタイアを支えたのは黒い僧衣を纏った偉丈夫だった。


 「大丈夫か」

 「おや、噂をすればなんとやら――ユロさんじゃないか」


 浅黒い顔を戸惑いに彩る偉丈夫――ユーロからは土の匂いと、僅かな腐臭がする。

 シャモンは酔った眼を細め、ユーロを見つめると、ユーロは思わず目を逸らす。


 「……墓堀が昼間から出歩くなんざ、珍しいと思ったんだよ」

 「そういうときも、ある」


 ユーロはぼそぼそとか細い声で応えると、カウンターに座った。


 「つきとめた」

 「あんだって?」

 「ビリハム・バファー伯爵が教会から預かった身よりの無い子供を貴族の間に奴隷として斡旋している」


 シャモンは酔った頭で色々と考える。

 ユーロは結論からまず話す癖があり、それがしばしば人の誤解を誘う。

 それは本人も気にする悪癖だ。


 「――奴隷制度は何年も前に廃止されてんだぞ」

 「だが、おかしい」

 「そりゃそうだ。律法で禁止されたことを律法を決めた貴族が破ってるのはおかしなことだわな」

 「――売られていく人数と、集められた人数が違う」


 そこでシャモンは眉を潜める。

 スタイアは笑って応える。


 「……奴隷を売買すること自体は問題じゃあないんですよ。そうしなければ生きていけない人だっている。シャモさん、僕らはそういう時代の人間だったでしょう?――だけど、問題は、その奴隷をどのように使っているかが問題なんですよ」


 スタイアの目は笑っていなかった。

 シャモンはひとしきり顎を撫でて考え、しばらくして大きな溜息をついた。

 その瞳からはもう、酔いが消えていた。


 「……今夜にも、鐘は鳴るかね?」

 「鳴らしましょうかね」


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