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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第5章 『褐色の幽霊』 12

 僕とダッツ、スタイアが知り合ったのは鉄鎖解放戦線が終わって五年もした頃だった。

 カーマイン家の嫡子としての僕は初陣を十七の時に鉄鎖解放戦線で行った。

 鉄鎖解放戦線の後、僕は第三騎士団の正騎士として急増した山賊退治や魔物退治に明け暮れる日々を送った。

 カーマイン家はフリッシュ家の遠縁でね。

 没落貴族の嫡子として僕はなんとしても近衛騎士に成り上がり家名に誉れをと必死だった。

 騎士長に昇格するのには五年の歳月が必要だった。

 騎士長に昇格してはじめて受諾した仕事が僕と、ダッツ、そしてスタイアと出会ったバルツホルドの戦いと呼ばれる魔物掃討戦だ。

 その頃は冒険者制度が制定され、騎士団とは言ってもならず者の自警集団でしかなかった。

 そんな折、遠征中で不在の騎士団長室に呼び出され、フリッシュ卿から直接この討伐任務を与えられたんだ。

 ダッツはその時もそこのソファで大きな態度で座っていたな?


 「アーリッシュ・カーマイン騎士長、ただいま参りました」


 そう僕が言うと、ダッツは鼻を鳴らしたよな。


 「騎士長様、か」


 一目見て冒険者あがりだとわかった。

 騎士と冒険者の確執というのはその頃が最も酷くてね。お互い、同じ獲物の取り合いをしてるから余計に険悪さ。


 「騎士様の行儀良い剣術で魔物を倒せるのかね?」

 「倒すべき敵であれば、容赦はしない」


 フリッシュ卿も笑っておられた。


 「頼もしいな?どちらかが死ぬまで見てもいいのだが、それではまた指揮官を選定しなおさなければならないので私の手間が増える」


 ダッツはどうしても僕が気にくわなかったらしいし、僕もまた、彼が気にくわなかった。

 そんなときだね、スタイアがのろのろと入ってきたのは。


 「どうも、遅れましたかね?」


 背筋を丸めて自信がなさそうに肩を落としてきょろきょろと部屋の中を見て回っていたよ。

 その頭に乗っていたヘルムだけが妙に傷だらけで印象的ではあったんだけどね。

 その中で唯一、フリッシュ卿だけがそのヘルムを見て驚いていた。


 「これはこれは」

 「あんれま」


 フリッシュ卿とスタイアが一瞬顔を合わせて互いに驚いたのは覚えている。

 だけど、それ以上に言葉は交わさなかった。

 僕はてっきりどこかの魔物討伐か何かで一緒に戦ったことのある冒険者だと思っていたが実際は違った。

 鉄鎖解放戦線の最後の戦いで二人は戦っていたんだ。

 フリッシュ卿の脇腹には今でもスタイアが付けた傷があるはずだよ。


 「スタイア・イグイットです」


 どこか自信がなさそうに呟いたスタイアにダッツは辛辣な言葉を投げかけたよ。


 「……こんな弱そうな奴が戦えンのかよ」


 スタさんは苦笑するとずうずうしくもダッツの横に腰掛けてフリッシュ卿の言葉を待った。

 辟易としたダッツが「気にくわねえ」と呟いていた。

 僕も正直、騎士らしくない振る舞いが見ていてたまらなく嫌だった。

 僕ら騎士は民を守る為に剣を取ることを許され、その力を振るうには正しい振る舞いを覚え、決して誤って民にその力を振るい傷つけてはならないと思っていたからね。

 粗暴なダッツと、卑屈そうなスタイアは正直、僕も気に入らなかった。


 「さて、諸君。君達はバルツホルドの西側に広がるコルカタス大樹林に魔物が集まりつつある。物見の予見では七日ほどで小隊規模となるとの見方でね。これらを君ら有望な騎士らが新たに率いる部隊でもって駆逐、殲滅して欲しい」


 フリッシュ卿はそこからこう、付け加えた。


 「ただ、現在、第七騎士団はみての通りアブルハイマンのゴルタニア砦に巣くう山賊討伐にその多くを出兵させており、また、グロウリィドーンの治安を守るためにも正規の騎士をこの任に当てることはできない」


 僕ら三人はそれぞれ、怪訝な顔をした。


 「よって、君らには冒険者を七日間の速成で調練し、この魔物の殲滅に当たって欲しい。本作戦のために登用した冒険者は既に練兵所に待機させている」


 騎士長になって初の任務が殲滅戦だったから、僕は燃えたよ。


 「作戦名はそうだな……ブレイザブリッグとでも付けておこうか。栄光の杯ブレイザブリッグにグレメンデンの蜜を注ぎ、アルマガラの獣を従えた故事に習って」

 「必ずやご期待に応えてみせましょう」


 ダッツはいやらしく僕を笑い、スタイアはぼぅっとしたままフリッシュ卿を見上げていた。

 そして、おもむろに尋ねたんだ。


 「……調練の方法は任せてもらっていいんですかね?」


 フリッシュ卿は珍しく考え込んだ後に頷いたんだ。


 「構わん」  


思えば、その時に覚悟を決めていたのはスタさんだけだったんだろうね。

 調練所には今回の遠征に参加する冒険者達が集まっていた。

 どれも覇気に欠け、毎日をだらしなく生きていく浮浪の輩ばっかりだった。

 それらがだらしなく鎧を着込み、それぞれの獲物によりかかってお喋りをしていた。

 そういえば、聖堂騎士団のタグザ、シルヴィアもその中に居たな。


 「ダグザ・ウィンブルグと申します!以後、お見知りおきを!」

 「シルヴィア・ラパットと申します。どうか、お手柔らかにお願いいたします」


 緊張した面持ちのダグザと、その頃はまだ令嬢のようなあどけなさを残したシルヴィア嬢はいささか浮いていたな。


 「シャルロット・ラパットですっ!一生けんめーがんばります!」」


 シルヴィアはシャルロットという妹と一緒に今回の遠征に参加していた。


 「……手間がかかりそうだな」


 ダッツがそう零すのも無理はなかった。

 無目的に与えられた自由というのは無節操なものだからね。


 「集合ッ!これより、バルツホルド遠征隊の点呼を行うッ!我がアーリッシュ・カーマイン旗下に集うグランリバスタ隊は名乗りを上げろっ!」

 「ダッツ・ストレイル旗下ガングライオ隊、集えっ!」


 グランリバスタ、ガングライオはブレイザブリッグの故事に出てくる英雄の名前だ。

 僕らは作戦名にちなんで自分たちの分隊の名を付けたんだ。


 「じゃあ、僕の部隊は集まってくださいな」


 僕やダッツに比べ、スタイアはぞんざいに部下を集めていた。

 シルヴィア嬢の妹君、シャルロット嬢が不思議そうに尋ねていたよ。


 「スタイアたいちょー?部隊名は無いのですか?」

 「アスラガ隊とでも名乗っておきましょうかね?」


 アスラガ、というのは不吉な名前だった。

 元来純真だったアルマガラの獣に力と知恵と雲を与え、暴虐の限りを尽くさせた戦の賢者の名前だったからね。

 だらだらと集まる冒険者達を一人前の兵士にするための一週間が始まった。

 この練兵はとても僕らの性格を表したものだった。

 ヨッドヴァフ正騎士として調練されてきた僕はそのノウハウに基づいた部隊運用を中心とした練兵、戦場で鍛えられたダッツは限界まで肉体を追い込んだトレーニングで団結力を高め、模擬戦を中心とした練兵。

 僕の部隊が隊形変換の調練をする横でダッツの部隊が声を出しながら走り、調練しているような状況だった。

 だが、スタイアの部隊は調練の四日目まで練兵所に姿を現すことがなかった。


 「……四日目だぜ?逃げたんじゃねえか?」


 その日の調練を終えたダッツが僕にそう言った。

 僕もそう思ってしまっていた。

 だがね、彼等は四日目の夕方に帰ってきたんだ。

 僕らは目を疑ったよ。

 支給された鎧のことごとくがぼろぼろになっていた。

 四日前のだらだらした雰囲気などどこにもなく、皆が皆、幽鬼のような顔つきで背中を丸めて歩くスタイアに付き従っていた。


 「アスラガ隊、各自、解散しましょう。流石に疲れましたよ」


 スタイアが短くそう告げると、僕やダッツの部隊より遙かに機敏な態度で敬礼を返したんだ。

 シルヴィア嬢の妹がスタイアの鎧具足を受け取り、まるで、騎士団長に対し使い番の見習い騎士が行うように具足を磨きはじめたんだ。


 「そんなことをする暇があれば、休めばいいのに」

 「いえ、せめてこれくらいはさせて下さい」


 底冷えするような声でシャルロット嬢はスタイアにそう返していた。

 その横でシルヴィア嬢がスタイアに傅いて尋ねたんだ。


 「……スタイア隊長。これよりアスラガ隊は休憩待機に入ります。お疲れと存じ上げますが、お時間があれば剣の手ほどきを願いたいです」

 「休憩待機?なんですかそれ。そんなの部隊用語にゃありませんよ。僕も少し疲れましたし、お互いきっちり休みましょうや。それに、僕相手に剣を学んだところで役には立ちませんよ」

 「……少しでも、生き延びる為には必要です」

 「なら、考えなさい。君が相手にするのは僕のような人間じゃあない、魔物だ。人間と違って言葉が通じませんからね。足を食いちぎられ、腕の一本になっても殺すことをやめません。そんな相手にどうやって相手の息の根を止めるか」

 「ですが……」

 「考えることを人任せにしたとき、真っ先に死ぬのは自分ですよ?そのときは僕は君を真っ先に魔物のエサにして、その背後から君ごと叩き斬ります」

 「……ありがとう、ございます」


 どれだけの厳しい戦場に立たされれば感謝の言葉を返せるのかを察するには、事実、戦場に立つしかない。

 どうしようもならない現実を当たり前のようにつきつけ、それでいてなお、そうすべきであると教えられる指揮官は少ない。

 だが、その当時の僕としては少なくともそうあるべきではないという自負があった。

 死ぬべき時に死ぬのではなく、訓練と称した強行軍で部下を死なせたスタイアに僕は正直、好感を抱けなかった。

 僕は尋ねたよ。


 「君は今まで、どこに行っていた」

 「ニンブルドアです。やっぱり、というか、死にますね。あそこじゃ」


 フィルローラ司祭も聞いたことはあるだろう。

 ニンブルドアという魔境の噂を。

 生者なき死者の国、魔物が魔物を喰らい淘汰し洗練する人が踏み入れられない魔物達の聖地。 


 「なぜ、死ぬ必要もない部下を殺した」

 「この程度で死ぬくらいなら本番でも死ぬでしょうね。なら、早めに死なせてあげた方がいいでしょう?」

 「何人死んだんだ」

 「四人くらいですかね。はじめの一人は逃げようとしたんで僕が殺しました」

 「いみじくも国王から預かる民を斬り殺したというのか」

 「そんな考えで、どうにかなるモンなんですかね?」


 そう言ったスタイアの瞳は厳しかったよ。

 僕やダッツが見ようとしなかった現実と、スタイアはもうその時から真っ向にとらえて戦う気で居たんだ。

 バルツホルドの戦いの真の目的はふくれあがった冒険者の数減らしだ。

 そこに冒険者あがりの騎士隊長を含め、僕のような貴族出身の死んでも痛く無い人物を混ぜたんだ。

 そうすれば、名目上は口減らしとわからないからね。

 僕もなんとはなしには理解していた。

 いや、理解していたツモリだったんだ。

 調練の為に与えられた猶予の期間を僕は教本通りに、ダッツは彼なりの厳しさと優しさを持って、そして、スタイアは非情と誹られ、人に理解できない真実をつきつけながら過ごした。

 バルツホルドの戦いは望もうと望まざると出征を命じられることになる。

 僕ら三人の部隊のうち、一番練度が高かった部隊は言うまでもない。

 スタイアの部隊だ。

 本当の戦場を経験させ、死を覚悟させ、また、その中で自らを救い、また、自らが死ぬに値する指揮官であることを見せていたスタイア隊の顔つきは皆、食い詰めた冒険者のそれではなく、一人の戦士の顔だった。

 踏んだ場数の数だけ、強くなれるとは言うが、それを地でやれば命が無いのが現実だ。


 「……酷い奴だな。君は」


 僕がそう言った時、彼は飄々としながら答えたんだ。


 「強くあれ、それが騎士也。それで飯、喰ってるんですから仕方にゃあですよ」


 僕の持っていた矜持など、所詮、彼からすれば貴族の坊ちゃんの安っぽい自尊心と変わりはしなかった。

 僕らはバルツホルドの東側に前駐を作り、小隊長のみでの偵察を行った。

 下命を受けた情報通り、魔物の軍団がそこにはできあがりつつあった。

 サーモディッグ、と言ってもなかなか魔物に詳しくないとわかりはしないだろうが、節くれだった腕と足を持つ人に似た魔物だ。

 人間ほどではないが知能を持ち、粗末な武器を持ち、ハイモディッグと呼ばれる優秀なリーダーに率いられ集団戦闘を行う。

 彼等を総称してディッグと呼ぶんだ。

 サーモディッグの取る戦法は至って単純だ。

 数に頼んで押し切る。

 バルツホルドを攻めようとしているディッグの数は数千にも登った。

 対して僕らは百人にも満たない手勢しかなかった。


 「……厳しいねえ」

 「どう考えても無理だろうが」


 厳しいと呟いたスタイアをダッツが否定した。

 事実、その通りだと僕は思った。


 「数は力だ。気合いだけで乗り切れるモンじゃあねえよ」

 「あんれま、普段、部下に気合いが大事だとか言ってる人の言葉にゃあ聞こえないですよ」

 「気合いでどうにでもなる範囲ってのを知ってるから言えるんだよ」

 「まぁ、その通りですね」


 スタイアは妙に納得して渋い顔をしていた。


 「……増援を進言する。事態は僕らの手に負える状況じゃあない」

 「無駄でしょうに。それっくらい僕らは理解してるんじゃあないですか?」


 核心をつくスタイアが憎らしく思えたよ。


 「なら、君ならどうする?」

 「適当に戦って逃げましょうや。喰ってくだけなら騎士じゃなくても構いませんでしょう?」

 「だが、僕は騎士だ。騎士としての生き方しか、知らない」

 「じゃあ、死にますかね」


 スタイアは淡々と言ってくれたよ。

 僕らが騎士なら、死ぬべきだと。


 「断る。死ぬのはいつだってできる。万難を目にして引くことができるものか。バルツホルドの民が蹂躙されるのを知り、おめおめと死に逃げられるものか」

 「なにゆえ?」


 ほんの少しだけ、考えてしまったのを覚えている。

 高貴なる者の義務か、騎士の名誉の為か、そのいずれも違い、僕は僕の言葉で彼に答えたんだ。


 「それが、アーリッシュ・カーマインという生き方だ」


 スタイアは苦笑しながら皮肉を言ったよ。


 「力無い畜生がいくら吠えたところで、喰い散らかされるだけですよ」


 ダッツも鼻で笑った。


 「……ならば僕が君たちの背中に剣を突きつける。スタイア・イグイット、ダッツ・ストレイル。あれを殲滅する全てを僕に寄越せ」


 大きな溜息をついてくれたよ。

 スタイアは背中を丸めてしばらく僕を見た後、小さく呟いた。


 「なら、やりますかね」


 どこにも覇気は無い。

 だが、やるといったらやらねばならない。

 それが、命を簡単に捨てる男達の矜持だからだ。


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