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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第5章 『褐色の幽霊』 8

 スタイアが居ないだけでリバティベルの客は足を遠のける。

 生粋の冒険者稼業をしている人間は危険に聡い。

 店に入り浸るシャモンや、かわりにカウンターに立つラナの様子から事態を察し、近づかないようにする。

 手練れの冒険者達が足を遠のければ、彼等の話を目当てに来る新参の冒険者も足を遠のける。

 店の中にはそれでも様子を見に来る客が数人散見されるだけで、タマは閑散とした店の中の掃除を終えると、手伝いに来てくれたマリナに夕食を出す。


 「……随分と、大人の顔つきになったのね?」

 「ありがとうございます。でも、私はまだまだ勉強しなくちゃいけないことが一杯あります。マリナさんからももっと勉強させてもらいますからね?」


 そう微笑んではいるが、どこか辛そうだ。

 まるで、スタイアのようだとマリナは思った。


 「子供は親に似るのかしらね」

 「私はスタさんの子供じゃないです。スタさんの奴隷です」

 「愛情を持って接していることくらい、誰だって理解できるわ。辛いからこそ、誰かに優しくしてもらいたい、だから、誰かに優しくする。例え、自分が優しくされなくてもね」


 タマは黙って一礼した。

 その所作だけでタマがマリナの経て来た道を察せるだけの器量を身につけていることが推し量れる。

 マリナはやはり、この子はスタイアの子だと思った。

 マリナは静かに立ち上がるとエプロンを外す。


 「じゃあ、私は自分のお店の方に戻るわね?スタさんが許すなら今度、うちの店でも働いてみない?いい勉強になるわ」

 「……でも」

 「アンネは可哀想だった。だけど、仕方がないの。私たちは弱いから。吹けば飛んでしまうような弱い私たちだから、しっかりと身を寄せ合わなくちゃいけないのよ?」


 タマを撫でるマリナの優しい笑みに、タマは泣きそうになった。


 「あ、そうだ?どうせなら、途中で買い物していきましょうか?お姉さんがタマちゃんに欲しい物、なんでも一つ、買ってあげるわ?」


 タマは俯いて泣き出しそうになる。


 「……なんでも、いいんですか?」

 「ええ。タマちゃんは頑張ってるわ。良い子にはご褒美が必要ですよ?」


 おどけるマリナを見上げ、タマは目に涙を溜めながら訴えた。


 「あの……何も、要らないです。ご飯も、我慢します。貯めてたお金も、みんなあげます。また、誰かに叩かれてもいいです。だから、スタさんを助けてください」


 マリナは黙ることしかできなかった。


 「スタさんを……ご主人を助けて欲しいです………うぁぁ……ああぁああん!」


 泣き出したタマはやはり、年相応の子供だとマリナは痛感する。


 「スタさんが居ないよぉおっ!何処に行ったのぉ?……スタさぁん!」


 スタイアが愛した分だけ、また、スタイアも愛されていた。

 単純なことだが、だからこそ、誰も見ていられなかった。

 カウンターで一人呑んでいたシャモンが苛立たしげに吠える。


 「うるっせえぞ!酒が不味くなる!泣くなら店出て泣きやがれ!」

 「うぁあぁああっ!ああぁああっ!ああん!あぁああっ!」


 怒鳴られたことでタマはより大きな声で泣き出した。

 マリナはそのタマの背中をそっとさすり、シャモンを睨みつけた。

 シャモンはマリナの瞳を真っ向から受け止め、鼻を鳴らした。


 「俺たちが死に散らかすのは今に始まったことじゃあねえよ。俺も、それこそスタイアも特別な訳じゃあねえだろうがや」


 シャモンは厳しくいい放つとタマの頭を小突いた。


 「泣くんじゃねえ!子供だからっていつまでも甘えてんじゃねえぞ!」

 「子供だもん!泣くもんっ!もっと泣くもんっ!」


 タマはシャモンを見上げて怒鳴り散らした。


 「シャモさんは大人なんでしょ!だったらスタさんを助けてあげてよ!」

 「それができたら苦労しねえよっ!言っただろう!強い奴だけが選べるんだよっ!てめえはいつまでガキのまんまで居るツモリだよっ!」

 「パパがいないんだもん!なんで泣いちゃいけないのさぁああっ!うわ、あぁ、ああぁぁあ………ああああん!」


 シャモンは拳骨でタマの頭を力一杯殴った。


 「いいか!教えておいてやる!俺も、お前も、そしてスタイアも!他人なんだっ!てめえでてめえの人生背負って歩かなくちゃなんねえんだ!スタイアの生き方をてめえのモンにすんじゃねえぞこのゲスっこきがっ!」


 シャモンは言ってしまい、ばつの悪そうな顔をする。

 タマは嗚咽を繰り返し、それでも泣くことを止めようとした。


 「……ごめん、なさい」

 「わかりゃあ、いい」


 タマの頭を撫でるとカップに残ったエールを一気に飲み干した。

 外ではしとしとと雨が降り始めた。

 雨期に入ったヨッドヴァフの雨は、長い。


 「……スタイアも、今頃どっかで濡れ鼠なんだろうな」


 ラナは黙々と食器を洗いながら外を眺めた。

 シャモンは未だに泣くタマを見つめ、その傍らに立つマリナ、そして、ラナを見渡して小さく溜息をついた。


 「……もう、十年にもなるのか」


 ラナは小さく頷く。


 「はい」


 ラナは食器を洗う手を止めるとおもむろに褐色のローブを手にした。


 「……ラナさんにゃあ何も話さないんだろ?あの野郎は」

 「もとより、口数の少ない人でした」


 ラナは淡々とそう告げた。

 シャモンは大きく、そう、大きく溜息を吐くとタマに告げた。


 「いいか。俺は今から、とてつもなく恥ずかしい行いをする。他人の過去の話というのは本人が生きている間にはするモンじゃあない。人の苦労を暴いて、誰彼構わずに喋るというのはその人の尊厳をないがしろにしてしまう行為だ」


 タマはぐずぐずと鼻を啜り、歪んだ顔で、それでも真摯にシャモンの顔を見つめた。


 「しっかりと胸に刻んでおけよ。スタイア・イグイットという男の生きてきた時代を」


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