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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
52/165

第5章 『褐色の幽霊』 7

 「槍構え、前へっ!」


 王城中庭を借りて第七騎士団と第六騎士団の合同演習が毎日のように繰り広げられる。

 指揮を執るアーリッシュ・カーマイン卿はその練度を明らかに不満に思いながら、難しい顔をしながら視閲していた。

 老練の兵達の中には大規模な戦があると確信し、若い騎士達に心を砕いてはいるが本格的な戦を知らない若い騎士達は明らかに辟易している様子だった。

 調練の過程と実質的な指導を任されたダッツ・ストレイル騎士長も連日の指導にいささか疲労の色が見えた。

 ダッツは不満そうなアーリッシュを見つけると全隊に指示を飛ばした。


 「全隊止め!集合っ!」


 怒号を発しながら集まる騎士達を睥睨し、ダッツは不機嫌そうに告げる。


 「気をつけぇっ!騎士団長にぃ注目ゥッ!」


 二千を超す全隊がアーリッシュに注目する。

 普段、正規に騎士として従事しているのは第七騎士団、第六騎士団あわせて二百人程度だが、準騎士の予備役をあわせればその数は千を超える。

 アーリッシュはその全員を睥睨すると不機嫌そうに告げた。


 「先日、聖フレジア教会に魔物が入った。たった一匹の魔物だ。事前にその情報はもたらされ、聖堂騎士が陣を組みこれに立ち向かったが結果は諸君らの知るところと同じく、全滅だ」


 戦場を知る兵士はそれだけを聞いて緊張をしたが、若い騎士達はどこか他人事のように聞いている。


 「王城の膝元での狼藉捨て置けるか、などとは言わん。だが、我々は真っ先に危機に対してぶつけられ戦って死ぬ立場にあることだけは覚えておけ。死にたくなければ叩き殺せ。叩き殺すための術を修めるのは今しかないと心得ろッ!」


 二千人近い兵達の怒号が返るが、アーリッシュはそっぽを向くと顎でダッツに調練を再開するように示した。


 「解散ッ!」


  ◆◇◆◇◆◇


 訓練を終え、その残務を終わらせる頃には夜半を過ぎる。

 アーリッシュは一人、騎士団の事務室で翌日の調練の調整を行っていた。


 「根を詰めるな。また」

 気心のしれたダッツがその事務室へ無遠慮に、黒湯を温めたカップを携えてきた。 

アーリッシュはひとしきり書類にペンを走らせ終えると、黒湯を受け取り大きく息を吐いた。


 「未だ、至らず。だ」

 「しんどいな」

 「生きるというのはしんどいものだろう?果たさなければならない責務があるのであれば果たさねばなるまいさ」

 「そうはしなくても生きていくことはできるだろうに」

 「飯を喰って、クソをひるだけじゃあ肉袋と変わらない。何を成したかこそが生きたということだ」

 「だんだんスタイアみたいな事を言うようになってきたな?だが、そいつぁ余裕のある贅沢な人間の考え方だ」

 「残念だが、僕らには考えるという贅沢をする余裕があるらしい」


 アーリッシュは苦々しく笑みを浮かべると、黒湯をすすった。


 「苦いなぁ。スタさんところのデザートが食べたい」

 「甘ったるすぎんだろ、あんなモン」

 「とはいえ、君も訓練中の聖堂騎士の若い連中に良く差し入れてたじゃないか。冒険者あがりの荒くれ者かと思ったら結構繊細だってことで人気があったらしいぞ?」

 「俺は曲がりなりにも元々商家の坊ちゃんだぜ?育ちはいいンだよ」


 ダッツは不機嫌に鼻を鳴らすと、ソファにどっかりと座り自分も黒湯を啜った。


 「……スタイアが来なくなってもう半月だな」

 「リバティベルの方にも姿を現していないようだ」

 「丁度、聖フレジア教会の惨殺が行われた日と符号するな?」

 「半ば強制的に立ち入り調査を実施したよ。地下祭壇の奥に旧史跡へ通じる隠し通路があった」

 「……よく見つけたな、ンなモン」

 「朝、起きたら枕元にメモが残されていてね。ぞっとするよ。このグロウリィドーンでは自宅であっても安心して寝ていられないということだ」


 アーリッシュは苦々しく目を細めて言った。

 ダッツは小さく溜息をついて続ける。


 「そりゃ、死の妖精の仕業だな」

 「知ってるのか?」

 「五十年くらい前の話だ。人の入った形跡の全く無い邸宅で朝、起きたら夫人の横で侯爵の喉が切られて冷たくなっている。僅かに開いた窓から入った死の妖精がニンブルドアンに魂を連れて行ったってな?」

 「迷信にしては具体性がありすぎるな」

 「バカにするなよ。迷信ってのは必ず元ネタがあんだよ。だが、こればっかしは元ネタなんて生やさしい話じゃあない。必ずそこに死体が残ってるし五十年前からずっと続いている」

 「まるでフィダーイーの悪魔だな」

 「フィダーイー……フィダーイーか」


 ダッツは苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をする。


 「そいつは冗談にしちゃあ笑えない」

 「……どういうことだ?」

 「フィダーイーは実在する。冒険者達の間では暗黙の了解ですら、ある」


 ダッツはそれ以上を言っていいのかどうか迷った。

 アーリッシュは促すように続けた。


 「迷信なら知っている。世界の天秤が傾くほど人の命が生まれた場合、フィダーイーの悪魔は傾きを直すためにニンブルドアンの向こう側へと命を運ぶ。見るからに不審な死に方をした人間はフィダーイーによってニンブルドアンに運ばれたと言われる迷信だ」

 「フィダーイーに殺されているのは間違いない。だが、世界の天秤なんて俺は見たこともないし、どこにあるなんて聞いたこともない。要するにそんな物はどこにもねえんだよ。だが、フィダーイーが存在するのが本当である以上、世界の天秤ってのはそれ相応の意味をもった暗喩ではあるんだろうさ」

 「いやに奥歯に物がひっかかった言い方をするじゃないか」

 「……アサシンギルドの噂は聞いたことはあるか?」

 「それこそ迷信と同じくらいの信憑性だろう。グロウリィドーンの地下水道に悪魔の王を礼拝する祭壇を作り、そこを本拠とした黒衣の殺し屋集団。それらが行ったと言われる変死事件も多々あるが信憑性は薄い」


 アーリッシュは言葉にするごとに自分の言葉を疑う。

 ダッツはそれだけで察し、小さく溜息をついた。


 「知らされていることだけが真実じゃあない。指揮官なら部下に最前線は死ぬ可能性が高いけど、仕事だから死んで来いとは言えないだろう」

 「……そうか、そういうことか」


 アーリッシュは大きく溜息をつくと肩を落とした。

 ダッツは深々とソファに背中を預けるとぐったりと力を抜いた。


 「だが、目に見える実態がないのも確かだ。たとえば、お前はスタイアがいわゆる暗殺者ギルドの一人だという話を聞いて信じられるか?」

 「そんな素振りは見えなかったな」

 「そうだ。スタイアはリバティベルの店長であり、教会の平信者であり、アカデミアの学吏でもある。面倒くさい話だが、どれもスタイアであってその中に暗殺者であるという側面もまたあるって話だ」

 「ダッツはずっと知っていたのか?」

 「なんとなしにはな。リバティベルに出入りしているのはお前さんより俺の方が長いんだぜ?」


 ダッツは苦笑すると黒湯を飲み干した。


 「お前だってバカじゃないだろう。聖フレジア教会の惨劇の犯人はスタイアだ」

 「……だろうな」

 「やけに素直に認めるじゃないか」

 「あれだけ見事に人の体を斬れるのはグロウリィドーンには数える程しかいないからね。それに……」


 アーリッシュはそこで言葉をためらう。


 「それに?」

 「……女子供を相手に、あそこまで非情になれるのはスタさんを除いていないだろう」


 吐き出して、大きく溜息をつく。

 丁度、その時だった。

 深夜の第七騎士団の騎士団長事務室にノックも無く来客が現れたのは。


 「フィルさんじゃないか。こんな夜更けに来るとは思わなかった。修道女時代のお転婆が恋しくなったのかな?」


 アーリッシュは必死に取り繕うがフィルローラは首を左右に振った。


 「……お気遣いは無用です。一命を取り留めたシルヴィア聖騎士から襲撃者のことについては……いいえ、襲撃者がスタイアさんであることは知っております」


 アーリッシュは言葉を無くす。


 「この事は私だけしか知りません。いえ、正確には私もその場に居合わせました。聖フレジア教会に侵入し、聖堂騎士を惨殺したのは間違いなくスタイアさんでした」

 「フィルローラ司祭。この問題については……」

 「私もそこまで迂闊ではありません。教会と騎士団の関係が大きく崩れるどころか、いくら冒険者身分の準騎士とはいえ、騎士団に対する国民の信用を大きく失墜させることになります。そうなれば民の要らぬ不安を煽ることになります」


 ダッツはソファを空けると、フィルローラに腰掛けるよう勧めた。

 フィルローラはソファに腰掛けると静かに、吐き出した。


 「……それに、それだけの理由がスタイアさん……いえ、教会にあった訳ですから」


 アーリッシュは天井を仰ぐと、とてつもなく重いものが腹の底に沈んでいく感覚に体が冷たくなる。


 「話してくれないか?僕は彼の友人だ」


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