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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第5章 『褐色の幽霊』 6

 大学の地下に広がる史跡の一室でか細く灯る燭台の明かりが揺れる。

 柔らかく揺れる燭台の明かりに照らされ、イシュメイルは静かに黒衣の僧の話を聞いていた。


 「……天秤は傾いた、か」


 どこか悲しそうに顔を歪めたが、すぐに無表情に戻る。


 「……放ったフィッダ・エレは全て斬られたようだな?」


 イシュメイルの言葉に黒衣の僧が頷く。


 「だろうさ。奴はグロウリィドーンで最も殺すアサシンでもある」


 黒衣の僧の瞳が揺れる。

 イシュメイルは気だるげにローブの裾を引っ張ると椅子から腰を上げた。


 「フィダーイーは王室、教会の要請をもってスタイア・イグイットのセトメントを執行する。天秤は傾けては、ならない。私はニザの招集に応える。」


 重々しく響く言葉に黒衣の僧は顔を覆うベールの中から熱い吐息を吐いた。


 「……人として死ねる最後の機会だ。奴を、斬りにゆけ」


  ◆◇◆◇◆◇


 サウスグロウリィストリートの一画でスタイアはぼろぼろになった褐色のローブを抱き寄せ、路地で身を縮めていた。

 昼の喧噪がやけにうるさく、眠りを妨げる。

 とはいっても、もう半月程、まともに眠ってはいない。

 日を追う事に鉛のように重くなっていく体からは鼻を塞ぎたくなるような腐臭がする。

 だが、それももう気にならなくなってきた。

 繁華街が広がるサウスグロウリィストリートには物もらいがよく集まり、スタイアの格好は物もらいのそれと大差は無い。

 通りを行き交う馬車に積まれた肉や香辛料、果実を見れば喉が鳴る。

 だが、静かに膝の間に額を埋めると小さく息を吐いた。

 瞳を閉じ、夜が来るのをじっと待つ。

 雨期の間の僅かな晴れの日の暖かさが妙に心地よく、背中を預けた石壁の冷たさと相まって気持ちよく眠れる。

 だが、夕刻になるころには少し肌寒くなり、静かに迫る夜の気配に否応なくスタイアは泥の中に沈んだ意識を覚醒させる。

 完全に日が沈んだのを見て、起き上がる。

 関節の節々が痛み、起き上がるのが億劫に感じるが、それでも動かなければならない。

 路地の間を抜け、人通りの少ない場所に出ると同じような格好をした物もらい達とすれ違う。

 それらが遠のくと彼等が食べ残した余り物を頂きに、飲食店のゴミを漁る。

 腐りかけた肉とチーズの切れ端を口にし、カビの生えたパンからカビをこそぎ落とすと口に放る。

 ろくに咀嚼もせずに飲み下し、そそくさとその場を移ると建物の石壁に組まれた柱に手をかけ、壁をよじ登る。

 身を低くして屋根の上をネコのように静かに素早く走る。

 屋根から屋根を飛び、なるべく人目の無い場所に移るとスタイアは剣を抜きはなった。

 刹那、ひゅん、と風を切る音がして短剣が飛来した。

 スタイアの剣がその短剣を弾き、短剣の飛んできた方に向き直ると足下の影が揺らいだ。

 スタイアはその場で体を開き、下がると目の前を凄まじい速度で突き上げる剣の切っ先を鼻先に見た。

 影からせり上がるように現れたのは黒いローブを着た人間だった。

 スタイアは二、三合その黒いローブと切り結ぶと力任せに相手の剣ごとその上体を両断する。

 胴体と下肢を両断されたその男は赤い血をまき散らしながらごろごろと屋根の上を転がり、路地に落ちてぐしゃりと潰れた。

 荒く息を吐きながらスタイアが剣を構える。


 「……フィダーイーのセトメントですか」


 既に、スタイアを囲むように三人の黒衣の暗殺者が屋根の上に立っていた。

 スタイアは霞む意識を奮い立たせて叫んでいた。


 「死にたぐねっから殺させて頂きあんす。後生っ!」



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