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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第4章 『死者の王国 愛憎の楔』 16

 リバティベルの喧噪は変わらない。

 くたびれたウェスタンドアを潜れば、どこか煮つめた生の匂いが染みつきくすんだ店内が迎えてくれる。

 どこか寂しくて、暖かいから、声を荒げてしまう。

 連なった声は喧噪になり、響き、互いの生をあらためる。

 冒険者がその命を散らすのは日常のことだからだ。

 ならば、リムローの死は必然であったのか。


 「人は悪意をもって人に害を為す。魔物ですら生きる以上に殺めはしねえのに」


 シャモンはツケで頼んだエールを一気に煽ると、酒気に染まった吐息を吐き出す。

 珍しくその隣でユーロがエールを傾けていた。


 「悪意は見逃される」


 彼はいつでも結論から語る。

 だから、多くの人に誤解を与える。

 しかし、ここでは彼を誤解無く理解できる人で溢れていた。

 その一人であるスタイアはどこか寂しげに呟いた。


 「……世の中には善意より、悪意の方が多いんですよねえ。だから、こそ、ですか」


 傷が痛むのだろうか腹を撫でながら苦しそうにエールを傾ける。

 シャモンはどこかやりきれない溜息をつきながらエールを一気に煽った。


 「……死んだ人の分まで、温い飯、喰いましょうや」


 慰めるように呟くスタイアにシャモンは押し黙る。

 語れるだけ知っている訳でも無い。

 だが、抱えていた痛みは彼等が抱えてきた痛みと同じものであることくらいには理解していた。

 だから、それを痛いと語る不様はできない。


 「タマ公、おかわりだ」


 呑み込むしかない。エールの苦さは痛みを飲むのに良く合うものだ。

 喧噪に乗じて騒げば、忘れられるのだろう。

 だが、狂態を辛いときに晒せる程、若くもなかった。


 「タマちゃん、おかわり」


 スタイアは酔いの回るに任せてタマに代わりのエールを要求する。

 タマはじっとスタイアを見つめて、静かに溜息をつく。


 「ねえ、スタさん」

 「んー?なんだい」

 「怪我でお休みしてるのに何でここに居るの?」


 シャモンは不粋な子供だと思ってしまう。

 だが、それを楽しめない自分もまた、不粋かと笑ってしまう。


 「いやぁ、酒は百薬の長といいましてね?これがまた、効くんですよ。退屈に」


 言い訳を並べるスタイアが苦しそうだった。


 「なら、仕事しようよ」

 「いや、その仕事をすると傷に差し障って痛くなっちゃうんですよ……」


 タマはスタイアのエールをひったくるとラナに目配せした。

 ラナは不機嫌そうに溜息をつくと、何も言わずスタイアの首根っこを掴んだ。


 「もう一杯だけ!ラナさんお願い!もう一杯だけ!」

 「……ご容赦、なりません」


 海洋亭へ引きずられていくスタイアを見つめ、シャモンとユーロは苦笑し静かに溜息をついた。


 「悼めども、明日は我が身を嘆くかね。」

 「忘れは、できないさ」


 二人が高々と上げたカップが乾いた音を立てた。

 店の奥、暖められたミルクに浸っていたパーヴァは苦笑する。


 「明日を夢見る、か」



  ◆◇◆◇◆◇


 聖フレジア教会の地下。

 いや、正しくはグロウリィドーンの地下と言い換える方が正しいのだろう。

 地表の明るさの届かない土の下には幾重にも張り巡らされた蜘蛛の糸のような迷路が広がっている。

 地下下水道とは、違う。

 だが、それは明らかな意図をもってして作られた造形物である。

 正しく長方形に切られた石を積み上げて作られた壁には風化という年輪が刻まれ、とても古い場所であることが伺える。

 その奥に明らかに人を捕らえる為に用いる牢が存在していた。

 イシュメイルは指を鳴らすと、そこに小さな光を産んだ。

 人の目が無ければ、いちいち呪文の詠唱等という演技をする必要はない。

 浮かび上がった光が牢の中を照らす。

 牢の中には銀色の髪の少女が鎖に両の手足を繋がれ、俯いていた。

 力なく垂れ下がった白銀の髪が石畳の上に広がり、紅の瞳が怖れに揺れていた。


 「グィン・ダフ」


 イシュメイルはその少女の名を呼んだ。

 名を呼ばれた少女は力なく頭を上げるとイシュメイルを見上げた。

 イシュメイルはどこか寂しそうな顔をしていた。


 「新しき友よ。汝はその生をもって何を成したというのだ」


 グィン・ダフと呼ばれた少女は首を振る。


 「そう尋ねることが、最早、セトメントの成就。なれば私は暴虐を受け入れる。隣人が与える痛みを受け入れる」


 少女は俯き、どこか寂しそうに告げた。


 「だからこそ、悲しんで下さい。せめて、どうか、悲しんで下さい。悼んで下さい。そして、そう思えることを大切にして下さい」


 イシュメイルはじっと少女を見つめていた。


 「私には、それが未だ理解できずにいる。だけど、確かに、それは我々が隣人と共にあるために、存在する」

「それは、共感だ。他者の痛みをクーリアの域にある痛みから手繰り、自らの痛みと置換する。だからこそ、争うことなく他者を知り言葉を手繰りクーリアを得る。だが、やがて彼等は行き詰まる。痛みを得ることのなくなったとき我々が我々を見限ったように、我々は彼等を見放すだろう」

 「ならば、何故。何故、最も絶望を振りまいたエボニーバイブルは灰色の魔術師と共にあるのでしょうか?灰色の魔術師の持つクーリアを得たからでしょうか?一億の絶望、一つの希望、エボニーバイブルはその最後に何故、あの結末を描いたのでしょうか?」

 「伝説だ」


 イシュメイルはそう言い切った。

 グィン・ダフはそれでもゆるゆると首を振って否定した。


 「ラザラナット・ニザがそれを知る」


 イシュメイルは同じようにゆるゆると首を振る。


 「力なきニザよ。汝はその為に恐怖に身を任せ、許された生を手放すというのか。それは冒涜ぞ。人はまだ、盟約の庇護の元にあらねばならないはずだ」


 だが、イシュメイルはそれでもと思ってしまう。

 グィン・ダフは柔らかく微笑んだ。


 「全てを断ち切る鉄があります。早く収まらず、遅く非ず、荒ぶる訳もなく、また穏やかにならず、理は無く……あなたのクーリアにそれは刻まれているはずです」

 「……あの、男か」

 「はい。私は、人の理をあの人に見つけました」


 あの男ならば。

 古き盟約。フィダーイーのセトメント。そして、ヨッドヴァフ。

 人の理を用い、全てに立ち向かうあの男ならば。


 「よかろう。認めよう、グィン・ダフのセトメント。ニザの冠は汝を離れた。怖れよ。怯えよ。汝の生に弱きままに果てる自由を、与える」


 少女はどこか嬉しそうに笑うと、再び、寂しそうに俯き、悲しみに泣いた。

 イシュメイルはその嗚咽をいつまでも聞いていた。

 グィン・ダフという少女は最後に呟いた。


 「ラザラナット……私は、寂しいよぉ……」

 第4章、これにて終了となります。

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