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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第4章 『死者の王国 愛憎の楔』 11

 ヨッドヴァフまでの道中は取り立ててアクシデントに見舞われず、戻ることができた。


 「……サブオーダーになるのでしょうかね」


 途中、ダッツの犬が引く荷車の荷台でリムローは黒い布を弄んだ。

 それはダッツの槍の穂先に引っかかっていた襲撃者の黒衣だった。

 現実味を帯びない死者の国へ赴いた確かに残る証は、逆に生きていることが幻に思える。


 「そこは交渉の腕次第だろうさ。適当に話を盛るンだよ。コツは本当三割の嘘七割。自分がその光景を見たと信じ切ることだな」


 ダッツはそう言ってぼんやりと空を眺めていた。


 「……随分と詳しいですね」

 「そりゃ、昔、大分盛ったからな」


 街道に出てしまえば、最早、安全であった。

 のどかな日差しの中、どこか気の抜けた彼等はそんなとりとめもない話をしていた。

 考えるべきことは沢山あった。


 「真理が無くても世界は回るかね」

 「君が言った台詞だろうに」


 シャモンはどこか面白くなさそうに御者をしていた。

 そんなシャモンをからかうようにイシュメイルが苦笑していた。

 隣で同じく御者をしているユーロは終始無口だった。


 「ふんふ~ん♪すんすんす~ん♪」


 適当にリズムを口ずさみながら浮かれているのはタマくらいのものだ。

 いや、正しくは彼女も考えてはいるのだろう。

 だが、多くの冒険者がするように生きていることを素直に喜ばなければならない。


 「おう、タマ公。上機嫌じゃあねえか。金の使い道でも考えてンのかね?」

 「うん」


 このような生活を繰り返せばいつかは死ぬ。

 だから、得た物は使えるうちに使ってしまった方がいい。

 次も生きて帰られる保証が無いのだから。


 「あ、グロウリィドーンだ!」


 しばらく帰ってないようにも思える。

 とりあえずは腹一杯食べて、暖かいベッドで眠りたい。

 そう思うと、何故だか無性に、リバティベルを思い出すのだ。


  ◆◇◆◇◆◇


 リムローが冒険者ギルドに呼び出されたのは、報告を終えて数日後であった。

 副食の報告も済ませ、審議に入ると言われたきり、音沙汰が無かった。

 だが、リムローとしては副食を貰えなくても十分なだけ、稼いでいた。

 金貨五枚と幾ばくかの銀貨があれば、年を越すまで何もしなくてもいい。

 だが、壊れた弓や古くなった防具、そして、新しい場所に馴染む為にその蓄えを使おうと考えると、もう一仕事しなくてはいけないかもしれないと考える。

 少し、簡単な仕事で慣らそう。

 そう考えていた矢先に、副食が渡されるという話があったのだ。

 サステナ・スリィジは焦っていた。

 だが、その焦りを見せるほど幼くは無い。

 冒険者ギルドの長として、無事に仲間が戻ってきたことを表面上は装い、彼女の話を聞いていた。


 「……以上で報告を終わります」


 再度、報告を求められたリムローは少し、盛りすぎたかと心配した。

 しかし、元々ニンブルドアなど多くの人間が行ったことすら無いのだ。

 ましてや最深部にある城の話など、誰が信じようものか。

 だが、サステナはそれを疑う素振りすら見せず、彼女が証として見せた高濃度の環石と赤い環石を眺め、満足そうに頷く。

 リムローが換金できずに取っておいたものだ。

 高濃度の環石は通常使われる魔導具には使用できず、もっぱら研究用にアカデミアや王室が買い取る。

 だが、その買い手への繋ぎが無いリムローにとっては高価なのだが持てあます宝石と同じようなものであった。


 「それが事実だとしたら、大変ね」


 サステナは小さく溜息をつき、厄介事を抱えたと心底思う。

 ニンブルドアに行く冒険者の多くが、生活に窮し、あるいは、一攫千金を夢見る大馬鹿者のいずれかだ。

 かつて自分も挑み、その現実の前に退いた経験がある。

 だからこそ、サブオーダーまでちらつかせて本格的に探索をさせたのだ。

 サステナはヨッドヴァフの紋章が入った石版を手にとり、改めるように尋ねた。


 「これは、本当に買い取らせてもらっていいのかしら?」

 「はい、構いません」


 淀みなく応えるリムロー。

 未練が無いといえば、嘘になる。

 だが、未練を引きずっていては前にすすめはしない。

 だからこそ、手放すことを決めた。


 「わかったわ……なら、買い取らせてもらうわ?ニンブルドアのものであれば欲しがる買い手は多いでしょうし」


 しかし、サステナにとってこの石版はまた、別の意味を持つ。

 銀貨を渡す手が震えていることを悟られないようにしながら、サステナは平静を装った。


 「ニンブルドアの奥に、まさか城があるなんて思わなかったわ」

 「教会の口伝に、その内容が記されているらしいですね」


 リムローとしてはとりとめもない会話のつもりで返したのだが、サステナはその裏に潜む真意をじっくりと探っていた。


 「調べてみるのも、面白いわね」

 「失伝しているという話ですから、骨が折れるかもしれませんね」


 苦笑するリムローにサステナは悪意が無いことを知る。

 だが、それでも油断はできない。


 「でも、正直助かったわ。邪教徒の本拠地がニンブルドアの奥地に存在することがわかっただけでも対策が立てらた。巡回司祭隊が無事、邪教徒を殲滅してその長を捕らえることに成功したのもあなたたちのおかげよ?」


 リムローはこれが副食が遅れた理由かと推測した。

 ならば、存外、冒険者ギルドのマスターは信頼できるのかもしれないと思う。

 結果が出て、はじめて副食が正しかったとわかればその信義に応えて報酬を支払うべきだ。

 働きに、見合った報酬を。

 冒険者の鉄則を守ったギルドマスターは信用できるとリムローは単純に考えてしまった。

 だが、リムローが副食の話を盛ったように、サステナもまた話を盛ることについては得意としていた。

 年季が、違うのである。

 サステナはその話をリムローに振り、どこまでこの少女がこの件に関わっているかを計ったのだ。

 これから予想されるであろう後始末を考えれば、その手間は少なければ、少ない程いい。

 ましてや、手間が増えれば増えるほど、別の面倒が重なるからだ。


 「副食は新しい皿で届けておくわ?これからはどうするツモリ?」


 それは新しい仕事の斡旋だろうとリムローは察した。

 事実、サステナもそのツモリであった。


 「しばらく、休もうかと思います」


 ニンブルドアは相当、堪えた。

 しばらくは英気を養おうと思った。

 友達を、作ってみようと思っていた。


 「残念ね」


 サステナはそう言うと肩をすくめる。

 それで話は終わりなのだと察したリムローは軽く一礼をして部屋を出る。

 その背中を見送り、サステナは小さく、そう、小さく告げた。


 「……永遠にお休みなさい?」


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