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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第4章 『死者の王国 愛憎の楔』 6

 荷車はリバティベルで貸し出しをしているものであった。

 馬や犬、ネコに繋げて使える汎用の荷車であり、ただ荷物を運ぶために作られたもので乗り心地は考えられていない。

 だが、それでも六人程のパーティともなると探索地の付近まではそれなりの行程となる。

 グロウリィドーンを出た彼等は街道をそのまま西へと向かう。

 先日の遠征と違い、大所帯での移動ではないことから二日もかからずコルカタス大樹林へと至れるだろう。

 途中、農村での一泊も考えたがなるべく早く森へ突入する準備を取りたいことから彼等は夜営をして距離を稼ぐことに決めた。

 ずっとパーティで末席であったリムローは夜営等の準備には自信があった。


 「なにぼさっとしてんだ。ちゃっちゃと飯、喰っちまえ」


 幕営の設営から炊事まで四半刻すらかけぬ早さであった。

 とても、男所帯とは思えぬくらいにリバティベルの面々は手慣れていた。


 「なんだか、申し訳ないです」


 リムローは結った髪を揺らしながらふるふると首を振る。


「ま、他のパーティに混じるってのはこんなものだ。慣れろ」


 ダッツはシャモンの作ったスープを飲んで眉を潜める。


 「……なあ、これ、スタイアが前に作ってたクソスープじゃねえか?」

 「お前もミソクソ一緒にするクチかよ。こりゃあ俺のお師匠さんが教えてくれたミソジュウってスープだ。豆から作ったミソって練り物に出汁とった湯に混ぜたら後は何ぶちこんでもいい簡単で身体にいい飲み物なんだぞ?」

 「致命的なまでにパンに合わないぞコレ」

 「本当はムスビメシと喰うモンだからな」


 言ってシャモンは乾いたパンをスープの中に突っ込むとくちゃくちゃと混ぜる。

 皆が不平を漏らしてはいるが、リムローはこの味が密かに気に入っていた。

 後で、作り方を聞いておこう。

 ユーロはそんなリムローを見て微笑を浮かべた。


 「今なら、喋っても大丈夫だ」

 「え?」


 ユーロの言葉はいつでも唐突である。


 「ニンブルドアへ行く、理由だ」

 「あ……」


 リムローは気がつく。

 少なくとも、命を共にするパーティに隠し事はしてはいけない。

 なぜなら、疑心は信用を蝕み、ここぞという判断を鈍らせる。

 自分より格段に経験を積んでいる冒険者の中で甘えていたが故に、忘れていた。


 「すみませんね……気を使っていただいて」

 「我々も、それくらいには弱い」


 墓守はそう呟き、リムローの隣に腰掛けた。

 リムローはどこから話せばいいのか迷ってしまう。

 だが、優しい墓守はずっとリムローの隣で黙って耳を傾けていた。


「ニンブルドアで私の師は最後を迎えたんです。それは冒険者として、よくある最後なのだと思います。いずれ、私も……そう思ってしまいました」


 ユーロはかつて、じっと自分が掘る墓穴を見つめていたリムローを思い出す。


 「ですが、だからこそ、その死を乗り越えなくてはならないんです。その事実から目を背けて、安穏に生きることもできるのでしょうけど……」


 「理解、できる」


 ユーロはリムローに答えた。


 「慢心と安心が曇らせた瞳は現実が作る嵐を見つけられなくなる。それが傍らに来た時、どうしようもないと身を任せるしかなくなる。それは、生きるか、死ぬかを自分ではなく常に他人に預けることだ」


 リムローは饒舌に喋るユーロに僅かに驚いた。

 ユーロは幕営の前に焚いた焚き火に枝をくべると小さく溜息をついた。

 リムローは俯くと呟いた。


 「だからこそ、自分の全てをもって勝てない現実を見ておきたいんです」


 ユーロはリムローの頭を少しだけ撫でる。

 身を強ばらせるリムローだが、やがて、安心したように力を抜く。

 遠く、耳を傾けていたダッツやシャモンが食べ終わった飯の食器を片付けると、立ち上がる。


 「さて、夜も来るから寝るとしましょうかね。哨戒のクジ引くべーな」


   ◆◇◆◇◆◇


 翌日から彼等はコルカタス大樹林に突入した。

 荷車から必要な荷物だけをタマが背負い、他は荷車と一緒に最も近隣の村に預けた。

 乾期の終わりとはいえ、鬱蒼と茂るコルカタス大樹林は蒸せる湿気に満ちていた。

 鳥とも虫ともつかない嘶きが辺りに響き、時折、茂みを揺らす。

 腰まで鬱蒼と生えた茂みをかき分けながらの行進は骨を折る。


 「歩き慣れないと辛いモンだからぬ」


 シャモンは道なき道を悠々と歩きながら後ろで息を切らせている後衛を笑った。


 「フィールドワークは僕の専門外なんだよ!」

 「黴臭い本だらけの場所よりかはなんぼか健康的だぞ?」

 「健康的なら女の子の居る場所がいい……」


 長いローブに引っかかる枝を払いながら進むイシュメイルは既に息があがっていた。

 だが、その隣を歩くリムローはその倍以上は疲れた様相を見せていた。


 「イシュ兄、わたしおんなのこ」

 「大人の美女がいい」

 「だって、リムお姉ちゃん」


 タマの冗談に返せるだけの余裕が無い。

 荷物を背負い、体力が無い事で言えばタマも同じはずなのだが、どうしてかこの少女は疲れることなく森の中を歩いていた。

 

 「……疲れないの?」

 「シャモさんの歩き方をマネしてるとそんなに疲れないよ。あんまり、大きく足を開かないでシャモさんが踏み固めてくれた場所を歩くとらくちんらくちん」


 リムローとて森の歩き方は熟知しているツモリではあった。

 だが、タマは疑うことなく最も経験の豊富であろうシャモンの歩き方を盗むことで、荷役でありながらもリムローより上手に森を歩いていたのだ。

 前衛三人で後衛を囲むように陣形を組みながら行進する。

 その辺りの指揮はダッツではなくシャモンが率先して行っていた。

 経験で言えば、騎士団で魔物討伐を多くこなすダッツが行う方がいいのだろう。

 だが、ダッツは何も言わずに年配のシャモンが行う指揮に従っている。


 「タマ公、疲れてねーか?おんぶしてやってもいいんだぞ?」

 「だーいじょーぶだもん!」


 からかいながらも進行速度を一定に保つよう促せるのは年の功か。

 シャモンは先頭をゆらゆらと歩きながら、まるで背中に目があるかのように後ろからついてくる彼等に適切な指示を飛ばしていた。


 「ユーロ、もそっと後衛と距離を取れ。圧をかけろ」


 言葉の中には意味を理解できない単語も飛び交う。

 リムローは弓を背に、彼等についていくので精一杯だった。


 「リムロー、弓に矢をつがえろ。つがえたまま歩け」


 シャモンに言われ、リムローは弓に矢をつがえる。

 鋼鉄の合板でできた弓は引き絞るのにも相当な膂力を必要とする。

 僅かに溜まってきた疲労に、ほんの少し、指示に従うのが遅れた。


 「やれやれ。来たぜい」


 シャモンの姿が掻き消えた。

 それからの一瞬に、リムローはついていけなかった。

 彼等は何も言葉を交わさず、後衛である自分の側に駆け寄ったのだ。


 「……アヴァラヴァスタオサラマナッフ……リヴ・フィア」


 弓に矢をつがえるより早く、イシュメイルが詠唱を終わらせていた。

 周囲に円を描くように炎が走り、森を焼く。

 ウィングサーペントのように中空を走った炎が円を描くと、その炎は次の瞬間に爆ぜていた。

 爆風が鳥獣種の魔物を吹き飛ばす。

 リムローは姿の見えた魔物に矢を射込もうとした。


 「待て」


 それより早く、ダッツが犬を走らせていた。

 最後尾に犬でもって殿を勤めていたのはどの距離からでも前衛に戻れるからだ。

 即座にシャモンと並んだダッツは槍を大上段に構え、魔物の襲撃に備えていた。

 ほどなく、藪を分けて虫獣種の魔物が連なって沸いた。


 「ダッツさん、背後をよろしく頼みますわ」

 「わかった」


 リムローらの頭上を飛び越えて、ダッツは再び殿へと戻る。

 気がつけば、虫獣種の魔物に囲まれていた。


 「そんな……気配は全く」

 「何をいってるんだい?ここは彼等の住処だ」


 慌てるリムローと対照的に、イシュメイルは余裕だ。


 「まあ、見てるといいさ……焼き出してやるから」


 彼等を取り囲む虫獣種が一斉に回り出した。

 黒く、禍々しい渦となり、羽の交差する音が耳障りな音を立てる。

 熱を持った風が彼等に送られ、やがて、半球状のドームを形成する。

 イシュメイルが詠唱をはじめようとすると、虫達は一斉にドームを開く。

 シャモンが走ったのはその瞬間だった。

 厚くなった虫の群れに飛び込み、拳をゆっくりと振るう。

 大気がバシン、と弾けた。

 弾けた大気に巻き込まれ、魔物達がばたばたと地面に落ちる。


 「武器も持たずに……」


 リムローはシャモンが暗器を隠しているものと思いこんでいた。

 冒険者の中には知性的な魔物に武器を悟られることを嫌い、暗器を使う者も少なくはない。

 だが、シャモンはただ己の身体一つで飛び込んでいったのだ。

虚空を打つ腕が鞭のようにしなる。

 衝撃が大気の上で弾け、揺らめく波紋を産む。

 その波紋に呑まれた魔物はたちまちその波紋の中で歪み、ぱんっ!と乾いた音を立てて熟れた果実のように弾けていった。

 それだけではない。

 流麗に、風のように舞うシャモンの身体に魔物は触れることすら叶わず、緩やかに伸ばされた腕に絡められるように抱かれ、一カ所に集められる。


 「ホゥワンハッパショ……ってね……破っ!」


 シャモンは一カ所に集めた魔物の群れ一度だけ弄び、地面に叩きつける

 気合い一閃、抉れた大地が魔物を呑み込むと、青白い血を吸った。

 背後ではダッツの槍が重々しく森を薙いでいた。

 力一杯振るわれた槍が茂みを破裂させ、その影に隠れていた魔物を蹴散らす。

 槍の先から放たれた衝撃が魔物の群れを呑み込み、断ち斬る。


 「こんなものかな」


 イシュメイルの両腕には炎が生まれていた。

 零れた炎が地面を焼き、涼しげな顔で立つ魔術師はリムローの顔をいたずらめいた笑みで見るとその炎を地面に叩きつけた。

 地面の中に潜るように消えた炎がやがて、ユーロの前で噴き上がる。

 ユーロは腰に巻いた鉄鎖を腕に絡めて、じっとその炎を見つめていた。


 「撃て」


 ユーロに言われて、リムローは自分がすべきことを思い出す。

 次の瞬間だった。

 大地を割って炎を纏った三首の巨大な虫が甲高い悲鳴を上げながら姿を現した。

 トリクルプルルス。

 地中に巣を作る巨大な虫の魔物。

 コルカタス大樹林で多く目撃され、小型の虫獣種を従えて人を襲う魔物だ。

 群れで遅う小型の虫獣種に注意が向かった人間の足下からその腕で抱き込み、強靱な顎で喰い殺す。

 地面の中という人間の追うことのできない場所に逃走することから討伐例はあまり多くは無い。

 ユーロはトリクルプルルスに向けて、自らの腕に絡めた鎖を放る。

 胴体に巻き付いた鎖が軋みを上げて引っ張られる。

 だが、大地に根を下ろしたように踏ん張るユーロにトリクルプルルスは地面の中に逃げることができず、土だけを不様に掘り続けていた。


 「撃てと言った」

 「は、はい!」


 リムローはようやく自分の役割を思い出す。

 ――準備時間の少ない、打撃力としての後衛という役割を。

 重ね合わせた鋼鉄の合板がしなり、勢い良く矢を吐き出す。

 風を切り、ごう、と唸る鉄の矢がトリクルプルルスの瞳を貫いた。


 「シャギャァ……アァァオゥ」


 甲高い悲鳴を上げて、青白い体液を散らすトリクルプルルスはやがて逃げることを諦め、ユーロに向かって突進してくる。

 人間三人程はあろうかという巨体を土中に瞬時に隠す節くれだった腕は、コルカタス大樹林の巨木をなぎ倒しながらユーロに振るわれる。

 ユーロが真っ向からその腕を受け止めると、足下の地面が衝撃で割れた。

 リムローは信じられないものを見る思いで、だが、次の矢をつがえていた。


 「遅いさね」


 そのリムローの傍らを駆け抜け、シャモンがトリクルプルルスに駆け寄る。

 その頭上をダッツの犬が飛び越え、次の瞬間、リムローは自分の常識を覆される信じられないものを見た。

 ダッツの犬が木々を蹴り、振るわれたハルバードがトリクルプルルスの頭殻を断ち割る。

 残像を残すほどの早さで周囲を回りながら、シャモンの拳が、足が、トリクルプルルスを叩き、穿つ。


 「ギャァア……オォォン!」


 一拍遅れて魔物の身体が爆ぜた。

 頭部を無くし、全身の甲殻の間から青白い体液をまき散らしながらトリクルプルルスが地面に崩れ落ちた。

 リムローはつがえた矢の放ちどころを無くし、息を飲む。


 「まあ、こんなもんか」


 ダッツは打ち倒した魔物の前で息を荒くしている犬をなだめながら小さく溜息をついた。

傍らにしゃがみ込んだシャモンは魔物の死骸をぺたぺたと触り、顎を撫でる。


 「……持って帰るにゃ、少々、かさばるわな」

 「仕方が無いだろう。このまま放置しよう」


 イシュメイルはいささか名残惜しそうにトリクルプルルスの死骸を見つめていた。


 「え、でも……」


 リムローがおずおずと声をかける。

 ダッツは面倒くさそうにぼりぼりと頭を掻きながら先に答えた。


 「これでも相当な討伐報酬にはなるだろうよ。だけど、ま、ニンブルドアへ行くことを考えたらここで引き返すのは少々、痛手なんだ」

 「ですけど、金貨一枚にはなりますよ!」

 「だがね、これを運んで戻ってくるころには魔物達は俺たちを確実に殺そうとするだろうさ。ニンブルドア程ではないがコルカタスだって相当危険な場所なことくらい、リムローだってわかってるだろ」


 ダッツは森の奥を眺めながら、そう呟いた。

 リムローが同じ方向を見つめると、確かにざわつく森が見えた。

 トリクルプルルスはおそらくこの一帯の縄張りを治めていた長なのだろう。

 それが倒されたことで、それを倒した相手というのを見極めながら、新たに空いた縄張りを占有しようとする魔物の動きが見える。


 「しかしま、なかなかいい動きをするモンだな。暴れる魔物の目を射貫くなんて芸当、狙ってできるものじゃあない」


 リムローはそう言われても素直には喜べなかった。

 なぜなら、自分より遙かに高みにいる冒険者に褒められたところで、それは称賛ではなく慰めであるからだ。

シャモンはそんなリムローの気持ちを汲んだのか、皮肉げに笑う。


 「まあ、精進するこった。それよっか、進もうかね。夜営するまでにはその秘密のルートとやらの入り口くらいにはつきたいからぬ」


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