第4章 『死者の王国 愛憎の楔』 4
ラナは冒険者ギルドへの正式な依頼として本件を取り扱う。
リバティベルはただ冒険者がたむろする酒場ではない。
場合によっては依頼を冒険者へ仲介することもしている。
鍛冶ギルドや教会、騎士団からの依頼は冒険者ギルドを通じ、ヨッドヴァフ内にあるギルドを通じ冒険者へ依頼される。
だが、冒険者ギルドの実態としては多くの仕事を捌くのに事務所をいくつも構えるよりはこうして、彼等が集まる酒場や宿に幾ばくかの報酬と引き替えに業務を代行してもらう方が経費も安く済み、また、早かった。
ラナは必要な書類を手早く書き込むと、それをシャモンに手渡した。
「どれどれ……ああ、冒険者ギルドの常時依頼の案件に参加する形にしたのか」
「じょーじいらいー?」
タマが横からシャモンの書類を覗き込む。
「冒険者ギルドに依頼を頼むとなると、銭がかかるんだよ。まあ、冒険者ギルドで働いている人の飯代だな。だけど、冒険者ギルドはニンブルドアの調査について常にパーティを探しているからそれを受けたって形にしたんだ」
「そうなるとどう違うの?」
「本来はリムローから銭を貰って仕事するのが、冒険者ギルドから銭を貰う形になんだ。ようするに金がかからないってことだ」
「……あ、そうか、教会やアカデミアが調査の依頼をお金払って頼んでるから常に依頼があるんだ!」
タマはシャモンの話の途中で合点がいったらしく、ひとり納得していた。
リムローは自分より僅かにしか年の違わない少女を見て眉を潜める。
子供にしては明晰な頭脳を持っている。
だが、冒険者特有の緊張感がまるで欠如している。
「パーティはダッツ、俺、イシュメイルにユーロ、リムローにタマ?おい、タマ公、なんでおめーさんの名前がここにあんだよ!」
「ラナさんに頼んだ!」
「嘘つけ。ラナさんが許すはずねえだろ?」
「実はねー、踊りのことまだスタさんに言ってないの。それにマリナさんやみんなに言って、広めてあげないといけないかなって思ってるって言ったら、シャモンさんから離れないって約束で許してくれた」
シャモンがラナを睨むが、ラナは不機嫌そうに、そしてゆっくりと目を逸らした。
シャモンは依頼に赴く前にどっと疲れたような気がしてタマを睨み据えた。
「……おめーさん、今から俺達が行く場所がどんなところか知っててついてくるのか?新米連れていける程、ヤワなところじゃねえんだ」
「秘密の小袋!スタさんがくれた御守りがある!」
タマは懐から小さな袋を取り出す。
握り拳くらいの大きさの袋で、ぎっしりと中身が詰まっている。
シャモンは鼻をひくつかせ、それが何かを理解すると眉を潜めた。
「なんだそりゃ?そんなモンが御守りになんのかよ」
「ヒント!ヨッドヴァフは魔物を退治して今の場所に首都を構えたけど、昔はオーロードに首都がありました。何故でしょー?」
シャモンはイシュメイルを見るがイシュメイルは首を傾げる。
「僕を見たってわからないよ」
「同じお師匠さんから学んでるんだろ?」
「失敬な。僕は不真面目なんだぞ?」
「胸張って言うことじゃねえぞ」
シャモンは大きく溜息をつくともう一度、書面に目を落とした。
「しっかしまあ、見事にむさ苦しいパーティだな。前衛にダッツ、俺、ユーロ。後衛にリムロー、イシュメイル、タマか」
タマは胸を張る。
「私前衛でもいいよ!」
「おめーはミソッカス扱いだよ」
「ミソッカス?あ、知ってる!こないだスタさんが作ってた茶色くて酸っぱい牛のクソスープに使ううんこだ!あれの白いカスを言うんだよね!」
「……ちなみにそれをクソミソ一緒って言うんだ。おめーは員数外だよ荷役でもやってくれ」
「うん。元々そのツモリで行くからね。私は私で欲しいものがあるし」
「欲しいもの?」
「ムギュルスの茎。怪我に効くお薬を作るのに必要なんだ。スタさんに早く治ってもらいたいし」
危ないとか、そうい事はタマには問題じゃあなかった。
ただ、大事な人が居て、その人に良くなって貰いたい。
それだけで無理をいってついてくるというのだ。
きっと、自分に言えばなんとか取ってきてはやれるのだろう。
だが、命に関われば自分は当然、逃げてしまう。
そうなれば自分はこの少女に言い訳をしなくてはならない。
それは、恥だ。
だからこそ、タマは自分で行くのだろう。
シャモンは顔をしわくちゃにして、泣きそうになるのを堪えた。
その横でリムローが難しい顔をしていた。
「……できれば、教会の処置術を扱える修士が欲しいところですね」
処置術とは一時的な傷の治療である。
根本的な治療には至らないが、しばらくの間、通常通りに活動できるように傷を応急処置し、また、痛覚を意識から取り除く神術のことを指す。
ユーロが微笑を浮かべる。
「できる」
「え?あ……ユーロさん、あなたが処置術を使えるのですか?」
「最後は埋める」
リムローも流石に意味がわからなかった。
ダッツは頬をぽりぽりと掻く。
「……あー、治癒術も使えるし、死んでも最後は墓に入れてやるっていう彼なりのジョークだろ?」
「慣れないことは、もう、しない」
ユーロはまた愛想も何もない表情に戻った。
今までことの成り行きを見守っていたダッツだが、即席とはいえ大丈夫なのかと心配してしまう。
「そんなことより、取り分は人頭割りの六皿でいいのか?」
「うんにゃ、タマは含めない。俺が一杯で、残りは店に盛ってくれ」
皿、とは報酬の取り分を指す。
総額を人数で割った単位を一皿として、それが一人前に与えられる報酬である。
だが、それに至らない半人前等に使われるのは一皿の半分、一杯という単位になる。
これも冒険者が元々奴隷だったころの名残である。
一人前はちゃんとした皿にありつけるが、使えない奴隷は水しか飲めない。
「いいのか?」
「仕方あるめえよ。しょっちゅうタダ飯喰わしてもらってんだ。こういう時に返してやらにゃいかんだろうに」
シャモンはタマの頭をくしゃくしゃと撫でると背中を力強く叩く。
「おう、決まったんならさっさとそれ持ってギルド行って来い。タマ公、リムローについて行け」
「はーい」
◆◇◆◇◆◇
ヨッドヴァフの西区にその建物を構える冒険者ギルドは人で溢れていた。
日常の小さな問題から、魔物退治や山賊討伐といった大きな仕事、果ては稀少鉱石の採掘や高山植物の採取まで様々な仕事の斡旋を行っている。
だが、実際に仕事を受けるのはリバティベルのような代行業者が居る場所の方が多く、ギルドでは主に教会、騎士団、果ては王室から依頼される仕事の受諾と発信、そして、報酬の引き渡しを主な業務としている。
リムローは書類を受付に手渡すと、正式に受諾されるのを待合いの粗末な椅子に腰掛けてタマと待っていた。
本来、こういった業務は代行業者が行うことになっているのだが、急ぎ出発したい場合や、特段の事情がある場合、そして、秘密の依頼である場合はこうして依頼を受けた冒険者が書類を提出しに来ることも希にある。
リムローは何度か、こうして冒険者ギルドに足を運んだことがあるし、もっぱらそういった仕事は末席である自分の仕事であった。
書類が受諾され、正式に認可されるには少々時間がかかる。
その間、リムローは冒険者ギルドに出入りする人間を観察して時間を潰す。
商会ギルドの使用人が環石の買い付けにきている横で、教会の司祭がなにやら依頼文書を提出している。
その横では王城の兵と思われる者が封書を渡していた。
自分と同じように事務処理の時間を潰すアカデミアの学士が分厚い書物を読みふけっている。
普段と同じようでよく見れば、何かが違う。
その違和感を感覚で受け止め、リムローはそれが何故かを考えていた。
だが、その思考は中断される。
「リムローさんですね、ニンブルドア調査の件、受諾されました。ギルドマスターが面会したいそうです」
冒険者ギルドの受付が受諾印の押された書類を持ってリムローの元に来た。
普段ならば、カウンターに呼びつけられて終わるのだがギルドマスターが面会を求めているとなると話は別だ。
「わかりました、面会します」
「では、三階の執務室へ願います」
リムローはタマを連れて待合いホールを出る。
タマはとてとてとリムローの後をついて歩きながら尋ねる。
「ねえねえ?こういうことって普通の場合、あるの?」
「え?」
「私、よくここに書類を持ってくるけど、みんなそのまま帰るよ?」
リムローはそういえば、この少女がリバティベルの雑役をしていることを思い出す。
それであれば少女がここを出入りしているのも頷ける。
問題は、雑役しかしていない少女がこうして自分たちが呼ばれることに違和感を確実に持ったことだ。
「普通は無いの。でもね、緊急の用件や特別な用件がある場合、ギルドマスターから特別に頼まれることがあるの。サブオーダーって言うのかしらね。でも私たちはいつも副食って言ってるわ」
「パンより美味しいってこと?」
リムローは舌を巻いた。
この少女は副食の隠語に隠された意味すら看破していた。
「そうよ。依頼の内容より手間がかからなかったりして、報酬も労力の割には高いからそう呼ばれるの」
「ふーん」
タマは頷きながら難しい顔をしていた。
リムローはタマの素性を知らないが、これだけの洞察を有しているならば良い冒険者になるだろうことを予感した。
疑問は知識を産む。知識は積み重ねれば知恵となる。
溜めた知識を経験が磨き上げれば、それは血肉となり自らを助けるからだ。
「でも、おかしいよね。ニンブルドアの調査ってそれなりに難しい依頼でしょ?それなのに副食を出すってなったら相当難しくなるんじゃないかな」
「……そうね」
リムローはそう返事をしながらも、タマの洞察に目を見張っていた。
これは、冒険者が持つべき大事な素質である。
危険へ対する嗅覚。
リムローは考えもなくギルドマスターへの面会を受諾したが、ギルドマスターと面会してしまえば一介の冒険者である自分では断りづらいものがある。
副食を断ることもできる。
だが、それ以降の仕事で障害が出ることもあるからだ。
ニンブルドアへの調査という難度の高い依頼に添えられる副食の内容を想像しなかった自分より、この少女は危険に対して敏感だったのだ。
新米に、熟練者が遅れを取ることのない場所で遅れを取った。
「もし、本当に危なければ断るから大丈夫よ」
「スタさんが言ってた。本当に危険なら近づいちゃダメだって」
「まだ、依頼すら聞いてないから大丈夫よ?ありがとうね」
スタさんというのが誰かはリムローには知る由が無かった。
だが、タマのいい師であることは理解できた。
その言葉はかつてリムローの師、ビガードが教えてくれたものでもあったのだ。
自分には、もう、標となる人は居ない。
自分の力で生きていかなければならないのだ。
だから、こそ。
「話だけ聞いて、命は取られないでしょう?」
タマの頭を優しく撫でるとギルドマスターの執務室へと赴いた。
だが、この時、タマの忠告を素直に聞いていれば将来は変わったのかもしれない。
彼女は目を逸らしていたのだ。
新米の冒険者に、危険への嗅覚で劣った自分が、彼女より優れることを見せてやりたいという自尊心に。