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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第4章 『死者の王国 愛憎の楔』 1

 ヨッドヴァフ首都グロウリィドーン。

 かつてこの国には金銭で身上を売り買いされる奴隷という制度があった。

 物質的な豊かさは同時に精神の豊かさを産み、人の尊厳を踏みにじる制度は終焉を迎える。

 それは一つの成熟を迎えたといってもいい。

 だが、しかし。

 それは数多くの軋轢を生んだといっていい。

 ヨッドヴァフはこれまで奴隷という人種があって成り立つ社会を構築していた。

 奴隷を保有する側は奴隷の労働力があって成り立つ生業を、そして、奴隷の側は労働力を提供することで生活の保障を得ていたのだ。

 制度の廃止の勅令はそれまでの慣習に無頓着なまま行われ、彼等の生活を無視して、苦況に追い込んだのだ。

 保有する側は、まだいい。

 いつの世も富める者はその財産を無くしたとて、最低限の生活はできるだけの蓄えは保有している。

 奴隷が無価値となって破綻したとはいえ、自由意思で残る奴隷を正式に雇用し経営体制を見直せば元のようにはいかなくても巻き直しはいくらでもできた。

 持てる者は持てる者のままでいれるのが人間の社会というものの実体である。

 一番の被害を被ったのは奴隷達である。

今までの雇用者の元での生活を断たれた奴隷はまやかしの自由を手に入れ喜ぶが、その実体は自らの価値を自らに求めなければならない厳しい現実にさらされより厳しい現実の前に引き立たされることとなる。

 雇用し、金銭を払うに値しない奴隷は解雇される。

 若い奴隷ならば、いい。

 生き方を定める年齢に至らない奴隷であれば新しい雇用先に挑戦して再度、自分の身を立てることができる。

 だが、年を過ぎた、あるいは若すぎる奴隷には時代の変化についていくだけの体力や、あるいは見識が不足していた。

 そうなれば行き場を失った奴隷は自らが生きるために略奪に走るしかなかった。

 盗賊や山賊に身をやつし、行商や小さな農村を襲い食料を奪う。

 奴隷を失った領主は自らの領地の不和の平定に奔走し、増える山賊や盗賊の討伐にまで回す手がなかった。

 だが、時代はここに幸運にもヨッドヴァフに一つの試練を与える。

 魔物の増加という自然現象だ。

 コルカタス大樹林やヨシュ砂漠、アブルハイマンといった辺境に生息する魔物が増加し、近隣の農村に被害をもたらしはじめたのだ。

 つまり、これらに対応する武力の需要が高まったのだ。

 ヨッドヴァフ・ザ・サードはこれらの問題と需要を一気に片付けるために冒険者制度を制定した。

 騎士団、教会、アカデミアで保有する対魔物戦術のノウハウを広く開放し、浮浪者と化した奴隷達をその対応に当たらせる。

 討伐した魔物の一部を国税を利用し特定の商店やギルドで買い取らせ、その報酬とする収集品制度でさらに、冒険者制度を確たるものとする。

 小さな問題はいくつもあったが、その手際はあざやかであった。

 まるで、こうなることがあらかじめわかっていたかのような鮮やかさであった。

 奴隷を失った事による民衆の不満や不安を一手に魔物という対外的恐怖に押しつけ、かつ、肥大した雇用問題を解消し新たな経済の流れを作る。

 ヨッドヴァフ・ザ・サードはこの時点では優れた王であった。


  ◆◇◆◇◆◇


 グロウリィドーンの片隅にある、冒険者の集まる店リバティベル。


 「というのが、まぁ、冒険者のあらましだな」


 珍しく、シャモンがタマに勉強を教えていた。

 タマは木の板に慣れない羽ペンでたどたどしく字を書きながらシャモンの話を書き留めていた。


 「シャモさんってびんぼーそうだけど、何でも知ってるんだね」

 「びんぼーそうってのは余計だよ。本当に貧乏なんだから」


 隣でエールを煽っていたイシュメイルがけらけらと笑う。


 「うるっせえよ。金があったって使わなきゃ意味が無いだろう?」

 「貯めるという発想が無いのが冒険者がいつまでも貧しい理由だ」

 「アホ。明日死んじまえば、今日使っちまった方がなんぼかマシだろうに」


 憮然とするシャモンをイシュメイルは小馬鹿にしたように笑う。

 だが、タマはそのやり取りの中にも冒険者と、富裕層の明らかな違いを感じた。

 今まで浮浪児であったタマにはシャモンの感性の方が当たり前であったからだ。

 安心して眠れる寝床があり、雨風をしのげる屋根があり、暖かい食事を得られる今の状況だからこそ、貯蓄ということを考えられるのであり、明日にはどうなるかわからない浮浪児だった自分は腹を満たすためにその日得られたものを費やしていた。

 今日貯蓄できるのであれば、明日も貯蓄できる。

 その次の日も貯蓄できるとなればやがて人は富を築く。


 「……そっかー、だから、シャモさんはびんぼーなんだ」

 「うるっせえタマ公。ンなこたぁどうでもいいんだよ。金で買えない幸せっつーのも、あー、なんだ。世の中にゃあ一杯あるんだよ」

 「一杯あるなら少しくらい分けてもへーきだね。それちょーだい?」


 言い訳がましく言うシャモンが面白くてタマはからかってみたりする。

 タマの予想したとおりに困った顔をするシャモンを見て、イシュメイルは笑った。


 「こんなダメな大人になっちゃあいけないぞ?」

 「ひでーな。一緒に飲み歩く仲じゃあないか。マリナちゃんに言いつけっぞ。イシュがつれねー奴だって」

 「そういや、あれからしばらく行ってないな。マリナちゃんの踊りは見ていて胸が熱くなる」

 「何言ってやがんだ。熱くなんのは股ぐらじゃねえか。よっくリバティベルでも踊ってくれっからお前も最近こっちに居着くようになったわな」

 「わかるかい?」

 「わかるとも」


 二人は下品に笑い、タマは溜息をつく。


 「ダメだこの大人たち……」


 エールを煽りはじめたイシュメイル達を放り、そろそろ店の手伝いをしようと思ったタマは木板を抱えて店の奥のラナの元へ向かう。

 今日は珍しく客が居なく、仕事らしい仕事もないのだがそれでもなにかをしなければならないと思えばのことだった。

 店の奥ではラナがなにやら不思議な動きをしていた。


 「ラナさん……」


 なにやら魚を捕ろうとしているようにも見えるし、あるいは、狼の真似をしているようにも見える。

 やにわにモップを手に取るから掃除でもはじめるのかと思ったら、振り回しはじめ、槍を振るうようにも見えるが、それにしてはどこか不器用なものにも見える。

 要するに、意味がわからなかった。

 モップが天井をがこん、と叩いたころになってラナはタマの存在に気がつく。


 「ねえねえ、何してるの?」


 ラナはもの凄く不機嫌そうな顔でタマを睨んだが、タマはそれがラナの照れた顔であることを短い付き合いではあるが知っていた。


 「踊り」

 「ああ……」


 タマは理解した。

 最近、客の多い日に注文を待たせている間など、マリナが踊りを披露していくものだからその影響を受けたのだろう。

 なにせ、娼婦として色々な技術を身につけたマリナだ。

 蠱惑的で扇情的な踊りは客への受けはすこぶるいい。


 「うん……わかった。でもやめたほうがいいよ?」


 ラナは不機嫌な顔のままタマの言わんとしてることを理解して咳払いをする。

 そして、おもむろにおさんどんをはじめて軽い食事を作り出した。

 タマはそれが照れ隠しなのだと理解するのに数秒を要した。

 ラナはタマが何かを言う前にサンドイッチを手早く拵えるとバスケットに詰めて手渡す。


 「スタイアに」

 「ああ……うん。お昼ご飯ね。届けてくる」


 遠征中に大怪我を負ったスタイアは向かいの海洋亭の一室で療養している。

 いつもはラナが持っていくのだが、それをタマに託すあたり相当恥ずかしかったのだろう。

 それを思うとタマはいてもたってもいられなくなった。

 タマはラナからサンドイッチを受け取るとにんまり笑う。


 「じゃー、スタさんに教えてくるね?」


 ラナは言葉に詰まる。


 「いってくーるーねー?くっふふー」


 ラナは無表情になって驚きを伝えるが遅かった。

 とてとてと走り出したタマはもう既に店の外に居なくなっていた。

 その様子をしっかりとカウンターの影に潜んで見ていたシャモンとイシュメイルは唖然とした表情でラナを見ていた。


 「こりゃ珍しいモンが見れたぞイシュ。踊るラナさんなんて真面目に働くスタイア並に珍しい」

 「ああ、ラナさんが踊るなんて明日は槍が降る。帰って宿舎の屋根部屋に居る人間を避難させなきゃいけない」


 あまりにも酷い言いぐさにラナはとうとう、泣きそうな顔になってしまった。


 書きためた分に無い章を追加していきますので若干、更新が遅れるかもしれません。

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