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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第3章 『セトメント・セトメント』 5

夜が明けるより早く、夜営を片付けて四騎は駆けだした。

 乾期のコルカタス大樹林は木々の吐く霧に蒸し暑さが加わりとても居心地のいいものとは言えないが、それでも誰もが不平を漏らすことはなかった。


 「……第六騎士団の斥候隊だな」


 先頭を走るダッツがそれにいち早く気がついた。

 木々で組んだ檻を犬に引かせており、それらを守るように騎士が配されている。

 檻の中には悲鳴のような雄叫びをあげる魔物が何匹も押し込められていた。


 「虫獣種ばかりだが……ん?」


 ダッツはその檻より鎖に繋がれて後ろを歩く布を被せられた者に目を走らせた。


 「あれは……子供ですか?」

 フィルローラがなんとはなしに素直な感想を述べると、スタイアとダッツは厳しい顔をする。

 遅れてたどり着いたアルテッツァが厳しい顔で騎士団の行列を見やる。


 「……まるで奴隷の搬送だな」

 「あながち冗談ではありませんね。あの魔物は死んで我々人間のために環石を吐き出すわけですから……でも、グィン・ダフに手を出したのは厄介ですね」

 「仕方があるめえよ。魔物に地上は人間様のモンだとわからせる意味もある遠征だ」

 「知らない、ってのは恐ろしいことですね」

 「全くだ」


 スタイアは淡々と告げるとダッツと目配せをする。


 「ダツさん、本隊に戻って部隊を率いて下さい、まず間違いなく大がかりな襲撃があるでしょうから」

 「……どうするよ?」

 「一つ、策を思いつきました。ダメもとっちゃダメもとですが、仕方ありません」

 スタイアとダッツ以外は状況についていけずとまどうばかりだった。

 「おい、どういうことだ。答えろ」

 「姫様。たとえば、敵国に自国の民が捕らわれたとあればいかがいたしましょうか。ましてやそれが王室のいずれかの方であれば?」

 「国益にならねば捨て置くが、重鎮であれば国も動かねばなるまい」

 「国境付近に敵が居るとなれば軍を動かしてみせしめることもするでしょうに」


 アルテッツァは息を飲む。

 シルヴィアは驚いたように目を見開く。


 「スタイア隊長……まさか、魔物には知性があるのですか?」

 「あるとも。パーヴァ、もうぞろ姿を見せてくださいな」


 スタイアの声に応えるかのように虚空が揺れ、そこに小さな羽の生えた人が現れた。


 「しばらく静観していたがいささか手に負えぬようになってきたな」

 「ひゃあっ!可愛いっ!」


 タマが手を伸ばすが小人は羽をはためかせ、スタイアの肩に乗ると鼻で笑う。


 「そこな少女とは久方ぶりだな?ビリハムの屋敷では大変だったろうに」

 「あれ……ひょっとして……」

 「そうとも。お前を連れ出したのは私だよ」


 タマはが驚く。

 いや、ダッツを含めた皆が一様に驚いた。


 「パーヴァさん、頼みがあります。ギィングフ・レヴレダに先行して間違ったことをおこさないように伝えてください」

 「グイン・ダフに手を出したのだ。今さらどうにもなるまい」

 「まだまだ、諦めないよ僕は。だから、頼みます」


 スタイアは苦々しく顔を歪めて小人――パーヴァに言った。


 「まさか魔物……いや、魔族に知り合いが居たなんて驚いたな」

 「それより……魔物が……どうして人の言葉を」

 「広いでしょう?僕の友好範囲。魔族の女の子もなかなかいいですよ?これがほんとの魔性の女ってね」


 スタイアは弱々しく笑うと小さく溜息をついた。


 「冗談ばっかり言ってられないや。ダツさん、騎士団の殿を頼みます。シルちゃん、君は姫様の護衛を。フィルさん、ちょっとばかし僕と来て貰えますかね?」

 「はい?私が、ですか?」


 戸惑うフィルローラの腕を掴み、強引に自分のネコに乗せる。

 スタイアの力強い腕に抱かれ、フィルローラはどぎまぎとする。


 「……スタイア。それは私が行った方がいいのではないか?」


 アルテッツァは試すようにスタイアに言った。

 だが、スタイアは苦笑して断った。


 「姫様は聡いですね。ですが、それじゃあ今度こそ収拾がつかなくなります。収めるところに収めましょう、お互い」


 スタイアは素早く剣を抜き放ち、アルテッツァの右足に突き立てた。

 薄く、朱に染まった白刃を引き抜くと白い陶磁のような肌の上を真っ赤な血が滴る。


 「な、なんてことをなさるんですかっ!」

 「これで前駐へ戻る口実ができるでしょう?」


 あわてふためくフィルローラと対照に、アルテッツァは痛みに顔を歪めるどころか平然として、不敵に笑った。


 「なるほどな。わかった、ここは貴様に任せた。思うように致せ」

 「仰せのままに」


 スタイアはダッツの槍と剣を重ね、きんっ、と打ち鳴らすと森の奥へとネコを走らせた。

 腕に抱かれたフィルローラは早駆けするネコの速さにしっかりとスタイアの体にしがみついていた。


 「なかなか、そそるシチュエーションではあるんですがね」

 「軽口を叩いている場合ですかっ!」

 「軽口を叩けなくなったら危ないと思って下さいな」


 スタイアがそう告げた矢先、周囲からフィルローラでも理解できる程の殺気が溢れた。

 魔物達が疾走するスタイア達に狙いを定めたのだ。

 疾走するネコが錐もみしながら飛ぶ。

 頭上に向けて振るい、地面を抉るようにスタイアの剣が走り、地上から血しぶきが迸った。

 ――地中に潜み、機会をうかがっていた魔物をスタイアが地面ごと叩き斬ったのだ。

 まるで、それを合図としたように四方から炎が放たれる。

 追うように、魔物の群れが飛翔し、襲いかかってくる。

 ネコの上でスタイアの体が激しく揺れ、振るわれた剣が炎を打ち払う。

 剣が振るわれる度に異形の魔物が甲殻ごと断ち切られ青白い血しぶきを上げた。

 目にも止まらぬ速さで迫る異形の魔物を次から次へと切り伏せ、スタイアは血路を開く。

 剣風の中をかいくぐってきた三つ目の鼠がスタイアの肩口にがっしりと食いつき、うなり声を上げる。

 スタイアはその鼠の胴体を食いちぎり、食いつく頭をそのままに胴体を吐き捨てた。


 「スタイアさ――」

 「舌を噛みますよ」


 次の瞬間、ネコが跳躍し木々の幹を蹴飛ばして走った。

 コルカタス大樹林の高い木の枝の上を走り、大空へと跳躍する。

 一瞬、一瞬だが、どこまでも広がるコルカタス大樹林の向こうに開かれた集落をフィルローラは見つけた。

 追ってくる魔物の群れを切り伏せ、スタイアはただただそこへ向けて走った。


  ◆◇◆◇◆◇


 アーリッシュ・カーマインは激しく襲ってくる魔物の群れへの指揮で手一杯だった。

 戦陣の先頭に立ち、犬を走らせ魔物の群れを引きつける。

 犬が後屈に下がり、顎を開き魔物に牙を突き出すのと同時にクレイモアを横に大きくなぎ払う。

 ざりざりと嫌な音を立てて羽や甲殻を叩きつぶす。

 背後から迫る魔物に振り向きざまの一刀をくれて両断するや犬の腹を蹴り、再び走り回る。

 その隣に木々の間を抜けて現れたダッツが並んだ。


 「アーリィ!下がるぞっ!」

 「いままでどこに居たっ!姫様がおられんっ!」


 ダッツはアーリッシュに群がる魔物をハルバードで打ち払いながら森の奥を見る。

 シルヴィアに抱えられたアルテッツァの太ももには赤い血が滴っている。


 「姫様は魔物に襲われ怪我をなされた。一旦前駐まで後退するとの御下知だ」

 「お前達は僕の知らない間に勝手に物事を進める!」


 苛立ちを当てつけるようにアーリッシュは魔物に剣を振るった。

 切り伏せられた百足の魔物が飛び散り、血煙が舞う。


 「おめえさんにゃおめえさんのやるべき事があんだろう。だから、スタイアも俺も余計なことは言わねえんだ」


 ダッツがアーリッシュの背後に迫った魔物にハルバードを打ち付けた。

 頭を砕かれたトカゲがぐったりと動かなくなり、アーリッシュは冷静さを取り戻す。


 「すまない。男の愚痴はみっともないものだった」

 「撤収する。殿は任せろ」

 「殿は僕が勤める。ダツさんは他の隊を率いて下がってくれ」


 アーリッシュはそういうと獰猛に笑った。


 「最近、当てこすりのように苛々する仕事ばかりさせられてるんだ。少々、ウサ晴らしでもさせてもらうよ」



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