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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第3章 『セトメント・セトメント』 4

日が沈む頃になって、スタイアとダッツは具足を互いに改める。

 赤々とカンテラの光が照らす天幕の中で、二人は下鎧のチェインメイルの上からグリーヴやガントレットを装着する。


 「ダツさんには、面倒かけますね」

 「いいってよ。夜討ち朝駆けは冒険者あがりの十八番だろうに。俺ぁてっきり、てめえ一人で行くんじゃないかと思ってたから手柄を取られるんじゃねえかとひやひやしてたぜ」

 「まんずまず、その手柄を潰しに行くようなモンなんですがね」


 スタイアの後ろからラナが甲冑を着せ、鉄環をきつく結ぶ。


 「犬で進軍一両日半なら、ネコを飛ばせば夜半にゃ間に合いましょうし」


ラナから長剣を二振り受け取ると、スタイアは一本を背中に背負い、一振りを腰に吊した。

 見れば、ダッツも手槍を二本、背中に背負い、長槍を携えている。


 「それっぱかしで大丈夫かよ。魔物相手に大立ち回りになりゃ敵の武器を奪う訳にもいかねえぞ?」

 「なに、本当に必要なら斥候隊を追いかけて叩き斬ればいくらでも替えはききますよ」


 ダッツが苦々しい顔をする。

 スタイアがヘルムを被り、顎帯を結び終えると真面目な顔付きで呟いた。


 「ゆくとしましょうかね」


 天幕を出ると、そこには犬ではなくネコが寝そべっていた。

 宵闇が迫り、太陽がコルカタス大樹林の奥に沈み、空に最後の赤々しさを残していた。

 二人はネコの背中の鞍によじ登ると、手綱を取る。


 「じゃあ、ラナさん、行ってきます」


 天幕から見送りに出たラナは静かに頭を下げて送った。


 「くれぐれも」


 スタイアは優しく頷き、ダッツと一度顔を合わせるとネコの腹を蹴った。

 夕日の残滓を追いかけるように二騎のネコが幕営の中を走り、コルカタス大樹林に吸い込まれてゆく。

 うっそうと茂るコルカタス大樹林の中には最早、陽の光などなく、うっそうとした闇が広がっていた。

 それでも僅かに視界が効くのは光でもって獲物を吊ろうとする草木や虫の淡い光がぼんやりとあるからだ。

 まるで光の粒が浮遊しているようにも見える中、スタイアとダッツは音も無くネコを走らせた。


 「犬の臭いがするな?」

 「先遣隊でしょう。来ますよ」


 ダッツの呟きにスタイアが返した次の瞬間だ。

 木々の枝の間から、人の子供程の大きさの虫が羽を広げて飛びかかってきた。

 三つの目が赤々と光り、鋏のような口に唾液を迸らせ一直線に飛翔する。

 スタイアはそれを抜きはなった剣の一振りで切り裂くと後ろのダッツに目配せする。

 次の瞬間だ。

 地面に鬱そうと映える下草や木々の枝、あるいは木の虚の中から一斉に虫が飛びかかってきた。

 二匹のネコが軽々と跳ねて回る。

 スタイアのネコが縦に回り、爪と顎で虫を引きちぎる。

 回りながらスタイアは剣を振るい三匹を打ち払う。

 ダッツのネコは横に回り、スタイアのネコの下を抜けると尻尾と爪で虫を払い、大きく振るったダッツのハルヴァードが虫を中空で爆散させていた。

 その一回の襲撃で虫達はすぐさま茂みの中に隠れ散った。

 走る勢いを止めることなく二匹のネコは疾駆する。


 「手荒い歓迎だな」

 「先客が失礼したんでしょう?第一印象は最悪らしいです」


 ネコがグルナァ、と唸り憤る。


 「向こうもまるっきりバカじゃねえみたいだな。一気に気配がなくなった」

 「そうですね。あまり無体されても僕らも困りますからね」


 興奮するネコの顎を撫でながらスタイアは首を巡らせる。


 「しかし、ま。ダツさんに来て貰って正解でしたね。魔物討伐なら第七のダッツ、あるいは第六のマギシンってのも頷ける話です」

 「調子のいいこと言うなよ。実態を知ってるから俺を連れてきたんだろう?」

 「ええ」


 スタイアは少し、ネコの速度を落とすと語りはじめる。


 「ここのところ国の乱獲が目に余るようです」

 「仕方がねえよ。貧乏だったころはともかく、今のヨッドヴァフは栄えている。そうなれば、モノを作るのに魔術媒介、法術媒介が必要になってくる。魔物と動物の違いってのはそんなところだよ」


 ダッツはちらりと後ろを見やると鼻を鳴らす。


 「出てきな。犬にネコを追わせる無茶させるんじゃねえよ」


 がさりと下草をかき分け、犬に乗ったアルテッツァが現れた。


 「この国のものは全て私のモノだ。どう扱おうが構わぬだろう」


 逆に驚いたのはダッツだった。


 「な、なんでやんごとなきお方とやらがここにいんだよスタイア!」

 「ぼ、僕だって知りませんよ!一応釘は刺してきたんですよ!」


 アルテッツァは狼狽える二人を面白そうに笑うと、抱えるように犬に乗せていたタマを見せる。

 タマはにんまりと笑い二人に手を振った。


 「じゃじゃーん。せっかくだから探検してくるってテッツァに言ってみたら一緒に行くって」

 「タマちゃん!」 

「だってフィルさんうるさくて退屈なんだもん」


スタイアは苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めるとダッツに目配せする。


 「ここで待ってて下さい」

 「どこにいくんだよっ!俺一人でこの二人面倒見るとか無理だぞ!」

 「本来面倒見るはずの人達も当然追ってきてるでしょうに!」

 「ああっ!?」


 スタイアは今来た道を取って返し、ややしばらくしてから一頭の犬を連れてきた。

 その犬の背中には息を切らせたシルヴィアとフィルローラが跨っていた。


 「姫様ぁぁっ!どういう無体でございますかっ!」


 綺麗な髪に枝をつけたままフィルローラが息を切らせながら怒鳴る。

 だが、アルテッツァはうるさそうに耳の穴をほじるとスタイアを睨む。


 「うっちゃって魔物のエサにでもしておけばよかったものを……つくづく世話好きな男よのうお前は」

 「あっはっは、僕が食べる前に獣姦させるなんてそりゃあちょっともったいないんで」

 「なら、私の望みを叶えてくれるならばこのような女、何度でも股を開くように命じてやる」

 「ひ、姫様っ!なんてことを仰るのですかっ!」


 赤面するフィルローラに呆れる。


「フン、王家が下賜した神具グラシアルクルッススも携えず、戦場に出てくるなどもとより覚悟が足りない証拠だ」

 「お、お戯れが過ぎます!あれは我が家が王家への忠節の証として下賜された神具にございます!このような遠征でおいそれと……」

 「ならば後方で安穏とお前と同じ人が死ぬのを眺めるだけか?いい身分だな司祭。我は許さぬぞ?血は違えども、痛みは等しく平等だ。せめて兵の慰安ぐらいをしてみせねば誰が貴様等に血を流すものか。私が股を開けといったら、股を開け」


 痛烈な罵倒にフィルローラは押し黙ってしまった。


 「いやっほぅ!王女の命とあらばフィルさん食べていいですねー?へっへっへー」


 沈痛な雰囲気を茶化したのはスタイアの下品な笑いだった。

 だが、そんなスタイアに構うことなくアルテッツァはダッツを見た。


 「それより、そこもとの話は本当か?」

 「んあ?」

 「魔術媒介、法術媒介に魔物が供されるという話しだ」


 ダッツはじっとアルテッツァの瞳を見ると小さく頷いた。


 「……魔術にしろ法術にしろ媒介となる環石は魔物の体内で精錬される。人間にはそれを作り出す技術が無いから魔物をひっつかまえて取り出すしかねえのが現状だ」

 「何故、お前がそれを知っている」

 「……俺はオーロードの商人の五男坊でな?実家の取り扱う環石の由来ってのが冒険者が取り扱う収集品を各ギルドが精錬して環石に替える実情だってのを知っていたし、冒険者になってもっぱらやってたのが魔物討伐だからな。まさか騎士になってもやらされるとは思っちゃいなかったが、いい加減、うんざりするぐらいその実務は見てきたよ」


 ダッツが苦々しく語る現実にフィルローラは戸惑う。

 シルヴィアが重々しく告げた。


 「……では、今回の遠征の本当の目的はヨッドヴァフで足りなくなった環石を賄うための魔物の狩りだしですか。聖堂騎士団がついてきたのはその上前を教会に運ぶため。そう見るべきですね」

 「騎士団と教会、王室でそのあたりについちゃ調整がついてるんだろうよ」

 「そ、そんな……魔物はマハヴェに仇成すニンブルドアから零れた悪意であるはずなのに……まさか……」


 言葉を無くすフィルローラをアルテッツァが鼻で笑う。


 「そんなおためごかしを司祭ともあろうものが信じているとはな。お前の父もその実際を見させるために同道させたのだろうよ」


 フィルローラは戸惑い、助けを求めるようにスタイアを見るがスタイアは苦笑で返した。


 「それだけであれば話は単純なんですがね。そうであればダツさんも僕も、夜更けにみんなに黙って先駆けしようとは思わないですから」

 「あ、あなたは何を知ってらっしゃるんですか?」

 「お見せいたしますよ。だから、あなたも見せて下さい」


 フィルローラはカラカラに乾く喉にようやく、唾液を飲み下し、スタイアの言葉を待った。


 「フィルさんがうんこするところ」


   ◆◇◆◇◆◇


 殴り倒された頭をさすりながらスタイアはマントを毛布替わりにタマを抱えていた。


 「おー痛い。まさかメイスで本気で殴られるとは思わなかった」

 「あれはスタさんが、悪い」


 タマがスタイアの懐で身じろぎしながら答えた。

 少し離れた隣ではシルヴィアが焚き火に枝をくべてスタイアを見ていた。


 「……勝手に追わせてしまい申し訳ありませんでした」

 「仕方がないさ。僕の読みが甘かった。タマちゃんに姫様じゃ危ないとかそんなの関係無しに飛び出してくる。シルちゃんが気に病むことはないさ」

 「しかし、スタイア隊長がやろうとしていたことの邪魔であったことは間違いありません」

 「いつだって物事が思ったとおり上手くいくなんて僕だって思ってないさ。ことに戦であればどの戦場もそんなモノだったよ」


 シルヴィアは俯く。

 そんなシルヴィアとスタイアを交互に見た後、タマはスタイアに尋ねた。


 「ねえ、スタさん。今度帰ったら、剣を教えて欲しいな?」

 「なんでだい?」

 「なんだか私スタさんの邪魔ばっかししてる……自分の身くらいは自分で守れるようになっておきたい」

 「要りません」


 そう答えたスタイアはどこか厳しかった。


 「どうして?シルちゃんには教えたんでしょ?私にも教えてよ」

 「……身を守れるくらいの剣ってのはどのくらいの剣なんですかね?」


 そう吐き出したスタイアはどこか辛そうだった。


 「身を守る為、身を守らなければならない戦場というのには程度が無い。つまり、どこまでも剣を追求しなくちゃならない。なまじっか、剣なんか使えるから戦場に立てるようになってしまう。いつまでも戦って、いつまでも人を斬らなくちゃならない。斬られると人は死んでしまうんだよ?」


 タマは黙ってスタイアの言葉を聞いていた。


 「いくつ殺しても助けなきゃいけない人もいる。だけど、斬れば人は死んでしまうんです」


 その言葉の奥に、どうしょうもならない慟哭をタマは感じた。

 シルヴィアが辿り着けずもがき、スタイアが苦しむなにかが剣にはあるのだとわかった。


 「一杯、勉強しなさい。勉強して一杯、一杯、誰かのためになることをしてくださいな」


 タマはスタイアの冷たい甲冑に鼻の頭をこすりつけるように蹲る。

 スタイアはタマの背中にマントでくるんでやると、寝息が聞こえるまでさすってやった。

 シルヴィアはそんなスタイアを赤く燃える炎越しにじっと眺め、しばらくしてから口を開いた。


 「民を守るために強くあれ、ですか」

 「強くなったところで自分が殺せる人が増えるだけです。シルちゃんも適当なところで剣を捨てるのが一番ですよ」

 「バルツホルドの戦の後でシャルロットを殺したのは、やはりあなただったのですね」

 「……彼女だけじゃない。もっともっと、たくさん殺しました」


 スタイアは揺れる炎の向こうで寂しげに呟いた。


 「君もどうか、早く捨てて下さい。僕は君まで斬りたくはないですから」


 その様子を毛布にくるまり、耳にしていたフィルローラはただ、黙って身を固くしていた。


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