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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第3章 『セトメント・セトメント』 3

 遠征は予定通りに行われることとなった。

 ヨッドヴァフから街道を西へ四日、遠征軍はアルゲンスミア平原に前駐の幕営を構える。


 「まんず、いまのところはつつがなくですか」


 スタイアは幕営の設置に取りかかる聖堂騎士団と冒険者団の面々を犬の上から遠巻きに眺めていた。


 「ここで問題があるようでは話にならないだろうさ」


 隣でアーリッシュが同じように黒い犬の上から遠征隊を眺めていた。

 スタイアの前にはタマが抱えられており、タマはおっかなびっくり犬の背中にしがみついている。


 「ねえ、スタさん。なんで騎士団はこんなに大きな犬を使うの?街に来る商人さんとかは犬じゃなくて馬を使うのに。それに、なんか犬として不思議な感じがするよ?」


 タマは遠征隊の騎士団の多くが馬ではなく犬に騎乗しているのを見て、尋ねた。


 「昔は騎士も馬に乗っていたらしいです。ですが、グレートハウル種の犬が発見されて調練されて以来、軍ではもっぱら犬を使うようになったんです。犬は調練すれば馬より騎士の言いたいことをわかってくれますし、長い距離を早く走れます。敵が近づけばその鼻でいち早く察知してくれますし、何かと馬より便利なんです。それに割と人なつこいですからね」


 スタイアは自分の犬の耳の付け根をこりこりと掻いてやる。

 スタイアの犬がだらしなく口を開け、はっは、と舌を伸ばした。


 「ネコはいないの?」

 「ネコもいますよ?ただ、慣らすのが難しいので奇襲騎兵が使うくらいですね。俊敏で獰猛ですし、また夜目も利きますから頼れる相棒ではあるのですが……いかんせん、人にあんましなつかないので」

 「スタさん、あたしネコがいい!」


 スタイアは苦笑するとアーリッシュに向き直った。


 「……いい教師ぶりだね。それくらい真面目に普段から仕事してくれると嬉しいものなんだが」

 「まんずまず、階級にあわせて仕事したいので。それよりか、先程、第六騎士団の小隊が斥候として出たようですが……」

 「今のところ問題は無いようだ。本隊の周囲に斥候隊を配置して魔物をなるべく遠ざける。目的の集落までは二日はかかる行程だが、それまでには野営地を確保できるだろうさ」

 「なるほど。さるお方がご到着する前に安全を確保しておくわけですか」


 スタイアは僅かに目を細めた。


 「それよりか、まだ日は高いとはいえ、君はテントの設営に行かなくていいのかい?暗くなってから設営するテントというのも面倒なモノだが」

 「ああ、それならご心配なく」


 スタイアが首を巡らせると、ラナが設営したテントの前で火をおこしているところだった。


 「連れてきたのか。店は大丈夫なのか?」

 「一緒に来たいと言ったのはラナさんですからね。店は常連に任せてきましたよ。まあ、潰れたら潰れたで騎士団の仕事を真面目にやればいいだけの話ですから」


 スタイアは背中を丸めて、逃げるようにアーリッシュに背を向けた。


 「スタイア」

 「なんですかね?」

 「君は不思議に思わないのかい?僕がどうして今回の遠征を受けたのか。王室の依頼であっても騎士団長権限で断ることもできた」

 「そうなれば、別の騎士団が受けるだけでしょうに」


 スタイアは苦笑してみせる。


 「君はいつも僕の先へ行く。今もだ。僕は君の友として、君が負うものを分かつツモリだ」


 アーリッシュは真っ直ぐとスタイアを見つめていた。

 スタイアはしばらく宙に視線を泳がせたあと、照れくさそうに笑って手を振った。


 「ありがとう。僕もアっちゃんとダツさんは友達だと思ってるよ」


   ◆◇◆◇◆◇


 聖堂騎士団の幕営の手前で犬を止めるとスタイアは手近な聖堂騎士を呼び止めシルヴィアを呼ばせた。

 しばらくその場で待ちながら聖堂騎士達に視線を走らせているとシルヴィアが槍を携えてやってきた。


 「スタイア隊長、お待たせして申し訳ありません」

 「やあやあ、大分苦労してるみたいだね」

 「はい、聖堂騎士団は主に街の警護を中心としていたのでこういった遠征ははじめての経験で……」

 「都会育ちはお花を摘むのも楽じゃないってね」


 いやらしく笑うスタイアにシルヴィアは苦笑した。


 「そういや、シルちゃんもバルツホルドの調練遠征のときには難儀してましたからねえ」

 「おかげさまで」

 「さるお方やらフィルさんあたりは大丈夫なのかい?四日目にもなると流石に体調を悪くするだろうからね」


 スタイアがそう尋ねると、シルヴィアは遠く天幕から姿を現したフィルローラに視線を向ける。


 「あらら、やっぱり」


 二人に気がついたフィルローラはあきらかに顔色が悪かった。 


「スタイアさん!こちらは聖堂騎士団の幕営です!男の方があまりうろうろしないでくださいまし!」

 「心配して来てみたらこれですからね。フィルさん、ちゃんと花摘んでます?あんまり我慢すると体に毒ですよ?」


 フィルローラは顔を真っ赤にして憤る。


 「っ!スタイアさん!」

 「……本当の話です。出るモン出るのが人間でしょうに。生き死にかかった戦場にそんなモン抱えられても迷惑なんですわ」

 「あなたにそのような心配をっ!」

 「仕事ですからね、さるお方につきましてはどうされてますかね?」


 フィルローラは顔を青くしたり赤くしたり忙しい。


 「流石にこの年齢となって下の心配をされるものでもあるまい。大丈夫だ。何ならお前の前で見せてやろうか?」


 装飾の施された甲冑を身に纏ったアルテッツァがフィルローラの後から出てくるとスタイアに対し不遜に笑った。

 スタイアは軽く一礼すると剣を掲げた。


 「よい。お前宛に言葉を預かっている。壮健で何よりだとな?心外だったよ。フィリッシュが買うのも頷けるし……切れる刃物というのはやっぱり危険だな?」

 「巡りがあればまた、お会いしましょうとお伝え下さい」


 怪訝な顔をするシルヴィアとフィルローラを傍らにスタイアはそう返した。


 「手短に尋ねる。聖堂騎士団の大部分は明日にでも帰路につく。野っ原でクソもひれんようであれば致し方あるまい。これはお前の知ったることか?」

「私もそうなるとは思っておりました」

 「そうか」


 アルテッツァはしばらく考え込むと、頷く。


 「フィルローラ、第七騎士団から腕の立つ人間を数名、聖堂騎士団から二名、直衛を編成しろ。コルカタス大森林に入った斥候隊を追う」

 「おたわむれを。御身に何か御座いましたら民が苦しみしょう」


 諫めるフィルローラをアルテッツァは鼻で笑った。


 「お前はただ頷けばいい。私のすることに口を挟むな。私の成したいように場を整えろ」


スタイアはぽりぽりと頬を掻くと所在なげに空を見上げた。


 「うーん、まあ、さしでがましいようですがその必要は無いかと」


 アルテッツァが怪訝な瞳でスタイアを見返す。


 「おそらく、お察しの通りのこととなっておりますゆえ改めて検分される必要は御座いません。まあ、なんとかかんとか上手くいたします故」

 「ほぅ」


 アルテッツァは面白そうに笑った。


 「少々、事後に一悶着あるやもしれませんが、その時はご助力願えれば助かります」


 スタイアは背中を丸め、脇に手を入れると視線を泳がせる。

 アルテッツァは剣を抜くと、スタイアの頬に当て無理矢理自分を向かせるとじっとその瞳を覗き込んだ。

 苦笑して返すスタイアにアルテッツァは不敵に笑う。


 「収まりたい場所に、収まる、か」

 「あい」


 アルテッツァは鼻で笑うと剣を収めた。


 「面白い茶番じゃな」


 気が気でなかったフィルローラとシルヴィアは機嫌良く笑ったアルテッツァにようやく胸をなで下ろしたが、スタイアだけはどこか嫌な顔をした。

 アルテッツァは大きく溜息をつき、一度あたりを見回してから呟いた。


 「幕営で日が暮れるのを待つのも退屈じゃ、我の相手になるような冒険者の一人や二人、見繕って参らせよ」

 「僕のとこの若いのをあとで参らせましょう」


 シルヴィアは人選としては悪くはないと思った。

 聡明で、冒険者としてスタイアの側におり、かつ、年齢も近いタマであればアルテッツァの相手を十分にこなすだろう。


 「あと、フィルローラ」


 幕営に戻るアルテッツァにフィルローラはあわてて従う。


 「教会の司祭たるものが兵達が命を賭ける戦場を途中で引き返す不様はゆるさん。野っ原だろうとどこだろうとクソだけはひっておけ。命令だ」



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