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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第3章 『セトメント・セトメント』 2

 教会と言えばグロウリィドーンの東部にある聖フレジア大教会を指す。

 国教であるマハヴェ教の教会だ。

 そのはじまりは古く、ヴァフ民族の始祖ヨッドがアブルハイマンで神から啓示を受け、現在のヨッドヴァフに新天地を求めたことから始まる。


 「がしかし、多くの宗教がそうであるように政権の権威を高める為に教典は使われている。唯一神であるマハヴェが多くの悪魔をなぎ倒す教典は他のどの神様、つまり、もともとその土地に根付いていた宗教を駆逐して、マハヴェが絶対であり、マハヴェの国であるヨッドヴァフが絶対であると教えるために使われたんだ。事の起こりは土着宗教を改編して新しくできたヨッドヴァフの権威を高めるためのものらしいからね」


 「あなたは教会で子供になんてデタラメを教えているのですかっ!」


 連れ去られたスタイアを店に戻すために使いに出されたタマにスタイアは宗教のぶっちゃけ話をしていた。


 「でも、スタさんのいってることなんか納得できちゃうよ?」


 タマは純真な瞳でフィルローラに抗議する。


 「タマさん、このような信心の欠片も無い人が言うような話しでマハヴェを軽蔑されては困ります」

 「失敬だなぁ。僕、これでも神官位は履修して巡礼司祭になれるところくらいまでは頑張ったんですよ?」


 あっけらかんとして言うスタイアにフィルローラはこめかみを抑え、苛立ちながら言った。


 「神官なら法力の一つでも使ってご覧下さいな。そんな分かり易い嘘を神の御前でよくぬけぬけと」

 「マンフを十字に流し、第三二聖印から始まり第四八聖印までを奏せよ。その枢軸に神の慈悲である環石を配し、祈り、神の助力を乞いなさい――祝詞までは面倒だからいいですかね?」


 フィルローラはスタイアが述べた法術に面食らう。


 「……何故あなたが聖霊十字域の礼式を知ってらっしゃるのですか?」

 「いや、だって神官でしたし。勉強しましたよ。環石は教会で管理してるからこそ使えませんが聖霊十字域は巡礼司祭にとっちゃ命綱みたいな法術ですからね。そりゃあ、練習もしましたさ。なんなら、ヨッドヴァフの歴史に関わるアルバルタ第三三節のゲマト解釈をそらんじましょうか?」


 「できるんですか?」

 「……星の巡りが七度瞬く間のことだった。予言者デルバイに導かれたヨッドの王はヨシュの砂漠を割る神が砂の海を渡る奇跡を見た。開かれたエイヴル・ヘーをその足で踏破しダィフの頂きでニザリオンの天使からグロウクラッセを預かり、鐘を得る。ダィフは言った。あなたがたは地の砂である。求め、そして、与えなさい。地にいくら砂を積もうとそれは天の塔とはならない。鐘をならしなさい。それは、あなたがたの叫びである」


 フィルローラは絶句する。それは口伝でしか伝わらない教典の一節だったからだ。

 スタイアは眼前で印を切ってみせると意地悪い笑みを浮かべる。


 「スタさん凄いんだね!……でも、なんだろう、さっきの術式なんかおかしいよね」


 タマはひとしきりスタイアに驚嘆してみせると、しきりに首を捻る。


 「そうだよね、おかしいよね。なんでだかわかるかい?」


 フィルローラは眉を潜める。


 「おかしなことなど何もありませんが?」

 「……この法術式の伝え方なんだけど、マンフは『流し』、聖印は『奏せよ』」

 「あ、わかった。神様には丁寧なんだけど、他にはそうでもないんだ!だけど、神様の慈悲である環石になんで丁寧じゃないのかなって思ったからおかしいと思ったんだ!」


 フィルローラは少し考えてみて、首を傾げる。

 自分の知る術式を思い出し、確かにそのような法則はあったがいずれにせよ環石については神への敬意が払われていない。


 「言われてみれば……私の知る全ての術式もそうですね」

 「まあ、うん。それについて大司祭に尋ねてみたらえらく怒られましてね。自分で調べようとして色んな人に声かけてるうちにとっても可愛ぅいー子と神様の前で背徳的なことをしてしまったら神官位を剥奪されてしまいまして。フィルさん、興味ありません?」

 「環石についてですか?」

 「いや、背徳的な行為の方ですよ。もしご興味がおありなら僕、頑張っちゃいます」

 「っ!結構ですっ!」


 フィルローラは力一杯スタイアの頭を叩いたが、スタイアはにやにやと笑ったままだった。

 タマはひとしきり笑った後、聖堂に掲げられたステンドグラスの前に吊された燭台を見上げる。

 その中心には鎖で縛られ、吊された巨大な剣があった。


 「ねえ、あれなあに?」


 タマが指を差すのを見てフィルローラは一度咳払いし、優しい笑顔を作る。


 「あれは聖剣グロウスクラッセ。偉大なるヨッドヴァフ一世がマハヴェの神託とともにあの一振りと退魔の鐘を授かりこの地にはびこる魔物を遙か地の底に封じ、この世界に平和をもたらした。先程スタイアさんがそらんじた一節に出てくる剣ですね」

 「はてさて、どうですかね。あれをそのまま見るにアルガム金属を含む鋼鉄で作られたバステッドブレイドと呼ばれる種類の重剣です。おおよそ人間同士の戦争では用いられないけど、対大型魔物用の剣ってのは全部あんな形をしていますよ。魔物の中には虫みたいに硬い殻をまとってたりして、それが鉄より固かったりすることもあるからね。剣の重さと長さで叩き斬ればおっきな魔物も一発で切り捨てられる」

 「っ!スタイアさん、横から茶々を入れないで下さいっ!」

 「僕は剣士として正しい事をタマちゃんに教えただけですよ。正確なところを言えば剣としてのグロウスクラッセは初代ハイングが槌を振るった剣です。名槌ハイングは代々グロウスクラッセの打ち直しをしてるし、今のグロウスクラッセの華美な装飾はメリーメイヴが施したものじゃないですか」

 「……どうしてあなたはそう、神を貶めようとするのですか」

 「子供に嘘をつくもんじゃないですからね、神様の前で」


 スタイアはいやらしく笑うとグロウスクラッセを見上げる。


 「荘厳かつ華美な装飾は元のグロウスクラッセには無かったんだ。ヨッドヴァフ二世が即位した時に新たな時代を切り開くという意味で打ち直しを命じられた。そして二代目ハイングが自ら装飾を施した。ヨッドヴァフ三世の即位の時は三代目ハイングが自分の娘に装飾をやらせたらあんなにびかびかになっちゃったって話じゃないですか」

 「そんな話、聞いたことがありません!」

 「本人達の口から僕は聞きましたから。顔なじみなんですよ、ハイングとは」


 スタイアは腰の剣を軽く叩くと、苦笑してみせる。

 タマはスタイアの腰の剣をしげしげと見つめた後に尋ねる。


 「スタさんの剣もハイングさんが作ったの?」

 「うんにゃ。もとは対魔物用のツヴァイハンダーだったんですけどね。折れたり研ぎ減りしたりしているうちにこんなブロードソードのようになっちゃったんだ。メリーメイヴにたまに見て貰うくらいです……タマちゃんがたまーに僕の後つけてることくらいは知ってるんですよ?」


 タマはそっぽを向いてとぼける。

 フィルローラは頭痛のする頭を抑え、大きな溜息をついた。


 「なんでこうなるのかしら……そもそも私はスタイアさんに王女に粗相の無いように言い含めるツモリでこちらに連れてきたはずなのですが」


 スタイアは大きな欠伸をすると、途端に真剣な眼差しでフィルローラを見上げる。


 「女性を中心に編成された聖堂騎士団が護衛となるなら王女にあらぬ噂も立たぬということなのでしょう?そのあたりについては分をわきまえてるから安心して下さいな」


 フィルローラはスタイアに機先を制されるようで気にくわなかった。


 「あなたが言うと説得力がまるでありませんね」

 「小便臭い子供を抱く気にはなれませんよ。フィルさんが相手ならともかく。グロウリィドーンから離れた場所で男がうろうろと王女の周りを歩けばそれだけで王女にあらぬ噂を立てられて足を引っ張るのが王城の中の世界ですからね。聖堂騎士団はその立場を守るために合同派遣されるのでしょう?女同士ではよもや間違いは起こるまい、てなところですかね」

 「そ、そのとおりです」

 「が、しかし、アっちゃんも心配してるように散歩に行く訳じゃあないから、死人を出すのは控えたい。戦場を知ってて、調整もできる人間が間に立たなくちゃならない。実際、頼まれた僕の方もしんどいんですよ?」

 「……それがあなたの仕事です」

 「まあ、それを言われてしまえばかなわないんですがね。安心して下さいな。そのあたりは僕が頑張らなくてもシルちゃんが僕を通じてどうとでもしますから。あの子はあれで腕も立つし指揮官としても優秀ですから」


 スタイアは大きな溜息をついて遠くを見ていた。


 「……問題は落としどころをどうするか、なのですがねえ」


 フィルローラが眉を潜める。


 「わかっちゃいると思いますが、本音ではこの遠征に意味は無いんです。だけど、本音の本音のところを見れば通る筋も通らなくなる。そうなれば一悶着あるのは目に見えるんですが……」

 「何を仰ってるんですか?」


 スタイアはじっとフィルローラを見上げるが、フィルローラは当惑するばかりだった。


 「まんずまず、頑張りますかね」


 スタイアは苦笑を浮かべてそう零すと、重そうに礼拝用の長椅子から腰を上げ立ち上がる。

 のそのそと聖堂を出て行くスタイアの後ろからちょこちょことタマが続く。

 タマはフィルローラを振り返りながら、難しそうに顔を歪めた。


 「フィルさんの言ってることは正しいことなんだと思う」


 何を言われているのかわからなかった。


 「でも、神様は私を助けてくれなかったよ。私を助けてくれたのはスタさんだった」


 フィルローラは純真な子供の瞳を前に何も返せなかった。


 「まだ、よくわかんないけど、多分、そういうことだと思う」


タマの言葉がずしりと、胸の奥を重くした。


   ◆◇◆◇◆◇


 ユーロとイシュメイル、加えてシャモンの三人はリバティベルのカウンターの奥で、慣れない鍋を竈にかけていた。


 「まあ、うん、ラナさんとスタさん、タマちゃんが居なくなるって話をシャモさんから聞いたからにゃこんなところだろうと思ったさ」


 愚痴をこぼすイシュメイルは煮えたぎった湯の中で踊るパスタをかき回しながらユーロに零した。

 ユーロは巨大な肉の塊を切り分けながら、横目でちらりとイシュメイルを見ると、再び剣のように巨大な肉切り包丁を振るった。

 シャモンはちびりちびりと調理用のワインを舐めながら火にかけた鍋をふるっていた。


 「だいたいよ。スタさんはラナさんが居ないと身の回りのことなんざ何一つできねえってんだ。仕方あるめえよ」

 「そんで男衆三人で台所にたつのかね?僕らはここの従業員じゃなくて客なはずだろう?」


 イシュメイルはパスタを皿にもりつけながら、げんなりする。

 盛りつけたパスタにシャモンが鍋の中でいためた肉や野菜を手早くもりつけると、店の中からマリナがやってきて皿を受け取る。


 「まあ、しょうがないじゃないですか、スタさんですもの」

 「物わかりがいいのと分別があるのはまた別の話ですぜい?マリナちゃん。自分トコの店はいいのかい」

 「主人には了解を得ております。少しの留守中くらい、ご面倒をみさせていただけなければ申し訳がたちませんので」


 マリナは笑みを浮かべると皿を持って店の中へ戻っていった。

 その背中を見送り、シャモンはやるせない溜息をついた。


 「まずもって、難儀な中、ご苦労なこってす」


 シャモンは小さく頭を下げるとまた鍋に取りかかった。

 イシュメイルは小さく溜息をつくと、シャモンに尋ねる。


 「なあ、シャモさん。今のうちなら遠征そのものを止めることもできるんじゃないかい?まあ、僕が言うのもなんだ。もともと必要の無い遠征でしょうに」

 「そうさな。無理な話ではあるめえよや。がしかし、どうしてこうして。ラナさんが自ら行く理由であればおまいさんやユーロの方が知ってるんじゃねえのかい?」


 ユーロはざむ、と肉切り包丁を振り下ろしたままシャモンを一瞥した。


 「気がつけばちっちゃな虫もスタさんについて行ったみたいだし、俺のような人間には手に余るよ。色々と」


 シャモンは面倒臭そうにそう言うと鍋を軽々と振って中の具を跳ねさせた。

 丁度、その時にタマが厨房に顔を出した。


 「ねえねえシャモさんシャモさん!見て見て!スタさんに買ってもらった!」


 タマが可愛らしい水筒をぶら下げて現れ、シャモンは相好を崩す。


 「おお、おお、可愛いな。どれ、おっちゃんが後で弁当こさえてやる」


 イシュメイルはパスタをゆがく手を止めると屈み込み、タマの頭を撫でる。


 「ふむふむ、せっかくだから色々勉強してくるといい!このコルカタス図鑑をあげよう。クソじじいのレポートは兄弟子の責任としてきっちり手伝ってあげるからな!」


 背中のザックに分厚い図鑑を収めると、留め具をしっかりと確認してイシュメイルはタマの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 じっとみていたユロアールは最後に小さな十字架を懐から取り出し、タマの首にかける。


 「御守りだ。怪我をするな」


 普段の無愛想からは想像できないような優しげな笑みでタマを掲げると男衆三人が厨房でさぼっているのを見たマリナが溜息をつく。


 「若いというのはそれだけで女の財産ですね。頼んでもないのにああやって贈り物を頂いて……ほらほら、皆さん、ちゃっちゃと手を動かして下さいな?注文がつかえてますので」

 「「へいへい」」


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