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Dingon・Dingon~『誰が為に鐘は鳴る』~  作者: 井口亮
第一章 『ヨッドヴァフの魔王』編
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第1章 『最も弱き者』 2

 ヨッドヴァフ王国。

 ヨルグン大陸の東側に位置し北にアブルハイマン山脈、東に大海洋、南にヨシュ砂漠、西にコルカタス大樹林が存在する。

 他国の侵略を受けづらい地形に守られ、広い領土を有する国で主に外洋を通じて他国との通商を行い、発展を遂げてきた。

 比較的温暖な気候であり、農牧が盛んな平原地帯を含め、鉱物資源をアブルハイマンに求めることができ、豊かな国力を誇っていた。

 通常、他国からの侵略を受けづらい国家というのは発展しづらい。

 戦争は国力を疲弊させるが技術を発展させる。

 国民は他国に侵略される危機感に国の軍備拡張と技術発展を許すが、平時においてはまずその生活を豊かにすることを望む。

 ヨッドヴァフ王国が国同士の戦争をすることなく大国となったのには理由がある。

 魔物の存在だ。

 コルカタス大樹林の奥に存在する秘境やアブルハイマン山脈の奥にある『秘境』と呼ばれる未踏の地で独自の進化を遂げた動物達。

 これらは既知の動物らより遙かに高度な身体能力と知能を持ち、その生息域を人里に近い場所まで広げてきた。

 この魔物の被害を食い止める為にヨッドヴァフ王国は軍隊を持たなければならなくなったのだ。


 「とはいえ、王都の騎士団ともなると暇なモンですよね」


 正午の鐘が鳴って、まだ間もない時間である。

 ヨッドヴァフ王国首都グロウリィドーンの第七騎士団詰め所の騎士団長執務室のソファの上でスタイアは欠伸をした。


 「なら、一つ、スタさんが部隊を率いて魔物討伐に行ってくれると助かるんだけどね?」


 アーリッシュ・カーマインは騎士団に要請された任務を優先度順に選り分け、どの部隊を当たらせるかを一通り起案したものを羽ペンで海草紙に書き記すと欠伸をかみ殺すスタイアに苦笑した。

 長い黒髪の間に、鋭い瞳を持つ凛々しい青年である。

 職務中にも銀色の甲冑を着込む生真面目さは、隣で鎖で編んだ鎧下だけを無造作に着込んでいるスタイアとは正反対の印象を与える。


 「嫌ですよぅ。それに、僕は準騎士ですよ?まさかよもや正規の騎士さん達を僕なんかが率いたら怒られちゃうじゃないですか」

 「階級に拘るのは平時だからだよ。戦場に立てば本当に必要なのは勝つための力だけだということをみんな知ることになる。必要なら正騎士への申請をしておくが?」

 「アっちゃんも酷いですねえ。正騎士になると途端に色々面倒な仕事が増えるんですよ?その上給料も殆ど準騎士と同じ。昇進したがる人の気がしれないですよ」

 「準騎士はいつだって解雇できるんだ。それに、戦場に立てば真っ先に先陣を任されるのも準騎士。それはそれで楽じゃないさ」


 スタイアはアーリッシュのしたためた書状を受け取ると、中身をチェックする。


 「今が楽なら、それでいいじゃないですか」


 ろくすっぽ中身を見ずに書類を返し、スタイアはまた欠伸をした。


 「あなたがそのような態度だから、騎士の規律が乱れるんです」


 騎士長室のドアが開き、厳しい叱責がスタイアに投げられた。


 「おんや、フィルさんじゃないですか。一発ヤりませんか?」

 「どこの国の挨拶ですか。恥を知りなさい」


 スタイアが締まりの無い顔に喜色を浮かべて身を乗り出す。

 フィルローラはそんなスタイアを見下すようにして鼻を鳴らした。

 膝の裏まで伸びた綺麗なブロンド、芯の通った目鼻筋、不機嫌に歪められてこそいるがヨッドヴァフでは指折り数えた方が早い美人だ。

 教会司祭の僧衣を纏い、清楚な佇まいの芯に強さを見せる魅力を持っている。


 「珍しい。来ないようだったら教会まで見に行こうかと思ってたところでしたよ。ふっふふ」

 「私は見世物じゃありません。用も無いのに教会まで来られても困ります」

 「いやいや、美人という神に信仰を捧げるのは立派な用件だと思いますよ?親となり、子を作り、その巡り会いを作られた神の奇跡に感謝する。どうです?一発ヤりたくなりませんかね?」

 「そんなことだから、いつまでたっても入門を許されない平信者なのです」

 「だって教会の戒律ってしちめんどくさいじゃないですか」


 肩で笑うスタイアにフィルローラは溜息をつく。


 「して……どうしてまたこんなところに」

 「いえ、教会と騎士団で合同調整中の案件についてですがタグザ隊とシルヴィア隊のいずれかを編入させたいと思いますして。アーリッシュ騎士団長のご意向を伺いに来ました」

 「結論はどちらでもいい。がしかし、スタさん。あえて聞くけど、スタさんならどっちの部隊を入れる?」

 「入れるっつったって、どっちもおっぱい小さいし、僕らから比べれば子供じゃないですか。入れるに入れられませんて」


 スタイアが面倒くさそうに答えると、また、騎士長室の扉が開き、物々しい騎士装束を纏った少女が現れた。


 「胸の大きさと腕の善し悪しとは関係なかろうがっ!」


 開口一番怒鳴りつけたのは褐色の肌に金色の髪をなびかせた聖堂騎士のタグザだ。


 「おわあ!居たなら居たと言えばいいのに。全くわかりませんでしたよ。まるで、あなたのおっぱいと同じくらいわかりませんでした」

 「甲冑のせいで判らないだけだっ!きちんとあるべきところにある!眼を開いて良く見てみるがいいっ!」

 「神は言った。『正しき姿は見ようとする者には見えない。真に正しき姿は常に己の胸にのみぞある』」


 神妙に告げるスタイアに今にも斬りかかりそうなタグサの肩を引き、気勢を削いだのはその後ろに立っていた少女だった。


 「……相変わらずですね。スタイア隊長」

 「うっわ、ちっぱい二号も居たんですか」


 ちっぱい二号と呼ばれた少女は怒ること無く小さく会釈する。


 「この度、騎士団並びに聖堂騎士の業務統合に派遣されました。シルヴィア分隊士長のシルヴィア・ラパットとタグザ・ウィンブルグです」


 シルヴィアは緩やかに毛先の巻かれた金髪と白い肌の美少女ではある。

 だが、どこか暗い瞳が冷たさを感じさせる。


 「なになに?なんでこの二人が来てるんですか?アっちゃん、僕聞いてないですよ?」

 「言ってないからな」


 アーリッシュは屈託なく笑うと、傅く二人に笑みを向けた。


 「バルツホルドの戦い以来の聖堂騎士の勇士が今回の業務統合に加わってくれるとは頼もしい。早速だが、我が第七騎士団は現在、組織的な奴隷商の実態を把握しこれを壊滅せんとしている。奴隷の保有はいかなる理由があっても律法は許してはいない。また、君らが信仰する神も人が人を隷属させることを許してはいない。これらを滅する為に力を貸してはくれないか?」

 「タグザ隊が」


 タグザが前に進み出た。


 「任せる。ダッツ正騎士長の指揮下に入り、委細を受けてくれ」


 心得たとばかりにタグザが会心の笑みを浮かべる。

 一人話題に取り残された形となったスタイアは二人の顔を交互に見つめる。


 「ねえねえアっちゃん。どういうことだい?」

 「騎士団と教会の保有する聖堂騎士は指揮系統こそ、それぞれ国王直下と教会と異なるけどその業務については重複するものが多い。だから統合しようという話があってね。試験的に聖堂騎士の受け入れを第三騎士団と第七騎士団で行うことになったんだ」

 「へぇ、そうなんだ。聖堂騎士って女の子多いから楽しみだねえ。どぉれ、どの子から手をつけようかなぁ。へっへっへ」

 「そうもいってられない。既存の部隊との業務割り振りやら編入手続きで忙しくなる。それらをやりやすくするため彼女らの階級は聖堂騎士のそれをそのまま準用するから士長扱いになることが決まっているんだが」

 「げげ」


 タグザが得意げな顔でスタイアを見下す。


 「そういうことだ。口の利き方に気をつけたまえ。準騎士殿、私はここでは士長扱いになる。準騎士と士長では間に準騎士長、正騎士と二つ階級が違うことになる。次に私を侮辱しようものなら縛り首にしてやるからな?」


 アーリッシュは苦笑し、シルヴィアに向き直った。


 「シルヴィア隊は予備役として市街巡回の任についてもらうが騎士団と聖堂騎士では勝手が違うだろう。そこの暇そうな奴を使ってくれ」


 ソファから飛び起きてスタイアが驚く。


 「ひっど!アっちゃんと僕の仲じゃないか!もちっと楽させてくださいよ」

 「だめです」


 その襟首を掴んだのはシルヴィアだった。


 「どうせ言われなければ働かないような人なんですから、馬車馬のように使ってやりたいと思います」


 フィルローラがくすくすと笑った。


 「いい気味です。これを機に勤勉に国家国民の為に奉仕するという騎士の大義を思い出すべきです。そうすれば神もきっとあなたの信仰心をお認めになりますわ」


 アーリッシュはいたずらめいた笑みを浮かべて告げた。


 「シルヴィア君、さっそくその穀潰しを連れて市街巡回に行ってくれ」

 「了解しました」

 「いや、ちょ、僕はこれから新しく来る聖堂騎士団からスタイル……じゃない、筋のいい子をみつくろってベッドの上で剣術指南するという重要な任務が……」

 「そうですか、ならば、スタイア隊長の剣術の手ほどきをまず、隊長の私が受けてこそ他の部隊員にも示しがつくというものですね。稽古場でもベッドの上でもどちらでも倒れるまで相手をしてください」

 「流石に僕もちっぱいは……」


 ぐだぐだと言い訳にすらなっていない言い訳を述べるスタイアの首根っこを引っ張りシルヴィアが騎士団長執務室を後にする。


 「……忙しくなりそうだな」

 「でも、聖騎士と騎士団がその業務を分担できれば治安維持を図る上での足りない人手についての問題は解決します」

 「騎士団の権益を侵されることにより、聖堂騎士との大なり小なり衝突は起こる。今のがいい例だ」


 眉を潜めるアーリッシュにフィルローラは訝しむ。


 「アーリッシュ卿は業務統合について反対なのですか?」

 「大いに賛成だ。だからこそ第七騎士団で引き受けた。がしかし、問題はそこじゃあない」


 苦笑し、懊悩を仕舞い込むアーリッシュにフィルローラは一抹の不安を覚える。


 「どういったことに心を悩ませていらっしゃるのでしょうか?よろしければお聞かせ願えますか?」

 「この国は多くの問題を抱えている。奴隷解放戦役を経て未だ解決されない奴隷問題、広がりすぎてそれが当たり前となっている貧富の格差。それらが作る階級意識が産む差別。今はそれでも不満無くやっていける。がしかし、国家百年を案じた時、それらは全て国を停滞させ、不利益しかもたらさない」


 書類に署名を終えたアーリッシュは一息つくと目頭を押さえて溜息をついた。


 「……こういう考え方は危険かな?」

 「神意に悖れば危ういですが、真に民草のことを思ってらっしゃれば間違いは無いかと」

 「強く、あれ、それが騎士也、か」


 アーリッシュの苦笑はどこか悔しそうだった。


 「どなたの言葉ですか?」

 「スタイアの言葉だ。続きがあってね。精神的に打たれ強ければ大概のことはどうにかなるから、どうでもいい。シンプルでわかりやすいから僕も良く使うようになってしまったんだ。彼の中じゃあ、世の中はそのくらいシンプルなんだろうさ」

 「まぁ」


 フィルローラが驚く。


 「まったく。信じられません。あの人は騎士としての秩序をないがしろにしています。ヨッドヴァフの栄えある騎士団の一員としての誇りを持って戴きたいものです」


 アーリッシュは小さく、だが、はっきりと告げた。


 「秩序があるから守るのではない。守るべきものがあるから規律があり、秩序が生まれる。それを正しく知り、そして行える騎士は果たして何人居るのだろうか」

 「え?」

 「彼の名誉は僕の名誉でもある。僕の親友の悪口を頼むから彼の居ない場所で僕に言わないで欲しい」



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