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第5章 『露流れ、大河となりて江湖に還る』7

 ――活破五殺行。

 その修行法は至ってシンプルである。

 師の五殺輪を生きて、叩くのだ。

 シャモンは気配を殺し、崖の上で座禅を組むコーレイセンの背後に立った。

 瞬初発勁でもって風より早く肉薄し、その首、頭頂、腰に同時に腕、足を伸ばす。


 「シャモン、外巡練気に震えがある。そんな臆病な日月躯化法をしたところで、この婆には伝わるよ」


 外界を巡る天気と身体の気を同巡させ、気配を殺す高度な内功法でも仙人と呼ばれるこの少女のような老婆には意味を成さない。

 コーレイセンは目にも止まらぬ早さでシャモンの喉、腹、胸を打ち内功を爆ぜさせる。

 爆発音にも似た空気が震える音が響き、シャモンはごろごろと転がる。


 「相手に見つかるのは下策。だが、真正面から殺す法も覚えねばならない。見つかれば次に奪われるのは自分の命である覚悟もせよ」


 コーレイセンは瞬く間に姿を消すと、即座に起き上がったシャモンの背後から腕を振るった。

 だが、その腕が抜いたシャモンの頸椎には手応えがなく、それが内功を残し産んだ残像であることを知る。


 「――冥玄法かっ!」


 虚空を割って現れたシャモンの腕がコーレイセンの腕を掴み、内功を流す。

 ほんの僅かな流れの狂い。

 だが、それで十分だった。


 「陸鄕散手ッ!我霊拳ッ!」


 何手か打ち合い、内向の崩されたコーレイセンの動きが僅かに鈍るやその間隙に容赦なくシャモンは鋭い掌を打ち込んだ。

 心臓を抜いた衝撃が大気を震わせ、周囲の景色を歪める。

 広がった内功が紫電を帯び、周囲に広がりコーレイセンの身体が宙に浮く。

 コーレイセンの身体が血を吐き、血が爆ぜ、シャモンはその衝撃に吹き飛ばされた。

 ごろごろと転がるシャモンの瞳に、いつの間に現れたコーレイセンが可愛らしい手が伸ばす指を突きつけ、鋭く告げた。


 「意気はよし。知らぬを教える道理もない。あんたが冥玄法をどこでどう修めたかは知らん。だが、それだけじゃ婆の五輪は抜けないよ」


 そう告げるとコーレイセンは容赦なくシャモンの右目から脳を抉ろうと指を突き込む。

 だが、目に内功を集中させその指を受け止めるとシャモンは地面を叩き割り、土中に逃げた。


 「岩目功、きちんと使えるね。それもあんたの手の一つになる。さて、追いかけっこでもしようかい」


 地中に消えたシャモンが再び現れる前にコーレイセンは練気を終えると、ゆらめいて森の中へ消える。

 土中を渡り、森の中に消えたシャモンを追うコーレイセンは天気の乱れを追って森を走る。

 木々の幹を蹴り、乱れの元へと急ぐがその軌道の単純さに気がつきシャモンが手を隠していることを知る。


 「ふん、小癪だね。どれ、心構えというのを教えてやろうか」


 コーレイセンは袖の中から紋様が描かれた紙を手にすると息を吹きかけ飛ばす。

 いくつもの紙を飛ばすと気脈の乱れの先に居るシャモンを見つけた。

 遠くシャモンが今度は待ち受ける側となって、静かに練気をしていた。

 大きな内功を作り、発勁の準備をしているシャモンの内功を見抜き、シャモンが陣を敷いていると理解する。


 「五行陣かい。悪かぁないね。隠し手は火遁。それも私ぁ知らない手だからね」


 コーレイセンは面白そうに呟くと森の中を疾駆し、シャモンの陣に突入した。

 シャモンの目が見開かれ、コーレイセンを眼前に捕らえる。

 足元に広げた気脈が爆ぜ、途端にシャモンに活力を与える。

 山が震えるだけの打撃音が響き渡る。

 コーレイセンの繰り出した拳とシャモンの繰り出した拳が交錯するたびに大気が破れ、広がった衝撃が木々をしならせる。

 めまぐるしい勢いで交わされる拳と足が静かな竜巻をつくる。

 互いに必殺の一撃を五殺輪に向けて放つ中、シャモンの五行陣が地面を爆ぜさせた。

 衝撃にぐらりと揺らめくコーレイセンの喉を貫手で抜こうとシャモンの腕が伸びる。

 だが、横からもう一人、コーレイセンが現れシャモンの腕を掴んだ。

 内功を送り込まれるが、五行陣で練り上げた内功がもう一人のコーレイセンの内功をはじき返す。

 シャモンは背後から迫る大きな気の流れを感じ、足を繰り出す。

 そこには、さらに、もう一人のコーレイセン。


 「分身術ッ!」

 「――小細工は真正面から叩きつぶす」


 幾人ものコーレイセンに囲まれ、シャモンは膝をつく。

 シャモンの空いた胸元――法輪の隙をコーレイセンは見逃さず、貫手で抜いた。


 ――だが、そこに心臓の感触は無い。


 愕然とするコーレイセンにシャモンは五行陣の気脈を爆ぜさせコーレイセンの喉を抜く。

 刹那の瞬間であった。

 コーレイセンは当然、そのシャモンの腕の軌道を見切っていた。

 自らの分身を使い、応じてもよいし、空いた手で応じても良い。

 躱せないものでも、ない。


 ――だが、それすら理解していても届いたシャモンの腕がコーレイセンの喉を裂いた。


 内功同士がぶつかる激しい衝撃に二人は引きはがされ、コーレイセンは優雅に地に折り、シャモンは大木の幹に叩きつけられた。

 胸に空いた穴からだばだばと血が零れるが、即座に内功を整え気を練ると止血功でもって血を止めた。

 対して、首もとから吹き出る血を同じく止血功で止めたコーレイセンは零れた血を手に救い、ふむ、と頷くとシャモンに告げる。


 「無茶をする。心臓を内功の衝撃で引き上げて必殺を躱し、降ろす発勁で受用輪を抜く、か。一歩間違えば死ぬ。しかし、格上を相手にするには捨て身の隠し手も必要さね。いい覚悟だ」


 肺に穴が空き、息を整えるのも辛いシャモンにコーレイセンは笑いながら褒めた。


 「――だが、あんた。それだけで婆の喉を抜けるとは思わなかったんだね。恐ろしいことをするよ。これは天拳であり、魔拳だ。恐ろしいね、あんた達が。どれだけ殺してくればこうなるのやら」


 コーレイセンはシャモンの拳に秘められた業についてそう称した。

 鋭く構え、手招きをするとコーレイセンはどこまでも冷酷に告げる。


 「さぁ、受用輪を抜いてあと四輪。抜いてごらんなさいな――その前に、あんたが死ななければだけどね?」


 無傷では済まされない容赦無き殺し合い。

 それを行と呼ぶなら行となるのだろうか。

 その過程において、殺し合う上での覚悟を培い、覚えた業を知恵として使い、他者の業を盗む。

 それが活破五輪行。

 荒い息を整えるシャモンは澄んでゆく思考の中で、静かに思う。


 ――命がけで生きることを覚える。


 これこそが、コーレイセンの修行である。

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